第248話 罪の重ね着

「貴様には感謝しているよ。アスカロン団長」

 押さえつけられた私の後頭部にファースの言葉が落ちてくる。

「最初は貴様たちを参加させるつもりはなかったのだ。すでに実行可能な状況で、余計な人員を増やしたらそこから破綻するのではないか、という不安があった。特にお前たちの様な力のある団に下手に動かれれば、こちらの狙いに気づかれるのではないか、とな。だが、イディオの後押しを無理に却下するわけにもいかなかった。貴様らを警戒するあまり、最も怪しまれてはならない相手に怪しまれるわけにはいかなかったからな」

 心配は杞憂に終わったがな、とファースは苦笑した。

「むしろ、俺がイディオたちから怪しまれないよう苦心するはずだった場所を、お前たちのおかげで難なく切り抜けられたのだからな。地下通路を率先して切り抜け、何よりあの爆発でも死ななかったドゥクスを討ってくれた。これで後の処理も都合良くできる」

 この後の処理という言葉に嫌な予感しかしない。

「何故私たちを裏切る必要がある」

「ん?」

「あなたの目的は王座でしょう? それなら通常通りクーデターを成功させるだけで充分では?」

「ああ、そうだな。王になるだけならここまで凝らなくてもよかったんだが、こればっかりは本物のハーミットとイディオを恨んでくれ」

「どういう意味?」

「奴らは少々焦り過ぎたのさ」

 はあ、とファースはため息をついた。

「俺としては、反乱はもう少し後にする予定だったのだ。だが、辺境の事しか頭にないイディオたちは、そこだけを見て反乱を急がなければと考えた。奴らは気づいていたのか、もしくは気づいていないふりをしていたのかわからないし、前王を恨んでいた貴様には絶対に理解できないだろうが、前王ドゥクスは、多くの愚かな民衆にとっては偉大で優れた王だった」

「優れた王?」

 状況も忘れて思わず鼻で笑ってしまった。優れた王であるなら、反乱の火種など作らないだろうに。

「貴様は笑うが、事実そうなのだ。確かに今回の様な反乱が起きた原因は増税であったり、軍備の削減、縮小など辺境軍に対する仕打ちが起因となっている。だが考えてもみろ。これまでこの国で平穏に暮らせていたのは、曲がりなりにもドゥクスの手腕のおかげなのだ。増税はされた。しかし他国から見ればカリュプスの税は低い方だ。なぜなら、大きな商会が国内には多数存在し、それらが多額の税金を支払うことで民衆の税率を下げていた。国は多額の税を収める代わりに商会を国を挙げて保護している。新たな店舗のために土地や建築費、建築材料、大工を融通したり、運搬のための護衛をつけたり、資金の融資を行ったりな。時には、ライバル商会に対する圧力をかける事だってある。奴は自分以外の全て、いや、自分さえも国家運営のための道具としか見ていなかったが、だからこそ優秀な道具は大事に扱っていた。そして、そのことは民衆も一定の理解を示している。つまりは、人気があったのだ」

 私の中でまったく結びつかない言葉だった。しかし、王を最も間近で見てきた人間が言う事には説得力があった。

「全く人気がなくなり、反感しか生まないようになってからであれば、俺もただの反乱で終わらせることに何ら異存はなかった。しかしな、下手に人気がある状態でドゥクスを殺せば、余計な反発を生む。スムーズな王位簒奪が出来ないのだ」

 だから俺は次の手を考えた。そう言ってファースは私の髪の毛を掴み、顔を無理やり持ち上げた。ぶちぶちと断続的に、嫌な音が痛みと共に生まれる。苦悶にゆがむ私の顔を楽しそうに眺めながらファースは続ける。

「ようは、怒りや反発が向く先を、俺ではない別の何かに向けられれば良い」

「私たちを生け贄にするつもり?」

 痛みをこらえながら睨み返す私を、ファースは笑った。

「光栄に思えよ。新カリュプスの礎になれるのだから。貴様たちには前王暗殺に加え、反乱に加担した罪、ついでに前王が増税した理由になってもらおう」

「身に覚えのない原因にされるのは業腹だわ」

「そこはちょっと作り話を盛り込ませてもらう。王が希少品を集め出したのは、貴様に入れ込んでいたせいだ、とな。どうせ死罪は免れん。着れるだけ汚名を着て死んでくれ」

「着ぶくれで圧死しそう。笑えない冗談ね」

「噂の傭兵団アスカロン、その団長である龍殺しアカリは、実は王の愛妾だった。王が希少品を集めていたのは、外交以上に貴様に貢ぐため。貴様はその希少品から龍を討つための魔道具を作っていた、ということにしよう。ついでに、その魔道具で王の心を惑わせ、操っていた、とすればどうだ。王家に対する怒りは一気に沈静化する」

「ついでが多いわね。そんな穴だらけの即興芝居、上手く行くもの?」

「貴様が心配することではない」

 ファースが私の髪から手を放し、部下たちに顎で指示した。両脇を固められたまま私は引っ立てられる。

 ゴゴン、と足元が揺れたのはそんな時だ。

「何だ?!」

 ファースがたたらを踏んだ。奴が両手を使ってバランスを取ったのに対し、私の腕を掴んでいた連中は両手を塞がれているためバランスを崩した。ふらついた隙を見逃さず、部下を振り払い、距離を取る。

 足元が揺れたが、地震ではない。視線を階下に向ける。薄闇の中、残った四つの監視塔から漏れる松明が周囲を照らす。

「あれはっ!」

 城を囲む掘の水面が荒れている。急激な水の流れが生まれているのだ。水門は侵入時に閉め、そのままのはず。水門以外に水が流れ出る場所などなかったのに。視線を巡らせ原因を探る。原因の中心は堀の東側。そこに渦が生まれていた。水は渦に向かって流れ込んでいる。心なしか、周囲の水位も下がってきている。

「何が起きている!」

 あまりの異変にファースが叫んだ。その間も水位は下がり、水は渦へ向かって流れて、徐々に穏やかになってきた。荒々しく波を断たせていた渦も収まっていく。体何が・・・

「ファース様、あれを!」

 部下の一人が指差した方向を、私も見ていた。渦があった辺りに、黒い影が浮かんでいる。その影は次々と増えていく。

「テーバさん!」

 正体がわかった時、思わず叫んだ。地下通路で私たちを行かせるために囮になったテーバたちだ。遠くでよくわからないが、顔を水面から出して水をかく程度には無事なようだ。

 そうか、地下通路の天井が崩れたのか! 昔見た映画のように、水が大量に流れ込み、そのまま上に押し流されたのか!

 生きていてくれたのか。

 ほっとするのもつかの間、視線をファースたちに戻す。奴らも私に再び視線を向けていた。同時に駆けだす。私は彼らを救出するために、奴らは私ともども捕らえ、全ての責任を押し付けて殺すために。

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