第251話 長い夜を抜けた先

 船が方向転換し、城門の方へと向かって進む。水門を破壊し、仲間を吹き飛ばした船が近づいてきたことを受けて、カリュプスの兵たちが浮足立つ。

『ゲオーロ、発射準備は!』

 プラエたちの声が通信機から聞こえる。

『射角ヨシ! 方角ヨシ! 弾込めヨシ! いつでも撃てます!』

『よっし、撃てェ!』

 雷鳴もかくやの号砲が大砲を中心にして球状に拡散していく。撃ちだされた砲弾が計算されつくした放物線を描き、一直線に飛ぶ。狙い過たず砲弾は跳ね橋を支えていた箇所に命中した。支えを失った跳ね橋が重力に引かれて落下する。

 敵兵たちが混乱しているところへ、続けてパニックの元を叩き込む。

「ムト君、今!」

 同時、私は物陰から飛び出した。目指すは南の監視塔の渡り廊下だ。

『了解!』

 南の監視塔が揺れる。一拍置いて煙が噴出し始める。塔にある小さな窓から煙がモクモクとあふれるさまは、燻製を作っている箱のようだ。

 渡り廊下にたどり着いた私は、たどり着いたついでに何人かを蹴り飛ばして堀に落とし、煙の中へと突入する。

 ムトに出した指示は、爆発で空いた場所からフームスを使い、煙幕で一階を充満させることだ。狭い通路であればフームス一つでもなんとか充満させられると考えたが、予想以上の効果を発揮したようだ。

 アレーナを駆使して通路でせき込む敵兵の頭を踏み、自分の位置を把握しながら前に進む。天井付近はまだ煙が薄い。口元を覆いながら進むと、苦しむ敵兵が多い場所に到着した。敵兵のいるところ、すなわちムトたちがいる場所だ。煙の中へと落下すると、かすかに焦げ臭いにおいが漂っている。足が整えられた石畳以外のごろっとした欠片を踏みつけた。どうやらここが備品倉庫で間違いないようだ。

「ムト君! セイーゾさん!」

「団長!」

 白い靄が揺らぐ。物陰に隠れていたムトが瀕死のセイーゾを背負って現れる。

「閃光手りゅう弾を!」

「はい!」

 彼から閃光手りゅう弾を預かってすぐさま来た道を戻る。安全ピンを外し、小窓付近に仕掛ける。

「いたぞ、捕らえろ!」

 廊下の煙が晴れてきた。視界が回復した敵兵が動き始める。そんな彼らの目を、今度は閃光手りゅう弾の強烈な光が襲う。

『いっつも時間ギリギリなんだから! 確認したわアカリ! 撃つわよ!』

「お願いします!」

 叫び、ムトたちとともに部屋の奥へ逃げる。再びの轟音。弾丸は監視塔の壁を崩落させた。外からの風で煙が一気に流れていく。

『こっちはもう限界! 先に水門に向かうわ! 遅れたら置いてくからね! 絶対来なさい!』

「了解です! 後で合流します!」

 壁に空いた穴から顔を出すと、十数メートル先に跳ね橋の根元があった。この距離ならアレーナを伸ばせば届く。

「行くわよ! しっかり掴まってて!」

 ムトとセイーゾを抱え、アレーナを橋に伸ばす。掴み、アレーナを縮めながら飛ぶ。わざと着水して落下の衝撃を水に逃す。溺れる前にアレーナをさらに縮めて、水面をすべるようにして橋に到達する。ムトを先に上がらせて、下からセイーゾを抱え上げる。

「セイーゾさん、しっかり!」

 声かけに、指がかすかに動いて反応する。ムトが彼の体を持ち上げ、橋に引きずり上げた。

「団長も早く!」

「ええ! 先に走って!」

 橋に上がり、ムトの後を追う。目指す先は城壁。城壁の上は通路になっている。そこを通って水門まで走る。水門さえ越えてしまえば、船が足止めを食らうことがないからだ。橋は砲弾で少し先端が失われていたが、あの距離なら問題ない。

 鬨の声が上がる。振り返ると、城の入り口からわらわらと敵兵が出てきた。船がいなくなったことで安全だと確信したようだ。クソ、後は城壁を上がるだけだってのに。案の定、矢が放たれる。アレーナで防ぐが、どうする。盾にしたままアレーナを別の形状に変化させることはできない。その間も敵兵はこちらに詰め寄ってくる。

 万事休すか。

 突然ぐいと肩を引かれ、無様に尻もちをついてしまった。何が起こったかわからない。入れ替わるようにして影が私の前に出た。そのまま敵に向かって走っていく。

「駄目だ、セイーゾさん!」

 ムトが叫んでいる。セイーゾ? 影の正体はセイーゾだ。彼の右手には、爆弾があった。何をしようとしているのか理解し、すぐさま起き上がって後を追おうとした。

 起き上がった私が見たのは、体を貫かれたセイーゾだった。何本もの槍や矢に体を貫かれながら、彼は倒れなかった。その異様に、敵兵がたじろいで進軍を止める。

 肩越しにセイーゾが振り向く。鼻、口から血を溢れさせながらも、彼は唇を吊り上げて、小さく口を動かした。

 ―じゃあな

 爆発が、彼と敵兵たちを飲み込んだ。衝撃が橋を落とす。

「くそ、くそ! セイーゾさんの馬鹿野郎! もう少しで助かったのに!」

 歯が欠ける程食いしばり、私は隣にいたムトを抱えて城壁の上までアレーナで体を引っ張り上げる。ショックを受けている場合じゃない。また背負ってしまったのだ。

「生き残るわよ! 絶対!」

「はい!」

 涙を拭いてムトが応えた。

 城壁の通路をひた走る。水門はもう間もなくだ。

 船も見えた。船に乗るプラエたちの姿も見えた。こちらに向かって早く来いと手を振り、声を上げている。

 後五十メートル。四十。三十。二十・・・

 突如、黒い壁が目の前に現れた。城壁通路の端から端まで隙間なく埋めるのはカリュプスの重歩兵が持つ巨大な盾だ。急ブレーキをかけ立ち止まり、別の道を探ろうと振り返れば、来た道からも敵兵が迫っていた。

「ここまで来たのに」

 悔しそうにムトが呟く。私たちを包囲し、敵陣がゆっくりとその輪を狭める。どこかにつけ入る隙が無いか探るも、どいつもこいつもたった二人に対して異常なまでに油断なく、一挙手一投足見逃すまいと目をギラギラさせて警戒している。先ほどのセイーゾの爆発がより警戒度を上げることになったのだろう。アレーナを伸ばそうとしたら、すぐさま反応して封じ込めに来るだろう。すでにこの魔道具がどういう物か、奴らも理解している。どうにかして隙を作らないと。

「団長」

 背中合わせのムトが、私に小声で語り掛ける。

「僕が隙を作ります。その間に、団長はアレーナで船まで飛んでください」

 彼も同じようなことを考えていたようだ。小太刀を構えて敵兵をけん制している。

「馬鹿言わないで。死ぬ気?」

「団長のためなら、本望です」

「さっきまで泣いてたくせに」

「な、泣いてないです!」

 こんな時だというのに、彼の反応に少し笑ってしまった。笑ったことでリラックスできたからだろうか。頭が冴えてきた。頭が、多くの団員を生き延びさせる方へとシフトする。これ以上、犠牲は出させない。それだけに特化した答えを出す。

 頭が導き出したのは単純な二択だ。私と彼、どちらが逃げた方が良いのか。どちらが捕らえられた方が良いのか。

 結論はすぐに出た。だが、それをしようとすれば敵以上に厄介になる味方が一人。それも、すぐに解決出来る。加えて相手の隙もつける。一石二鳥だ。いや三鳥か。ん、いや、もしかしたら彼にとってはマイナス一鳥かもしれないが、その時は許してもらおう。

「ムト君」

「はい、なん」

 彼が返事するよりも早く、私は彼の体を私の方へ向けて、両頬に手を添えた。少し引っ張り、私の顔の方へと近づける。驚いて大きく見開かれた彼の目が私の顔を映す。

 おそらくこれが、最初で最後のキスだ。

 予想通り敵も想定外の事態に固まった。顔を離して右腕を下ろし、アレーナを彼の腹に当て、腰を落とした。

「な、あっ」

「ごめんね」

 顔を赤らめて驚く彼に一言謝り、アレーナに魔力を集中させる。一気に伸びたアレーナとムトの体が敵兵の頭上を超えた。方向はばっちりだ。水門付近に水柱を立ててムトが落下した。流れに流されて待機していた船を追い越していく。

「プラエさん、ムト君を回収して逃げて」

『アカリ、あなた!』

「団長の私が掴まれば、ほかの団員は逃げやすくなります。相手は罪を着せる都合のいい象徴が欲しいのですから」

 自分が生け贄に最適だ。ファースも国を立て直す方を優先するから、無駄な労力は使わないだろう。

『ふざけんな! 私たちが何のためにここに来たと思ってんの! あなたを助けるために皆必死こいて来たのよ!』

「すみません。でも、これでいいんです。これが最適解です。復讐に取りつかれた愚かな女の末路に、付き合う必要はないんです」

 すう、と息を吸って、告げる。

「本日をもって、アスカロンは解散します」

 しばらく押し黙ったプラエだが、敵兵が船に乗り込もうとしているのをみて、言葉にならない癇癪をまき散らしながら船を発進させた。船が彼女の怒りを燃料に全速力で進んでいく。途中、川に浮いていたムトを回収しているのを見て、ほっと胸を撫でおろす。

 周囲を敵に囲まれ、組み伏せられ拘束ながら、私の目が見たのは瑠璃色の空の下進んでいく一層の船だった。まもなく、朝が来る。長い夜が明けようとしていた。

「甘酸っぱくは、なかったわね」

 唇の感触を思い返しながら苦笑する。ぷつん、と、そこで私の意識は途絶えた。

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