第263話 同行者

 暗い山道を、小さなランタンの灯が揺れながら動いている。

「よく、一人で来たな」

 ゲオーロが感心した様子で隣のジェンに話しかけた。周囲に街灯など当然存在せず、かすかに星明りが届く程度だ。山道も舗装されているわけがなく、かすかに轍が残るのみで獣道とさほど変わらない。

「村から街まではほぼ一本道だし、それに街の明かりが目印になったから」

 ジェンが後ろを振り返って指さす。その指の先には、点々と街の明かりが見えた。

 それでも、何度も転んだはずだ。証拠にジェンの体は擦り傷だらけで、服もほつれや穴が複数見つかった。ゲオーロはジェンの頑張りを理解していた。もちろん、ムトも。

「疲れたら言ってくれ。担いで運んであげるよ」

「だ、大丈夫です。子ども扱いしないでください」

「子ども扱いしているわけじゃない。君が歩けなくなったら村への到着時間が遅くなってしまう。これは気遣いでもなんでもなく、仕事に支障が出るか出ないかの話なんだ。体の不調は、必ず俺たちに報告すること。いいね?」

「わかりました。今は、本当に大丈夫です。疲れたら必ず報告します」

 素直に返事をしたジェンから、ゲオーロは前へと視線を移す。前にいるのはムトと、セプス傭兵団の連中だ。


「同行する?」

 街から出ようとしたムトたちを呼び止めたのはセプス傭兵団の団長、ディールスだった。四十前後の少しぽっちゃりとした、どこにでも居そうな親父、それがムトとゲオーロがディールスに抱いた印象だった。もしかしたら、戦火で家財を失って傭兵になった口かもしれない。ここ数年で、傭兵になるしかない人間も増加した。

「ああ。今、案内所で正式に依頼を受注した。俺たちもお宅らと一緒にダリア村に向かう」

 正式に受注したのが俺らなんだから、ついてくるのはそっちか、とディールスは快活に笑った。その笑い方からは、否応なく傭兵へと身をやつした者がよくある湿気の多い、不平や不満といったネガティブな感情は見受けられなかった。割り切って今の立場にいるのだろう。こういう人間は肝が据わっていて色んな意味で強い。

「どうして、こんな金にならなそうな話を?」

「そりゃ、お宅らだって同じだろう?」

 ムトの質問に、ディールスは答えた。

「ガキが困ってる。苦労して苦労して、やっとこさ救いの手を求めて辿り着いた。それ相応の報いがあっても良いじゃないか」

 俺にもガキがいるからなぁ。ディールスはそう続けた。

「それに俺たちみたいな小さな傭兵団は、どんな依頼でもコツコツ引き受けて、実績を積まなきゃならない。でないと、条件付きの大仕事が受けられないからな」

 彼の言う通り、玉石混交、数多の傭兵団の中から依頼主が選ぶ時代において、気になるのは雇い入れる傭兵団が信用できるかどうかだ。仕事能力には言うに及ばず、素行についても気にしなければならない。昨今では少なくなったが、悪質な傭兵団は成功報酬を上乗せするよう依頼主を脅したり、所持品を盗んだりすることも過去にあった。疑心暗鬼になっている依頼主や案内所に、傭兵団は自分たちの信頼と実績を売り込まなければならない。確かに、困っている少年の、それも金にならない依頼を人情で引き受けたなんて美談があれば、依頼主も安心しやすいかもしれない。


 こうして、ムトたちはディールス率いるセプス傭兵団の面々と共にダリア村に向かって移動していた。セプス傭兵団の構成は二十名ほど。同じ出身地の人間ばかりだという。実力はわからないが結束は強そうだ。彼らに対し、どこか懐かしさをムトは感じていた。アスカロン。かつて自分がいた場所に、少し似ているからだろうか。規模もそうだし、団員たちの仲の良さも似ていた。自分は最初、まったく歓迎されなかったけれども。

「どうしたんですか?」

 ムトに話しかけてきたのは、セプス傭兵団の紅一点アルデアだった。ジェンを除けば、この中で最年少と思われた。短く肩で切りそろえられた髪に、幼さがまだ残る愛嬌のある顔をした彼女の背中には、不釣り合いなほど大きな剣があった。伊達や見栄で背負っているわけではないのは、彼女の肉刺が潰れた手のひらや鍛えられた腕が証明していた。

「どう、って?」

「私たちの事、じっと見てたでしょう? あ、もしかして、私に惚れちゃいました?」

「君が可愛らしいのは認めるが、残念ながらそうじゃないんだ」

「じゃあ何です?」

「大したことじゃない。昔のことを少し思い出しただけだ」

「昔の事? そういえば、食堂で何か叫んでましたよね。団長がいない、とかなんとか」

「ああ、あの時は申し訳ない。みんなの食事の邪魔をするつもりはなかったんだ」

「何かあったんですか?」

「僕もこう見えて傭兵になって数年経つからね。色々とね」

「聞きたいなあ。先輩として教えてくださいよ。そのいなくなった団長? の事とか」

「・・・大したことのない、話だよ。聞いてもつまらない」

「ええ~、聞きたいなぁ~」

「それよりも、僕の方が聞きたいな。どうしてアルデアは傭兵に? 昔よりは増えたけど、まだまだ女性の傭兵は少ないのに」

「ん、そうですねぇ。やっぱり一番は稼ぎが良いから、ですねぇ」

「命を落としたら、いくら稼いでも意味ないだろう。君の選択を否定するつもりも、馬鹿にするつもりも一切ないけど、他にも職はあったんじゃないか? 例えば・・・」

「娼婦、ですか?」

 言っていいものかどうかムトが言い淀んでいる間に、アルデアはさらっと言った。

「それはないですねえ。確かに私は可愛いですしかの高級娼館フェミナンでもすぐに人気になり、お金も稼げるとは思いますが」

 そのフェミナンの全てを取り仕切る優雅としか言いようがないマダムとついつい比較して、ムトは「なるほどね」と当り障りのない言葉だけ返した。

「それだと、もう一つの理由が達成できないんですよ」

「もう一つの理由?」

「ふふ、内緒です。ムトさんは良い人そうですが、まだまだ、私の信頼を勝ち取っていません。知りたければ、ここからは有料です」

「信頼と言いつつ、金を取るのか?」

「信頼はお金と一緒です」

「まあ、一理ある、か?」

「ムト、ちょっといいかい?」

 アルデアに煙に巻かれたムトに、ゲオーロが後ろから追いついてきた。

「どうした?」

「ジェンと話していて、盗賊団が来た当時の様子が少しわかったよ。君が考えていた通り、村長にはジェンが依頼を出して戻ってくるまで踏みとどまれると計算するに足る理由があったみたいだ」

 ムトの顔つきが変わった。アルデアもすぐにディールスを呼ぶ。歩きながら、ゲオーロはジェンが拙い言葉で懸命に話したことを通訳する。

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