第250話 遠くに見える光明
堀の中に突貫してきたプラエの船に向かってテーバたちが流れていく。水門が破壊されたことで水が大量に流されていくためだ。水に流されないよう船体をその場で維持しながら、流されてくるテーバたちに向かって船からロープが投げ込まれる。ロープにつかまった彼らを、船内にいるジュールたちが引っ張り上げていた。
私を狙っていた矢が、今度は船や水面のテーバたちに向かって射かけられる。プラエは船を動かし、テーバたちの盾になるように前に出た。側面に矢が突き立つ。鉄板でも仕込んでいるのか弾かれた矢が水面に落ちていく。
船首にある大砲の向きがゆっくりと変わる。かすかに見えるのは少し禿げ上がったボブとタオルが巻かれたゲオーロの頭だ。力いっぱい何かを回すような動きをしている。まさか、ハンドル式の砲台まで作っていたのか。以前手に入れた歯車の応用と私のおぼろげな戦艦大和の話から作ったというのか。彼女たちの探求心と技術力の高さに感服する。
大砲が矢の射手の方を向くと、腹の底に響く重低音とともに砲弾が飛び出す。悲鳴と瓦礫が飛び散り、監視塔に穴が開く。敵も怯み、第二射を警戒しているのか大人しくなった。
『こんな脅し、長くは続かないわ。急ぎだったから大砲の弾だって後二発しかない。こっちの手の内がばれる前に何とかしなさい』
プラエからの通信が切れる。その通りだ。敵が警戒して動けない今が好機。テーバたちのことは任せて、私にできることをしなければ。
「ムト君、今どこ?」
身を隠し、通信機に向かって問いかける。私を除き、唯一の生き残りになってしまった彼らを救出する。しばらく待ったが、応答がない。
受話器に耳を近づけ、些細な音も逃さないよう注意する。かすかに息遣いが聞こえるという事は、最悪の状況である死は免れている、と信じ込む。
「死ねぇ!」
気配を殺して近づいてきた敵兵が、物陰に隠れていた私に飛び掛かってきた。振り下ろされた剣を躱した。剣先が地面を穿つ。剣を上から踏みつけ再び振り上げられないようにして、アレーナで相手の頭を掴む。
「うるさい」
集中できないだろうが。怒りに任せて壁に向かって叩きつける。敵兵の体から力が抜けるのを確認。地面に斜めに突き立ったままの剣の柄を蹴り上げる。浮き上がった剣を逆手で掴み、背後から迫っていたもう一人へ突き刺す。崩れ落ちた敵を蹴倒し、取り囲もうとした敵陣に穴をあけて突破する。敵は倒したが、更に追手が来る。この場に留まり続けるのは危険だ。移動しながら話を続ける。アレーナを伸ばし、東の監視塔の壁に張り付いて追手を一時やり過ごす。行き過ぎたのを見計らい、壁をよじ登り、崩落した監視塔の隙間に隠れる。
「今どこにいますか?」
ムトたちが囮を引き受けたのは城の一階だが、それから敵を引き付けるため、またファースたちから逃げるためにあちこち動き回ったはずだ。
『団長』
ようやく返事があった。
「無事ですか? 今からそちらに向かいます。場所を」
『逃げてください』
私の言葉を断って、ムトが言った。
『僕たちは、もうダメです。逃げきれません』
「何言ってるの! そこから堀の方見えない? プラエさんが来たの。助けが来たのよ! あそこまで逃げれば」
『プラエさんが来たのは通信機越しにもわかっています。でも、すみません。そこまで行けそうにありません。団長だけでも、先に逃げてください』
「弱気にならないで! 今どこ!?」
反応はない。何度呼びかけても、答えてくれない。再び耳を澄ます。無音が続くと思われたが、かすかに何かが聞こえる。これは、鼻をすする音か。
泣いているのだ。死が迫る恐怖が迫っているのだから当たり前だ。彼はまだ十八だ。私たち以上に死ぬのが怖いに決まっている。それでも恐怖を抑え込んで、声を押し殺して。少しでも声を漏らせば私が向かうことがわかっているから。
バン、ともガン、とも聞こえる小さな音が通信機から離れたところで発生した。扉が破られようとしているのか。ムトたちは、どこかに籠城したのか?
階下が騒がしい。目をやると、敵兵たち慌ただしく動き回っているのが窓から漏れ出る光と影で分かった。方角は、南の監視塔か。
再び通信機に耳を当てる。さっき聞こえていた音が大きくなっている気がする。比例して、そばにいる者の震える息遣いも大きくなっている。
「南の監視塔ね?」
『・・・違います』
嘘が下手な団員だ。はあ、とため息をついて尋ねる。
「ムト君。傭兵の原則は?」
『どうでもいいじゃないですか! さっさと』
「答えなさい」
有無を言わさぬ口調で問い詰める。
『・・・名誉の死より、明日の生』
「よくできました。泣きべそかきながら名誉の死なんて締まらないでしょう。最後まであがきなさい。これは命令よ」
私を守って死んだモンドたちへの感謝と自分の後悔と戒めを込めて。生きなければならない。彼らとの最後の約束を守り切る。生き残った団員全員に守らせる。
「南の監視塔に行きます。場所は?」
『一階の備品倉庫に籠城しています。ですが、まもなく破られます』
「手持ちの武器は」
『僕の小太刀と爆弾二つ、閃光手りゅう弾と煙幕を出すフームスが一つずつです』
少し思案する。彼らの場所である南の監視塔と西の監視塔の間には、城に通じる橋が架かっている。跳ね橋と呼ばれる仕掛けで、城壁側からロープが巻きあげられることで橋が上げられている。そのロープを切れば橋が下りる。
「出入り口に爆弾をセットしなさい。こちらからの合図で爆破して。後は・・・」
ムトに作戦を伝え終えた後、通信を切り替え、プラエにつなぐ。
「プラエさん。聞いてました? これから脱出プランを」
『その前に、二つ報告』
「どうしました?」
『テーバたちは全員回収したわ。死にかけてるのが何人かいるけど無事よ』
「よかった。二つ目は?」
彼らが無事なのは何よりだが、もう一つが気になる。彼女が脱出の話を遮ってまでする話が重要でないはずがない。
『堀の水深が浅くなってきた。想像以上に早く水門から水が抜けているせいね。水門は破壊したけど、まだ水中に堰き止めていた門は残っている。それ以下の水深になると当然船では通れない』
「かなりまずい状況ですね。リミットは?」
『確実なのは五分。ティゲルに水門の大きさと流れ出る水や堀の水深から推測させて出した答えよ。誤差はあると思うけど。また、この船の速さだと、距離的に残り一分で水門方向に向かわないと間に合わない』
「わかりました。それまでに必ず逃げ切ります。その私たちの脱出のために、貴重な大砲を撃ち込んでください」
『了解。どこに?』
「城と城門を繋ぐ跳ね橋を支えている部分です」
『橋を架けるのね? 大丈夫? 流石に橋だけを外して、なんて芸当はできないわよ。先端部分は吹っ飛ぶと思うけど』
「少しくらいなら大丈夫です。では、撤退するタイミングを知らせてください。あと脱出のためにもう一か所、撃ち込んでほしいところがあります」
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