混迷の大地で、挫けようとも

第260話 彷徨う亡霊

「魔女がこの街に来ているらしい」

 興奮気味に叫ぶ若者が、仲間を急かしながら街中を駆けていく。彼らが目指すのは街の北に位置する宿屋だった。そこでかの有名な『魔女』が新たな傭兵団を結成するために団員を募っているという。

 五年前、カリュプスが消滅した。以降各国の境界線で毎日のように小競り合いが起こっていた。兵は常に不足しており、後継ぎではない次男、三男たちは軍に所属するか傭兵になった。特に傭兵はどこの国でも引く手数多のため、戦火によって職を失ったもの,食うに困ったものたちが傭兵を名乗り、その日を生き抜くために慣れない剣を取って戦った。

 こうして多くの人間が傭兵となり、多くの傭兵団が生まれては消えを繰り返し始めると、雇い主側でも選ぶ義務と権利が生まれてくる。下手な連中を雇い、戦いの要に置いてしまうと、いざというときに役に立たず、それが原因で戦いに負けてしまうからだ。

 ゆえに、高名な傭兵団ほど高額で雇われ、かつ作戦の重要な場面を任されることになる。作戦の重要な場面、例えば敵将の首級を上げるなど、作戦上高い実績を上げればその団は名を上げ、再び重要な場面を任されるという好循環が生まれ、反対に無名の傭兵団はいつまでも冷や飯を喰らうことになる。

 結果、傭兵になりたい連中はネームバリューのある傭兵団に入ろうとする。稼げるところにいなければ意味がないからだ。

 彼らが『魔女』と呼ぶ者は、名前だけなら誰もが知る、超が付くほどの有名人だった。

 ドラゴンを従えカリュプスを滅ぼし、平和な時代を終焉に導いた張本人。十三国連合の一つ、宗教国家コンヒュムからは龍神教の教えに反したとして高額の懸賞金が掛けられている極悪人である。

 国すら滅ぼした魔女、その実力を疑う者はいない。であるなら、これほどの勝ち馬は他にない。すでに大手として安泰な地位を得ている傭兵団以外の、一攫千金、成り上がりを夢見る若者や再起をかけるならず者たちにとって、魔女の誘いは目の前に舞い降りたビッグチャンスだ。

 若者たちが宿屋に到着すると、すでに長い列が並び、宿の外にまで人だかりができていた。うわあ、と彼らの口から感嘆の声が漏れる。噂通りだ。ここで魔女の団員になれば、自分は人生の勝者も同然と彼らに甘い夢を見せるには充分だった。列の最後尾に並び、窓の向こう側へと目を凝らす。

 遠目にもわかる。大きな椅子にどっかと座った、全身を真っ赤なドレスに身を包んだ女。

「あれが魔女か」

 遠くからでも圧倒される存在感だった。両脇に側近らしき男二人を侍らせている。その男たちも魔女の護衛にふさわしい実力者に見える。筋骨隆々で油断なく周囲に視線を巡らせ、面接にきた者を威圧していた。ふさわしくないと判断したら、即座にたたき出すことだろう。魔女とあの二人の目にかなわなければ団員にはなれないということか。

 震えて動かない足を叩いて己を叱咤する。たかが面接でビビってどうする。噂によれば、魔女が戦うのは人間だけではない。人知を超えた化け物とも時には戦うという話だ。この程度乗り越えなければ、一攫千金など夢のまた夢。

 若者の順番が近づいてくる。それに従って、中の声もこちらに聞こえてくる。少しでも質問内容がわかれば、と耳を澄ませる。

「次の者」

 護衛の一人が呼び寄せる。魔女の前の椅子に座ったのは、自分とさほど年も変わらなそうな、若い男だった。緊張しているのか手が少し震えているのが見えた。その姿にわずかに共感を覚える。もし共に魔女の団員と相成れば、仲良くできるかもしれない。いずれ互いに魔女の片腕として、相棒として戦うことになるかもしれないと若者は運命を感じた。

 男の面接が始まった。

「魔女様におかれましては、ご機嫌麗しゅう」

「ご機嫌取りは不要よ」

 深々と頭を下げる男に対し、魔女はつまらなそうに手を振った。

「欲しいのは強い団員。役立たずはいらない。あんたはどうなの? 何ができる?」

「はい。僕は以前別の傭兵団に所属していました」

「別の傭兵団ね。どこ?」

「小さな団です。ずいぶん前に解散してしまい、その日暮らしをしていたところ魔女様の話を聞きつけた次第です」

「そう。で? そこでどんなことをしてきたの?」

「そうですね。森の中や砂漠での要人の護衛とか、ある時は誘拐からの救助とか、他だと害獣駆除とかですかね」

「どこの団でもやっているような、雑用ばかりね。その程度の実力者は幾らでもいるの。もっと他に、これは、という仕事はしてこなかったの? 魔女の配下になるなら、それに見合った実力を示して」

「はは、そうですね。僕の中で危険だったのは、スライム駆除ですかね」

 おお、と若者や周りにいた面接待ちや見物たちが驚く。スライムはかなり危険な生物だ。男に対する認識を改める。彼は、すでにいくつかの修羅場を潜ってきているのだ。

「ふむ、まあまあね。スライムはなかなかの難敵よ。そこそこの経験を積んできたのは間違いないようね」

「魔女様の活躍に比べれば取るに足らない経験ですが」

「良いわ。で、あんたの武器は何?」

「僕の武器は、これです」

 男が腰から二振りの剣を外し、魔女の前に掲げた。小太刀、と呼ばれる少し反りのある短い剣だ。

「後は、これです」

 小太刀を装着し直して、今度は足元に置いてあった袋から何かを取り出した。それを魔女に向かって突きつける。

 若者から見て、それはボウガンのように見えた。だが、ボウガンにしてはあまりにごつく、装着されている矢はあまりに太い。矢というより、あれではまるで杭だ。その杭の切っ先を、男は笑顔で魔女に向けていた。

「それは?」

 動じることなく魔女はそれを指さした。少し硬い声だった。

「これですか? これは、魔女様ならよく知っている物ですよ」

 男は笑顔を変えずに言った。

「私が知っている? あんた、一体どういう」

「これは『トニトルス』という魔道具です。先ほど話したスライム撃退時に使用した、雷を相手に流し込む奴ですよ。どうして知らないんですか? あなたが開発したものなのに」

 魔女の頬がピクリと痙攣した。

「誰にでも使用しやすいように試行錯誤繰り返してらっしゃったのを覚えておられないのですか? これでラーワーのスライムを倒した時の事も、覚えていらっしゃらないと?」

 場がざわつき始めた。ラーワーのスライム。それは今から六、七年前にラーワーの一大鉱床地帯であるミネラに現れた、新種の巨大スライムのことであろうか。一つの街を飲み込むほどに巨大化したスライムを、当時のミネラ守備隊隊長、現ラーワー防衛軍将軍が街に逗留していた傭兵団と共に撃退したと言われている。

 傭兵団の名はアスカロン。

 アスカロンの活躍はスライム退治だけではない。アルボスでペルグラヌスを討伐し街を救い、サルトゥス・ドゥメイが住む森を十三国連合の一つ、プルウィクスの王族を護衛しながら横断。ユグム山でラーミナを討伐して、砂漠でスコルピウスとアラーネアの大群を今では大傭兵団の仲間入りをしたリュンクス旅団とパンテーラ、三つの傭兵団で蹴散らした。

 その傭兵団を率いていたのが龍殺しと呼ばれた女団長であり、やがてカリュプスを一人で滅ぼし、魔女とあだ名されることになった、目の前の女、のはずなのだが。

 妙な緊張が漂う中、女は手を叩いて「そうだったそうだった」と笑った。

「ああ、じゃあもしかして、以前無くしたと思っていたそれを、もしかして持ってきてくれたわけね?」

「そうなんです」

 汗をかいている魔女の、聞きようによっては無茶な言い分に男が首肯した。

「ラーワーのミネラで落とされていたので、いつかお返ししたいな、と思っておりまして。ようやく肩の荷が下りました」

 男が魔道具を魔女に手渡す。

「持ち主にお返しできてよかったです。これだけでも、今日来たかいがありました」

「ありがとう。高いのよこれ」

「でしょうね。一台につき金貨一枚分はかかるとおっしゃっていましたものね」

「きっ」

 護衛が思わずといった風に声を漏らし、魔女がボウガンを取り落としそうになる。

「僕からは以上となります。よいお返事をお待ちしております」

 狼狽する魔女たちの前で、男は立ち上がり一礼した。そのまま踵を返し、若者の横を通り過ぎて外に出ようとした。

「あ、そうだ」

 立ち止まり、魔女の方を振り向く。

「一つ、謝らなければなりません」

「な、何?」

「実は、さっきトニトルスの変なスイッチを押したらしくて。ほら、取っ手の部分。赤く点滅している部分がありますよね」

 魔女がのぞき込むと、男の言う通り赤い小さなランプが点滅していた。

「ええ」

「以前教えていただいた話だと、敵に鹵獲されたときのために、爆発する仕掛けにしたんですってね」

「「「爆発っ?!」」」

 素っ頓狂な声が宿屋内で反響する。

「何でも、作り方を敵に知られないようにするための処置だとか。赤い点滅が消えたら爆発するんですよね」

「ちょ、これ、あんた、どうするのよ!?」

「え、僕に聞かれましても。魔女様が作ったものですよね」

「そうよ! だけど、ド忘れしちゃったの! いいから早く何とかしなさい!」

「そんな無茶な。僕が知ってるのは、半径数百メートルが消し飛ぶってことくらいで」

「数百・・・っ!」

「あ、点滅が早くなってる! 魔女様、早く解除しないと、この辺一帯が消し飛んじゃいますよ!」

「解除ったって、どうしろっての?!」

 魔女がヒステリックに喚き、護衛にトニトルスを投げる。受け取った護衛はお手玉して、もう一人に投げる。その間に魔女は裏口に向かって走り出した。護衛もまたトニトルスを投げ捨てて魔女の後を追う。

「おっ・・・と」

 落ちる寸前で、男がトニトルスをキャッチした。点滅は激しくなっている。そしてついに、赤いランプが消えた。

「ボンッ!」

 何が何だか訳が分からない若者たちは、その大声に驚いて身を低くする。硬く目を瞑っていたが、何も起きる気配はない。

「大丈夫ですよ。充電が完了しただけです」

 男が周囲に向かって告げる。

「どこにでも、偽物はいるもんだ。皆さんも騙されないように気を付けてくださいね」

 そう言って男は立ち去ろうとする。

「あ、あんた、一体何者なんだ」

 若者が男に向かって尋ねる。男は肩越しに振り返り、言った。

「亡霊、みたいなものだよ。微かな希望にすがって、未練がましく生きながらえてる」

 男、元アスカロン団員ムトは泣きそうな顔で苦笑した。

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