第249話 最悪の中で最高と声高に叫ぶ
遮るものがないというのは、建物としては危険で欠陥だが、逃走するには適している。テーバたちが浮かぶ水面方向へ走る。
「逃がすな! 殺しても構わん!」
背後でファースの命令が飛ぶ。応じた部下たちの殺意と攻撃が飛んでくる。室内用に改良された小型のボウガンの矢が頬を掠めた。
「おおおおおっ!」
第二射を射られる前に虚空に向かって飛ぶ。わずかな上昇から、すぐさま斜め下方向へ体が引っ張られていく。私の頭上を手斧が回転しながら飛んでいった。
右前方にある渡り廊下の屋根に向かって、右腕のアレーナを伸ばす。ふちにひっかけ、勢いそのままにブランコの要領で体を振る。斜め下から、斜め上へ飛ぶ。東の塔が近づく。再びの落下シークエンスから、東の塔二階の窓枠をアレーナで掴み、速度を殺しながら水際へ向かう。テーバたちも落下してくる私に気づいたらしく、こちらに向かって泳いでくる。
「テーバさん、無事ですか!?」
「なんとかな!」
彼らと私との間は二十メートル程。もう少しこちらに近づけばアレーナが届く距離だ。彼らもそれがわかっているから、こっちに向かって力を振り絞り泳いでいる。
「弾も尽きて、流石に終わった、と思ってな! 自棄になって手持ちの爆薬全部をサソリ野郎の群れに投げ込んだら、一回目の爆発でサソリが真上に吹っ飛び、二発目の爆発が吹っ飛んだ先で起きてよ! 古い通路だからか簡単にひびが入って、そっからは敵も味方もお構いなし、全部を飲み込む水の奔流に巻き込まれちまった!」
そんなピタゴラスイッチみたいな話あるのだろうか。いや、今は奇跡だろうが何だろうがどうでもいい。
「説明は後でいいですから、早くこっちに!」
「了解だ。野郎ども、もう少し踏ん張れ!」
水しぶきを立てながら、生き残ってくれたアスカロン団員たちがこちらに向かってくる。彼らが到達する前に、脱出方法を探さなければならない。まずは。
「ムト君、聞こえる!?」
『はい!』
反応がすぐにあった。
「東の監視塔まで来られる?! テーバさんたちと合流し、ここから脱出します!」
『了解、すぐ向かいます!』
とは言ったものの、脱出する方法なんかあるのか? 周囲を堀で囲まれた城では、城下町に繋がる道が限られている。侵入するのも困難なら、脱出するのも困難だ。また、すでにそのルートは封鎖されているのは間違いない。
「一体、どうしたら」
不安な顔など見せたくはないが、どうしても表情が曇る。堀の幅は場所にもよるが三十から三十五メートルほど、最も狭い場所はおそらく兵士が待ち構えているだろう。ならば水の中を行くか? 手元には最初に使った酸素ボンベ代わりの魔道具が残っている。残量がどれほどかはわからないが、五分位は残っているだろう。それだけもってくれれば水の中でもかなりの距離が移動できる。
「いや、駄目だ」
そもそも水の流れの行きつく先は私たちが侵入した水門ただ一つ。そんなことはファースも当然承知しているし、何よりその水門は閉じられている。開くには水門を操作するために小屋に侵入せねばならない。その手間をかけている間に追いつかれる。
逃げ場がない。
認めたくない。認めたくないが、頭のどこか、冷静な部分が告げている。諦念が広がる。何とか払いのけようと必死で頭を回転させるも、焦りのせいで空転気味だ。考えがまとまらない。
そんな私に考える猶予をくれるほど、この世界もカリュプスも甘くなかった。
ガカッ、と足元周辺に矢が数本突き立つ。振り返れば、こちらに狙いを定めた射手が数名いた。第二射が放たれる。アレーナを盾に変形させて広げ、身構える。
「づっ、つぅっ!?」
激しい雨が傘を打つような音と、雨どころか滝の様な衝撃が盾を支える右手と肩をしびれさせる。放たれた矢は盾に当り、ほとんどは弾かれたが一、二本が突き刺さっていた。
「嘘でしょ?!」
アレーナの硬度は高く、過去にドラゴン種の牙や爪も防ぎきっている。いくら私が消耗しているからと言って、ただの矢が突き破れるものなのか。
「ただの矢じゃない」
おそらくは、矢か弓、どちらかが魔道具だ。風の力を借りて飛距離を伸ばす魔道具もボウガン型だった。あれに近いものだろう。
武器の魔道具は例外を除き、出回っている物のほとんどが近接戦使用だ。理屈は簡単。魔道具は魔力を流し続けなければその真価を発揮することができない。矢や銃弾のように使用者から離れてしまえば、込められた魔力も徐々に消費してしまう。故に、魔道具を武器に転用する人間は常に人の手から離れない物か、爆発など即効果が発動するものだ。
とはいえ、無いわけではない。ただかなり希少、かつ高額な物ばかりだ。それを一般の兵士が持たされているという事実が、カリュプスの強さを悟らせる。
あんなもの、何発も防ぎきれない。もう一射、二射放たれたら、今度は盾を貫き私に到達する。それだけじゃない。雨のように矢を降らせられたら、テーバたちが岸に辿り着けない。彼らが辿りつけなければ協力も出来ず、最終手段の強行突破もままならない。
どうする、今からでも方向転換してもらうか? いや、そこまで彼らの体力が持つかどうかわからない。そもそも、どこから脱出する気だ。堀を泳ぎ切っても、その外周は壁で囲われている。壁の上には見張りの兵がいるのだ。登る間に殺される。
「どうすれば・・・」
『はっ、泣き言?』
私の独り言に、通信機が返事した。わかっている。通信機自体が返事をするわけじゃない。返事をしたのは、通信機の向こう側にいる人物だ。
『ふん、結局自分ではどうにも出来なくなってるじゃないの。だから最初に言ったでしょう。馬鹿な真似は止めなさいって』
通信機はまくしたてる。
『なのにあなたは強行した。で? その結果が今の状況? まあ、今着いたばかりだから何もわかってないけど、あなたのその情けない声を聴いたら大体わかったわ。最悪の事態になってるようね。はぁ。まったく。本当に、世話を焼かせる妹分だこと!』
何かが遠くから聞こえる。唸り声の様な、しかし常に一定の音量の何かが木霊する。
『いいわ。あなたのケツ、私が拭いてあげる。その代わり、これからは私の研究に一切文句を挟まず、聞かれたことにはしっかり答え、金を惜しみなく出しなさい。あと、喋る前と後に必ず私のことを讃えて様呼びし、最高とつけなさい』
彼女の研究に文句をつけたことも、質問に答えなかったことも、金を出し惜しみしたことも無いのだが、私は「約束します」と通信機に向かって答えた。
「だから、皆を助けてください! プラエさん!」
同時、盛大な爆発音と共に水門が吹き飛んだ。もうもうと舞い上がる粉じんの中を、何かが突っきってくる。
鋭角的ですっきりとしたデザインが松明によって映し出される。それは、一艘の船だ。しかし、リムスに存在するどの船とも異なる。
まず帆がない。オールもない。代わりに巨大な水車みたいなものが二つずつ両端に引っ付いている。その水車が回転するたびに船が前進している。唸り声の正体は、その水車を回すエンジンだったのだ。船首には細く煙を吐き出す巨大な筒状の物、大砲がある。まだ改良を続けていたのか。あれが、水門を破壊したのだ。
その船の一番高い場所、おそらく運転席にいた彼女がこちらを見ながら、きっと不敵に笑った。
『プラエ様最高、でしょ?』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます