第252話 死刑宣告

 薄暗く、じめじめした場所で私は意識を取り戻した。まだ生きている。そのことにほっとするよりも首を傾げた。てっきりもう殺されていると思っていたからだ。

 体を動かす。全身に痛みはあるが、動かせないほどではない。じゃら、と音がしたので何かと思えば、両手を手錠で拘束されている。ご丁寧に魔道具の篭手アレーナも外されていた。鎧や靴も奪われ、お情けで服だけは着せられている状況だ。素足が寒い。

「気が付いたか」

 足音が近づいてくる。灯りが格子型の影を私の方へ落とす。揺れる炎が照らしたのはファース・カリュプスだった。左右に兵士を連れて、悠々とした足取りで近づいてくる。鉄格子を挟んで互いの立場がくっきり分かれている状況だ。

「居心地はどうだ?」

「カビが生えそうな場所で非常に居心地がいいわ。あなたも一緒にどう? ファース陛下、とでもお呼びすればよろしいの?」

 ファースは前王が纏っていたマントを肩にかけ、王冠を被り、煌びやかな衣装に身を包んでいた。

「気に入っていただけて何よりだ。最初の王の業務に欠かせない国賓に無礼があってはならないからな」

 喜べ、とファースは言った。

「貴様の処刑を明日、行うことになった」

「明日とは、ずいぶんと猶予をくれるのね。てっきり今からだと思ったのに」

「そう急かすな。準備が色々必要なのだよ。民衆に喧伝せねばならんからな。貴様を、傾国の魔女として」

「魔女?」

「そうとも。王を誑かし、殺し、国を滅亡の危機にまで追い詰めた魔女。それが貴様だ」

「で? あなたはその危機を防いだ救国の英雄、という筋書き?」

「話が早くて助かる。貴様の命は有効活用させてもらう。光栄に思え。新しき国、新しき時代の礎となるのだから」

「光栄すぎて吐き気がするわ」

「おいおい、体調には気をつけろよ。大事な体だ」

「明日殺すくせに」

「確かに、その通りだな。だから、それまで惨めに生きながらえてくれ。刻一刻と迫る死の恐怖に怯えながら、無様に命乞いの練習でもするといい。その方が民衆も盛り上がる」

 高笑いを上げながらファースが出ていく。

「明日、か」

 体を冷たい床の上に投げ出す。今更じたばたする気は、私の中にはない。私を守るために命を賭してくれた皆のためにも最後まであがきたいが、体を動かすための燃料が不足している感じだ。生き残った団員たちが脱出できたことで安心しているのだろうか。

 いや、それもあるが、大きな理由はカリュプス王を殺したからだ。私の復讐心が芽生えた原因が消え、しかもそれを成すために多大な犠牲を払った。体の半分ぐらいがごそっと欠けたような感じだ。喪失感、というものだろうか。結局、私は一体何をしてきたのだろうか。

「ずいぶんと、間抜けな顔をしているな」

 誰もいなくなったものだと油断していた。

「もっと恐怖や警戒心を持った方が良い。女が捕虜にされたら、それも仲間を散々殺した奴なら、普通、この後に待っているのは拷問と凌辱だぞ。お前の心も体も存分に辱めて痛めつけ、破壊しつくすんだ。そうやって、自分たちは恐怖を与えた相手を乗り越えた、という優越感に浸るわけだ」

 近づいてきたのは、カリュプスの鎧を着た兵だった。

「じゃあ、これからそちらの言うようなことが繰り広げられる、ということ?」

 ファースの命で近づいてきたわけではないだろう。相手の目的がわからない。言葉を返し、反応を伺う。

「残念ながら、それはない」

 兵は苦笑した。

「カリュプスは竜神教の信者が多い。それは兵士にも言えることだ。これまで多くのドラゴンを屠ってきたお前と寝たりすれば、ドラゴンの呪いを受ける、と考える者が一定数いる」

「殺してきたドラゴンに私の体が守られているとは、皮肉な話ね」

「後は、ファース王から明日の処刑まで無事生かしておけ、と指示されているのもあるだろう。が、一番大きいのは、手を出そうとしたら殺されるのではないか、という恐怖が一番大きいかな」

「両手を手錠につながれたか弱い女一人、何も恐れることなどないでしょうに」

「いや、こればっかりは彼らに賛同だ。牢を開けた瞬間飛び掛かられ、喉笛を食い千切られる気がしてならない」

「あなたたちは、一体私をどういう目で見ているの?」

「世間一般の人間が龍殺しに抱く普通のイメージだよ。両手両足もがれても、首だけあれば動き回り、死ぬまで敵を殺すと思われている」

 化け物じゃないか。そんなイメージを世間一般に抱かれているのか。ちょっとショックを受けた。

「で、あなたは一体誰?」

 兵がにぃ、と口の端を吊り上げた。

「どうしてわかった」

「カリュプス兵と自分を分けたような言い方をするので、カリュプス陣営の者ではないと思ったんだけど。でも何の目的? 助けに来てくれたわけじゃないんでしょう?」

「まあな。俺たちにとっても、お前が処刑されてくれた方が、正しくはお前の処刑に王がかかりきりな方が助かるんだ」

 そう言って兵はこちらに近づいてきた。その顔が、変わる。彼の正体を知った私の目は、きっと大きく見開かれていたことだろう。

「あなたは・・・」

「覚えていてくれたようで嬉しいよ。お礼に、お前があと腐れなく死ねるようにしてやる」


 ――――――――――――――――


「がふっ、げふぉっ」

 船の甲板の上でムトは大量の水を吐き出した。肩を上下させながら不足していた空気を胸いっぱいに吸い込む。それでも鼻に水が残ってている不快感は消えないし、喉の奥に残るイガイガが強制的に咳をさせる。

「ムト、大丈夫?」

 ムトの体をゲオーロが抱え起こす。

「ゲオーロ、ここは、僕は、一体」

「ここは船の上だ。僕たちが助けに来たのは覚えてる?」

 ゲオーロの言葉が引き金になって、ムトは気が失う直前の自分の記憶を思い出した。カリュプス兵に囲まれ、絶体絶命というときに、団長は自分に・・・。無意識のうちに自分の唇を撫で、そして顔面を蒼白させる。

「団長は!」

 跳び起き、周囲を見渡す。

「団長!」

『ムト君』

 いつものように自分の名を呼ぶ人が、いない。

「ゲオーロ、団長は!? 団長はどうしたんだ!? 僕を逃がした後、団長も逃げてきたんだろう!? もしかして、どこか怪我をされて休んでらっしゃるのか?!」

「それは・・・」

 ゲオーロが顔を背ける。その仕草だけでムトは全てを悟った。視線を移動させる。船の後方にカリュプスの城壁が見える。

「もうあんなに離れて・・・」

 急がないともっと離される。甲板から身を乗り出そうとしたムトは、ゲオーロやテーバたちに羽交い絞めにされ甲板に引きずり戻される。

「ゲオーロ、テーバさん! 離して、離してください! 僕は行かなきゃ!」

「どこへ行こうっていうの?」

 暴れるムトにプラエの声降りかかる。彼女は船を止め、ムトの顔を覗き込んだ。

「決まってる。団長を助けに行くんです! 約束したんです。地獄であろうと、団長と共に行くって!」

「駄目よ。許さないわ」

「あなたの許可は必要ありません! 僕は」

 それ以上、ムトは話すことができなかった。彼の口にガラス瓶が突っ込まれたからだ。どろりとした液体がムトの口内を侵食する。あまりの不味さにムトは悶絶する。

「特製回復薬バージョンCよ。鎮静効果と腸内環境をよくする何かが入っているわ。多分」

「ふふぁふぇふぁふ!」

「落ち着きなさい。作戦も何もなく行ったところで無駄死にするだけよ。策を練らないと。あんただけがあの子の心配をしてると思ったら大間違いよ」

 ようやく黙ってどろりとした形容しがたい何かを飲み込むムトにプラエは言う。

「あの子は私に罪を着せる象徴がどうの、と言っていた。推測するしかないけど、誰かに裏切られたんじゃないの?」

 プラエがムトに視線を向けると、まだ飲み込み切れない彼は何度も頷いた。

「まだ確認してなかったけど、カリュプス王の暗殺は成功したの?」

 ムトが、多分、という顔をして頷く。

「ふむ、成功した可能性は高いわよね。着せる罪ってのはおそらく王暗殺の罪のことでしょうから。であるなら、王位を狙っていた何者かが裏切ったとして、自分が王位を奪うために必要なのは、民衆の前で適当な罪状を並び立ててあの子を犯人に仕立て、処刑か」

 処刑という言葉を聞いてムトが再び興奮し始める。体を起こそうとしたところをプラエがガラス瓶を押し込んで喉を突く。

「まだあの子は生きているわ。確実に助け出すために、今は準備に徹しなさい。言ってる意味がわからないなら、もう一本、今度は頭がよくなる何かが入っている方をケツからぶち込むわよ?」

 ムトが頷いたのを見て、プラエは船を止める。同じ方法は通用しないだろう。船ではなく、今度は陸路でいく。

「待ってなさいよ。こっちはまだ文句言い足りないんだから」

 アカリ団長奪還のための作戦会議が始まる。だが、プラエたちが必死になって計画し、準備してきたそれらは、全て灰燼に帰すことになる。

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