第264話 また、朝が来る

「・・・傭兵?」

 ムトはゲオーロと、その隣にいるジェンを交互に見た。

「本人は商人だと名乗ってたらしい。けど、商人にしては荷物は少ないし、村で物を売り買いするわけでもない」

「不審だな。ジェン、そいつは一体何しに村に来たんだ?」

「詳しいことは僕にもわかりません。時々村の奥に昔からある祭壇で見かけました」

「祭壇?」

「祭りの時とかに使う台です。村長のおじいさんの、そのまたおじいさんの代にはすでにあったらしいです」

「百年、二百年も前の代物か・・・」

 興味はある。もともとアスカロンの団長がそういう過去の遺跡や遺物に興味を持っていた。自分たちの役に立たなそうな物をどうしてわざわざ調べるのかと聞いたら「後々役に立つかもしれないから」と教わった。数多の役に立つかどうかわからない知識や情報が人間の経験や発想と混ざり合って役に立つ物が生まれたりする。情報を生かすも殺すも人間次第、という事らしい。

 首を振り、話を戻す。

「確かにそいつが商人かどうかは怪しいが、どうして傭兵だと思ったんだ?」

 もしかしたら、そいつも盗賊団の一員かもしれない。先に村に入り、下調べして仲間に情報を送った可能性だってある。

「その人、村長の家に寝泊まりしているんです。村には宿屋がないから。盗賊が来た時も、村長と一緒にその場にいました。盗賊がいったん立ち去った後、その人、村長にぽつりと言ったんです。『ブラフかもしれない』って」

「ブラフ、はったりだと?」

 確かにわざわざ村人にこれから襲います、なんて知らせる必要はないのだ。村を包囲できるほどの人数なら、そのまま押しつぶし、略奪すればいい。しないのは、本当はもっと小規模な盗賊団だからではないのか。そいつの言う通り、ブラフの可能性がある。

「はい。それから村長とその人は村の大人を交えて盗賊への対応を話し合い始めたんです。僕が街に依頼を出しに行くというのもそこで決まりました」

 それ以降の話は分かりません。ジェンは申し訳なさそうに言った。

「大人の人が言っていました。佇まいからしてすでに只者ではないし、知識も的確で素人とは思えない。何かしらの戦闘経験があるんじゃないか、って」

「だから傭兵かもしれない、か。団が潰れたから商人に鞍替えした、ということだろうか」

「おいおい、今重要なのはそこじゃないだろう?」

 ディールスが目に見えてやる気を漲らせている。

「その話が本当なら、まだ村は残ってる可能性が高いってことじゃないか」

「本当ですか!」

 ジェンが目を輝かせた。

「おっと、過度な期待はするなよ。全滅している可能性の方が高いのは変わらないんだからな。けれど、そいつが指揮をとって、例えば籠城とかしていたら」

 ディールスとムトは顔を見合わせる。

「ああ。被害はあれど、生き残っている人間は多いだろう。そして、我々の仕事がしやすくなる」

 盗賊が籠城している村人を攻めあぐねている間に、自分たちが背後に回り込んで奇襲を仕掛ける。成功すれば敵の動揺を誘えるため、数の差をひっくり返すことだってできる。

「急ごう。恩を売る人間は、多い方が良い」

「報酬を増やすためなら、ちったぁ頑張らないとな」

 傭兵たちの行軍速度が上がる。かすかな希望を見たジェンも活力が戻ったか、その速度についてくる。


 結末は、彼らが思い描いていたものとは大きく異なるものになる。


 空の色が徐々に変化し、朝日が山の頂上を照らし始めたころ。ムトたちの目が小さく立ち上る白煙を捉えた。その下にはぽつぽつと民家の屋根が木々の間から見え隠れしている。

「まもなくダリア村だ。油断するなよ」

 ディールスが団員たちに指示を出す。彼らは散開し、村を囲んで、ゆっくりと包囲を狭めていく気だろう。

「ゲオーロ、ジェンと一緒にこのあたりで待機していてくれ」

「わかった。ムト、気を付けて」

 頷き、ムトは小太刀を手に取ってディールスと共に村の方へと向かう。

 近づくにつれて、村の全容が把握できてきた。家の数は十軒ほど。畑がムトたちから見て奥に広がっている。白煙は、村の中央あたりから上がっているようだ。隣のディールスと頷き合い、足音を極力消し、近づく。ムトが周囲に視線を配れば、セプス傭兵団の団員たちがほぼ同じ距離を保っている。ディールスの合図があれば一気に飛び出す手はずだ。

 村の中央は広場になっていた。煙の元はそこだろう。家屋の影に隠れながら、ゆっくりと顔を出す。かすかに声も聞こえてきた。どうやら、笑い声のようだ。

 間に合わなかったのか。

 苦虫を噛み潰したような顔でムトは小太刀を握る手に力を籠める。

 盗賊に襲われた村の中で笑っている者がいるとすれば、それは盗賊に他ならない。奴らは、村から金や食料を略奪し、祝杯を挙げているのだ。ジェンに何と伝えれば・・・。

 ぽん、とムトの背中が叩かれる。ディールスだった。

「何かおかしいぞ」

 小声で彼は囁いた。何がおかしいのかピンと来ていないムトに、彼が説明する。

「奴らの話している内容なんだが、どうも盗賊の会話とは思えねえんだ。収穫がどうのとか、祭りがどうのとか、盗賊というよりも、村人みたいな話をしてやがる」

「確かか?」

「これでも耳は良いんだ。でも、村人のわけないよな。盗賊に襲われてるはずなんだろう?」

 どうする? とディールスが目線で尋ねてくる。

「僕が確認してみる。もし盗賊だったら逃げるか戦うかしてくれ」

「へ、お、おい」

 ディールスが呼び止める間もなく、ムトが彼らの前に出た。祝杯を挙げていた男たちは、顔色を変えて、手近にある棒を手に取って構えた。

「何者だ!」

 誰何の声に、ムトは両手を上げて答える。

「僕はムト。傭兵だ。この村出身のジェンという少年から依頼を受けて来た」

「ジェンだと?」

 男たちの様子がかすかに軟化する。

「ムト、と言ったな。本当に傭兵か? ジェンは無事なのか? 盗賊の生き残りじゃないだろうな?」

 生き残り、という言葉にムトは驚く。彼らの言うことが正しいのなら、他の盗賊は撃退されたことになる。

「時間さえもらえば、証拠を見せることならできる。構わないか?」

 ムトは懐の無線機を取り出し、ゲオーロに呼びかける。数分後、感動の再開を果たした村人とジェン、その彼らを狐に化かされたような顔で見守るムトたちの姿があった。

「喜んでるとこ悪いんだが、盗賊はどうなったんだ?」

 ディールスが依頼主である村長に尋ねた。

「おお、盗賊どもは追い返したんじゃ。すまんのぉ。遠路はるばる来てもろうたのに」

「追い返した? 嘘だろ。どうやって」

「そりゃもちろん、こう、エイヤッとだな、この儂が、槍を片手に蹴散らしてやったのよ」

「はっはっは、村長、流石に嘘はいけませんぜ」

 身振り手振りで武勇伝を話そうとした村長を村人が窘める。ジェンの父親ソイだ。

「俺たちも戦ったは戦ったが、ほとんどの盗賊を仕留めたのは、あの人じゃないですか」

「ん、まあ、そうとも言えるか」

 歯切れの悪い村長に変わってソイが教えてくれた。

「俺達でも戦えるように作戦を立てたのも、誘き出した盗賊どもの頭を倒したのも、全部その人です」

「その人? もしかして、村に泊まっていた商人のことか?」

「ええ、そうです」

「その人は、どこに?」

 妙な直観と共に、ムトは尋ねていた。

「ああ、確か、墓地の方にいますよ。殺した盗賊を弔っていると思います。憎い相手であっても、死ねば仏、だそうです」

「墓地はどこだ?!」

「え、あ、あっちです」

 ソイが指さした方向にムトは駆け出した。ゲオーロが慌ててムトの後を追う。

 死ねば仏。その教えを口にした人を知っている。

 墓地は、なだらかな斜面になっていた。道に沿ってムトは斜面を登っていく。墓地の隅に新しく掘り返した跡がいくつかあった。その跡の真ん中あたり、少し盛り上がっている場所に剣が突き刺さっている。墓標替わりだろう。

 ムトの視線の先で新たに剣が突き立てられた。剣を突き刺した人物が、両手を合わせて祈っている。その人の背中を見たムトは、動けなくなった。見間違えるはずがない。どれだけあの人の背中を見ていたか。知らず、涙がこぼれていた。ムトの隣では、ゲオーロも驚きと感動で一歩も動けず、ただ見つめていた。

 ムトたちの気配に気づいた『彼女』が振り返る。右腕に填められた巨大な篭手が朝日を反射した。

 彼女もまた、二人を見て驚愕の表情を浮かべた。

 彼女の名を呼ぶ。リムス中の人間が恐怖と憎しみをこめて呼ぶ名を、ムトはただただ純粋な憧れと敬意をこめて。

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