第258話 王の死角

 剣戟の火花が目の前で散る。ファースの剣を搔い潜り、ウェントゥスで胴を薙ぐ。しかし、返ってくる手ごたえは鈍い。原因はわかっている。奴が着ている王のマントだ。いまだに防衛機構は健在で、こちらの斬撃をことごとく防いでくる。

「無駄だ!」

 醜く顔を歪め、歯をむき出してファースが腹部にウェントゥスの刃を受けたまま体を押し込んできて、蹴りを放つ。盾にしたアレーナで受けるも、そのまま足で押され、体勢を崩す。そこへ再びファースが剣を突き立てようとする。転がり、間一髪難を逃れる。地面を叩くようにして体を跳ね起こし、構える。

「貴様の武器では、このマントは貫けない! 魔道具としての性能が違うのだ! そして、それはぁ、こいつも同じだ!」

 振り下ろしてきた剣をウェントゥスで受け流す。迫る剣の軌道を斜めから当てて弾く。斜め上からの切り下ろしを弾いてやり過ごすも、切り上げに移行。アレーナを下からかち上げて自分の身を屈めて避ける。ウェントゥスで、今度は突きを入れる。前カリュプス王と同じく、喉元へ向けて。最も生地が薄そうな場所なら、と思ったが、その薄いはずの布地に防がれる。

「無駄だと言っているだろう!」

 ファースの剣が私の脳天目掛けて落ちてくる。咄嗟にウェントゥスの腹で受ける。力を逃せず、真正面から受けたせいで、手が痺れた。それ以上に私の心胆を寒からしめたのは、ウェントゥスから響いた異音だ。ビキ、ともバキ、とも聞こえる、なんとも不吉な音。

「貴様のような貧乏傭兵にはわからんだろうが、魔道具にも格があるんだよ」

 ぎりぎりと鳴る刃の向こう側で、ファースが勝ち誇る。

「俺が持つ剣はマントと同じく、代々王家に伝わる国宝だ。硬度はそこらのまがい物など比べるべくもない。そして魔道具としての力はぁああああああ!」

 異音が大きくなる。加えて、私の目でもわかるほどに、ウェントゥスが纏う風の刃が薄く、細くなっていく。

 折られる!

 直観的にそう感じた。受けていた剣を逸らし、バックステップで離れる。魔力を流しなおすと、再びウェントゥスは風を纏った。だが、違和感がある。上手く魔力が流れていない。ちらと刀身に視線をやると、小さなひびが入っている。まともに剣で受けたとはいえ、風を刀身の上から纏っているウェントゥス自身が傷つくのはおかしい。アレーナも、さっきから変化させる時間が増加してタイムラグが大きくなっている。私の疲れ、魔力不足かと思っていたが、違う。ウェントゥスと同じように、傷が入っているのかもしれない。

 つまり、ファースの持つ剣の効能、ということか。ただ硬いだけではない。風を切り裂いて、刀身に剣が届いたのだ。

「自然界に発生する現象と、魔道具が引き起こす現象には、魔力が流れているという違いがある。この宝剣はその魔力を奪い、魔道具の能力を消すことができる!」

 ありがたくも答えを教えてくれた。なるほど、それで宝剣が当たる部分だけ風が失われて薄くなっていたわけか。

 だが、一気に奪えるわけではないはずだ。宝剣が接触していない方のウェントゥスの風は徐々に薄くなっていたし、アレーナで弾くこともできた。長時間の接触、もしくは今のようにまともに受けるとこちらの魔道具の効果が早く薄れるのだろう。

 とはいえ、厄介なことには変わりない。

 斬撃を弾く服に、こちらの魔道具を弱体化させる剣。おまけに

「死ねぇえええええ!」

 ファースが突っ込んでくる。鋭く踏み込み、剣を横に薙ぐ。速い。何とか盾に変化したアレーナで逸らす。ガリガリと刀身が盾をひっかく。振り切った拍子に、奴の背中が見えて。

「そこぉっ!」

 私が間合いを詰めるのを見計らったかのように、奴の回し蹴りが放たれる。左腕をまげて肘の当りで防御する。持っていたウェントゥスを落としそうになるのをこらえて安全圏まで下がる。

 強い。純粋に、奴の技量は高い。

「王族が、守ってもらうばかりと思ったか?」

 私の焦りを見透かしたかのようにファースが言う。

「王族だからこそ、身を守り、敵を倒す術を幼少期より仕込まれるのだ」

 奴の自慢を受けながら、技術の高さに納得する。そうでなければハーミットに化けていてもすぐにばれてしまっただろう。

 もちろん、ファースよりも強い人間を知っている。ミネラのカナエ、プルウィクス将軍のファルサ、リュンクス旅団団長のアスピス、パンテーラ団長シーミアなどだ。

 相性の問題が、これまで相対してきたそんな彼らよりも奴を厄介にさせている。マントの性能によってこちらの攻撃を奴は気にする必要がほぼない。ゆえに盾を必要とせず、両手で剣を迷いなく振るえる。両手で振るうのだから当たり前のことだがこめられる力は強い。力では劣る私は簡単に押し負けてしまう。

 そして、私のような我流とは違う、基本に忠実な構え。剣道や空手、柔道の動画や漫画を見たことがあるが、基本が大事というのは全てに共通している。基本を知っているからこそ応用があり、派生があり、新しい技が生まれる。また、基本、基準は長い武道の歴史の中で様々な試行錯誤を経て生まれた、全ての技、攻防の動きを最小限で繰り出すために最も無駄のないニュートラルな状態ではないかと思っている。性格はひん曲がっているくせに、基本に忠実な戦い方をしてくる。こちらの弱点を確実に見極め、的確に攻めてくるのだ。

 反面、私のコンディションはすこぶる悪い。疲れもあるし、わずかな体力も奴の攻撃を受ければ受ける程削れていく。色々と神経も使わなければならない。

 不味い状況だ。どうする? 武器は手の中にあるこの二つ。どうやって難攻不落のマントを掻い潜って致命傷を与えればいい? 斬撃も防げるなら、打撃も大した傷は負わせられない。プルウィクスが誇る魔道具メリトゥムの爆発も防ぎ切った。既存のあらゆる攻撃に対して耐性があるとみて間違いないだろう。

 ならば、王族が受けたことがないであろう方法を試すしかない。そんな方法があるのかどうかはわからないが。

 ・・・一件、思いついた。もし失敗であれば確実に私は死ぬが、どの攻撃手段よりも可能性はありそうだ。

 その方法を、奴の隙をついて試さなければならない。

「どうした、さっきまでの威勢は?」

 舌なめずりをしそうな顔でファースがあざ笑う。

「龍殺しなどと煽てられて、調子に乗っていたのか? 愚か。愚かなり。俺はカリュプスの王だぞ。貴様とは背負っているものが違う。受け継いだものが違う。龍を討てた程度で調子に乗るなどおこがましい。俺はこの国、この大陸を統べる者だ。貴様ごときが相手になるわけなかろう!」

 賭けるしかない。正念場だ。

「調子に乗ってるのはそっちの方だ」

「何だと?」

「愚かなのはそっちだ。何が王、何が大陸を統べる者だ。お前のものだという国はどこ? 民はどこ? いまや炎に飲まれた廃墟しかないじゃない。お前みたいなのを、裸の王様っていうのよ」

 怒りのあまり、ファースから言葉は消えた。代わりに形相が鬼のように変わっている。

 来るぞ。この命を取りに来る。

 獣のような咆哮を上げてファースが間合いに踏み込んできた。上段から最速の一撃を放ってくる。私はそれをウェントゥスで払い

 甲高い音と、鈍い衝撃が左腕に返ってきた。奴の剣は払えた。剣の軌道は私の脳天からそれている。

 その代償は大きかった。これまで共に歩んできた相棒のウェントゥスがガラスのように砕け散った。パラパラと破片が舞い落ちる様がスローモーションで見える。その奥にある、勝利を確信したファースの顔がゆっくりと歪むのも。

「終わりだ、龍殺し!」

 奴は私の最も防御の薄い場所をすでに見極めている。体勢を立て直した奴が選んだのは、最速の突き。ウェントゥスが砕け、体勢を崩した私の左側はガラ空きだ。狙いは左胸の奥にある心臓。一気に勝負を決めるつもりだろう。

 体が突き破られる。異物が体内にねじ込まれ、そこから灼熱が生まれた。激しい痛みに身もだえしそうになる。

「が、あああああああ!」

 吠える。そして、自分から前に出る。異物、剣がさらに体を通過する。気を失いそうになるのを、食いしばって耐える。

「捕まえ、た・・・っ」

 奴の剣が突き刺したのは、私の左肩だった。突き刺すことで奴の剣を封じ、肉薄する。奴の右腕を掴み、逆上がりの要領で足を上げ、奴の首に絡め、後ろに倒れこむ。私の体重を支えられなくなったファースも共に横倒しになる。

「が、き、貴様っ」

 太ももに挟まれた奴の顔が息苦しさで赤くなる。さらに足に力を籠め、首を絞める。

 これが、私が勝てる可能性がありそうな方法。関節技、締め技だ。その中で、おそらく使えなくなるだろう手の代わりに足を使った締め技、三角締めを選択した。相手の腕を封じ、かつ腕よりも強い筋力を持つ足で首を絞めていく。

 ミネラのカナエは投げ技を知らなかった。ならば、関節技もこの世界には少ないのではないか、と思ったのだ。

 同時に、王族が締め技で暗殺なんてほぼないのではないか、とも思った。締め技ができる程近くに接近できるなら殺す方法は他にいくらでもある。暗殺を成功させたら暗殺者は逃げなければならないのだから、時間のかかる方法なんて用いる訳がない。

 この状況と条件に合う方法は、総合格闘技で見たこの技と、マンガで得た知識だった。わざと相手に隙を見せ、そこを狙わせて、意識を攻撃に向けたところで隙をつく。

 肉を切らせて骨を断ち、骨を断たせて首を獲る。これしかないと思った。効果はあった。やはり、マントは絞められることを想定していない。さらに力をこめる。意識さえ刈り取れば、こちらの勝ちだ。

「な、め、るな」

 圧迫されておちょぼ口みたいになりながらもファースは足掻く。封じられている手を動かし、差し込んだ剣をひねる。力が入らないからか、わずかしか動かなかったが、激痛が走った。力が緩む。

「や、ろぉ!」

 足に力をこめ、再び奴を封じた。ここで逃がしたら全てが終わる。右腕のアレーナで補助しようとするが、上手くいかない。私の体に剣が刺さっている影響だろうか。魔力の流れを阻害しているようだ。最後は自分の体ひとつで勝負するしかないのか。右腕で奴の手をひねり上げる。

「はっ、男は、女の太ももに挟まれるのが、ご褒美じゃ、なかったのっ?」

 テーバが言っていたが、噓だったのだろうか。それとも、彼が特殊な性癖を持っているのだろうか。

「ふじゃ、けりゅ、な」

 再び、奴が剣の柄に手を伸ばす。もう一度抉られたら痛みに耐えられるか。その前に落とすしかない。力を籠めるも、奴も必死だ。指が、柄にかかり


 キュオオオオオッ


 私の服の襟口から、インフェルナム幼体が飛び出した。アレーナで傷つかないように拘束して抱きかかえていたのが、私の魔力が途絶え、アレーナの変化が解けたから飛び出してきたのか。幼体は目の前にあったファースの顔に激突した。

 くぐもった悲鳴が漏れて、奴の手から力が抜けた。見れば、奴の目が潰れて血があふれている。激突した拍子に牙か爪が目を抉ったらしい。マントは私の足が邪魔して幼体を防げなかったようだ。

 絶好のチャンス! 全身全霊、私の中に残っている全ての力を足に込める。

「ああああああああああああああ!」

「ぐ、き、貴様、なんぞに、貴様、なんぞにぃいいいいいいいいい!」

 ゴキュ、と嫌な感触が足に伝わった。それでもしばらくは力をこめ続けた。

 荒く息を吐き、左肩を右手で押さえながら後ずさりしてファースから距離を取る。

 ファースは、こと切れていた。首があらぬ方向に曲がり、口から泡を吐いて青い顔でこちらを見ていた。瞳孔の開いた濁った目では、もう未来は見えないだろう。

「約束通り、その首、へし折ってやったわ」

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