第253話 七日目の朝

 カリュプス新国王より、カリュプス全土へとお触れが出された。新しい王の戴冠と、前王暗殺の首謀者である魔女の処刑を執り行う、と。

 このお触れに王都の民たちは安堵した。増税に次ぐ増税で生活が苦しくなっていたが、新たな王によって改善するのではないかという希望が現れたからだ。彼らは自分たちに都合の良いように理解し、納得した。

 ―増税は、王の意図ではなく魔女に誑かされたためだったらしい。

 ―やはりそうだったのか。おかしいと思っていたのだ。これまで堅実な政策をとっていた王が理由もなく我々を苦しめるはずがない。

 同時に怒りも覚えた。

 ―王を変えてしまったのは、王宮に取り入った魔女のせいだという。

 ―何という事だ。では、王が乱心したのも、我々が苦しんだのも、全て魔女のせいだというのか。

 ―おいたわしや、王。優れた王であったのに、魔女のせいで名を汚され、命まで奪われるとは。

 ゆえに、新たな王に対して好意的だった。

 ―新王ファース様はカリュプスの危機を察知し、ひそかに留学先から戻ってきていたそうだ。

 ―魔女の奸計を暴き、国を守り、正義を成すために自ら最前線で指揮を執ったという。

 ―幾度となく国の危機を救った初代国王の再来か。いや、それ以上かもしれん。

 ―あの方こそ救国の英雄。私たちの救世主。

 誰もが新時代の幕開けを予感した。


 ―――――――――――――


「来ることができない、だと?」

 新王ファース・カリュプスは眉をひそめた。無事残った玉座で、戴冠式の準備を進めていた時だ。部下から各地の領主から連絡が届き、その報告を受け取った。ファースの睨みつけるような視線を受けて、狼狽しながらも部下は己が役割を果たそうとどもりながらも懸命に言葉を吐き出す。

「は、はい。ラニカイ辺境伯よりファース王へお祝いの言葉が伝書鳥より送られております。新王ファース様の戴冠を心から喜び、またこれまでと変わらぬ忠誠を王と国に誓うという文面ですが、先だっての反乱の後処理が残っており、どう急いでも戴冠式、魔女の処刑には間に合わない。可能な限り急ぎ片付け馳せ参じてご挨拶に伺えるよう努力する、とのことです」

 辺境伯だけでなく、他の領主も総じて同じ文面をよこしている。

「ファース様。やはり日を改めてはいかがでしょうか?」

 側近の一人が言った。

「すでに玉座は手中にあります。この国のすべては貴方の物。焦る必要はありません。皆の準備が整ってからでも遅くはないのでは? 皆の前で式を執り行う事の方が重要ではありませんか?」

「貴様は何もわかっていないな」

 ため息をつきながらファースは言う。

「今、五大国の均衡によって保たれてきた平和が崩れかけている。カリュプスのみならず各地で反乱や一揆が発生しているのが何よりの証拠だ。近年ではヒュッドラルギュルムの街の一つが壊滅しかけ、ラーワーの大鉱床で鉄の盗掘騒動が発生し、プルウィクスでのお家騒動が勃発、アウ・ルムで工作員による要人誘拐事件、アーダマスでも王を狙った暗殺未遂があったという」

 それは成功してほしかったがな、とファースは笑った。

「各国で様々な事件が発生している状況で、国の要たる王が不在であるわけにはいかないのだ。民たちが一日でも早く安心できるよう、また、カリュプスが盤石であると喧伝するためにも俺は王にならねばならんのだ」

 おお、と周囲から感嘆の声が上がる。その反応を見てファースは計画に支障はないとほくそ笑む。

 ファースが言ったこと、半分は真実だが半分は真実ではない。玉座が空席と他国に知られれば、それだけで攻め込む理由になる。指揮系統が混乱しているうちに、と誰しも考えることだ。国を守る、というのはあながち嘘ではない。

 もう半分の急ぐ理由は、カリュプスの貴族や民に冷静になられては困るからだ。そもそも今回の暗殺計画はほとんど誰にも知られない速度重視の電撃作戦だった。こちらが知らせるまで民はおろか貴族の大半も王が殺されたことも城が破壊されたことも知らない。彼らの理解が及ぶ前にこちらで彼らのための納得できる道筋を用意しておく。そうすれば余計な疑問が生まれるリスクを減らすことができる。冷静になられれば色々と気づく者も中にはいるかもしれない。気づかれる前に玉座を手に入れ、反論を封じ込める必要があったのだ。

 王を殺した魔女と国を救った英雄、いかにも吟遊詩人や劇作家が好みそうな英雄譚だ。民もわかりやすい話に熱狂することだろう。

 しかし、民は冷めやすいこともファースは知っている。時間が経てば経つほど熱は冷めていく。非日常が発生し、日常へと回帰する前に新たな熱を民に連続して与えることで、民に考える暇を与えない。民から望まれて王になった英雄という図式を植え付ける、それがファースの目論見だった。


 ―――――――――――――


「上手くやってくれているだろうか」

 カリュプスにある、とある領主宅で男が呟く。

「ここまで来て失敗していた、なんてシャレにならんぞ」

「その点についてはご心配なく」

 もう一人の男が応えた。

「報告が入りました。カリュプス王は、無事暗殺されたようですよ」

 無事暗殺、ってなんか言い方おかしいですよね、と言った本人が首を傾げた。

「そいつはよかった。計画は順調に進んでいると判断していいな?」

「もちろん。・・・まあ、失敗していてもやることはさほど変わりませんけどね。簡単が少し困難、に変わるくらいで」

「その変化で、死ぬ人間の数が変わるのだ。気にもする。貴様も一軍の将なら自覚しろ。俺たちは、号令一つで兵を死地に送らねばならんのだ。彼ら一人一人に家族があり、友人がいる。被害は出ない方が良いに決まっているだろう」

「申し訳ありません。失言でした」

「構わん。どうせ俺の言葉など響いてはおらんのだろう? なんせ貴様は自分の国の王族すら数でしか見ていない、というからな」

「あらま、その話どこから?」

「貴様の上司だ。貴様と組むにあたって、取扱説明書を送ってきおった」

 こんな分厚い奴だ、と男は自分の人差し指と親指を目いっぱい広げて見せた。

「中身が気になりますね、なんて書いてあったんです? 良い男につき女性の部下を近づけたら火傷するので近づけさせないように、とか? それでも、良い男には女性が寄ってきちゃうもんですけどね。ああ、なんて罪な男なんだ僕ってやつは」

「よく喋る馬鹿とはあったが、残念ながら良い男とは一言も書かれていなかったな。悪影響を受けるから新兵を絶対近づけるな、とも書かれていたか」

 あのクソジジイ、と言われた男は唸る。

「それだけ悪だくみに関して信頼されているという事だ。俺も期待している」

「そう言ってもらえると、悪い気はしませんね」

「すぐに調子に乗るのが玉に瑕、だそうだな」

「上げたらすぐ落とすの、やめてもらえません?」

 和やかに彼らが話す、その足元で。おびただしい量の血が流れていた。この領地の支配者だった男の腹からだ。邸宅に限らず、外にも多くの血が流れ、多くの兵士が躯をさらしていた。


 ―――――――――――――


 様々な思惑と謀略が渦巻く地に、近づく影があった。長年探し求めてきたモノの気配を、少し前に感じ取ったのだ。

 かつて影から大切なモノを奪った矮小な生き物、人間。奴らは姑息にも、影に大切なモノの気配を掴ませぬよう、おそらくは結界のようなものを張っていた。でなければ、己が大切なモノの気配に気づかぬわけがないからだ。

 何があったか知らないが、その結界が失われた。大切なモノの気配を察知した影は全速力でその地に向かう。この時をどれほど待ち焦がれていたか。

 誰も彼もが影に道を譲る。誰も彼もが影を見て恐れ、慄き、逃げ惑う。あらゆる生命にとって影は禁忌であり、恐怖であり、災害であり災厄であった。


 ―――――――――――――


 そして朝が来る。

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