第247話 正当なる後継者

 どれほどの間、その場所で佇んでいたのだろうか。涙も声も枯れ果て、呆然としたままモンドの亡骸を眺めていた私の耳が、乾いた音を拾った。

 拍手の音だった。その音は、ゆっくりと移動している。顔を上げれば、音源がそこにいた。

「お見事。ご苦労だった」

 ハーミットだった。彼は拍手しながら私の前を通り過ぎ、首のない死体に近寄ってその場に跪く。一応は自分たちの王であったものに敬意を表している、わけではなさそうだ。その証拠に、死体からマントを剝いでいく。ゆっくりと、丁寧に、愛おしそうに。

「『俺』の計算では、メリトゥムの爆発で消し飛ぶはずだったんだが、流石は代々カリュプス王を守ってきた魔道具。プルウィクスの秘宝すら防ぎ切ったか。しかし、さしもの魔道具もその衝撃で弱体化し、次の一撃は防げなかった、という事か」

 埃を払い、マントを羽織った。

「ふん、なかなか馴染むじゃないか。『俺』のためにしつらえたみたいだ。いや、みたい、ではないな。『俺』のためのマント、王たるものの象徴だ」

 後でちゃんと修復してやらないとな。そう言ってハーミットはマントを撫でている。

「あなた、一体何を言って・・・?」

 彼の行動を訝しんでいると、通信機から応答があった。

『団長、団長! 応答してください、団長!』

 押し殺した声の主はムトだった。悦に入ってるハーミットから隠れるようにして、こっそりと通信機を繋ぐ。

「どうしました」

『良かった、無事ですか!?』

「ええ、ですが・・・」

 自分と一緒にいたモンドたちが、そう続けようとしたが、ムトに遮られた。

『逃げてください!』

「え?」

『そこに、ハーミットたちはいませんか?!』

「え、い、いる、けど」

『すぐに逃げてください!』

 まずい、頭が回ってない。彼の声から、かなりの緊急度だという事がわかる。考えるより先に体を動かさなければならないレベルだ。だが、心と体が乖離しているのか、先ほどのウェントゥスの一撃で全ての力を使い果たしたのか、思考は鈍く、体が動いてくれない。間抜けにも「どうして」などと意味もない質問をしてしまう。

『やつが、ハーミットが裏切りました!』

「なっ」

 驚愕を無理やりねじ伏せる。

『先ほど大きな爆発があった後、突然背後から襲撃を受けました! 身を潜めていたカリュプス兵です。僕たちや、ほかの傭兵団は壊滅!』

 ゆっくりと、視線だけをハーミットに向ける。奴は、楽し気にこちらを見ていた。

『ですがハーミットの部隊だけ攻撃されず、どころか一緒になって僕たちを攻撃してきました! 不意を突かれたのもあって持ちこたえられず、僕らは城内を隠れながら敗走しています!』

『ム、ト・・・俺のことは、捨てて、早く団長のもとへ』

 遠くで息苦しそうな声がした。この声はセイーゾか。

『馬鹿な事言わないでください! 絶対見捨てませんから!』

 くそ、くそっ、とムトの悔しそうな声が聞こえる。

『セイーゾさんは、僕を庇って重傷。他の、皆は・・・』

 声を詰まらせながら、ムトはそれでもこらえて連絡を続ける。

『すぐに、そちらに合流します。どうかそれまで無事でいてください!』

「楽しそうな話をしているな」

 ハーミットが笑った。とっさにウェントゥスを構え

「ぐっ」

 持っていた手が痺れる。横から奴の部下がウェントゥスを払ったのだ。ウェントゥスが手からこぼれて転がっていく。痺れた腕を取られ、関節を極められて動きを封じられる。

「不敬であるぞ。たかが傭兵風情が、カリュプスの王に向かって剣をむけるなど」

「王、だと」

「そうとも」

 こいつは、ハーミットは最初からこれを狙っていたのか? 王族を殺害し、自分がこの国の王に成り上がるためのクーデターだったのか?

 いや、そんなこと不可能だ。多くの貴族が死んだとはいえ、まだカリュプス領内には有力貴族が多く残っている。それを押しのけ、納得させずに玉座を得ることなどできない。むしろ、いまならボロボロになった王都よりも辺境の方が力を持っている。戦って従わせることも難しいだろう。

 また、それだとここまでの話のつじつまが合わない。ハーミットがどれほど弁の立つ男であろうと、本当の王族であるイディオにメリトゥムを用いらせ自爆させることは不可能だ。イディオに王になるつもりはなくとも、周りが黙っていない。王族に自爆特攻をさせるなど言語道断と代わりの人間が使ったはずだ。以前のプルウィクス王女の話から類推するに、メリトゥムには王族しか使えない、という制限はないはず。ハーミットが自分の地位を上げるには、イディオに玉座についてもらうのが一番のはず。

 しかし、イディオは躊躇なく使った。周りの兵たちも、それを当然のように受け入れていた。なぜあんなことができる。カリュプスという国を守るためには、王を殺すだけが目的ではない。その後の事、統治する為の新たな王が必要だ。イディオもそれがわかっていたはず。それがわかっていて自爆を選べるとしたら、自分の代わりに王になれる人間、それも誰からも文句の出ない後継者がいる時だけ・・・

「まさか!」

 一人、いる。正当な後継者が。

 なんてことだ。本当に頭が鈍っていた。こんなことに気づかないなんて。それなら、これまで覚えた違和感の数々に説明がつく。

 水門管理小屋の作戦会議にイディオや彼の部下たちがいなかったのは、イディオたちに気づかれないためだ。なぜなら、そこに『いる』はずの人間を『いない』とこいつは言った。留学中だ、と。

 王城の下に多くの化け物が飼われていたのは私たちの侵入を防ぐため、だけではない。もし仮にカリュプス王に逃げられた時、そこにいる化け物たちにカリュプス王の足止めをさせるため、あわよくば化け物の餌にするためだ。どれほどあのマントが頑丈でも、中の王は普通の人間だ。スライムの消化液はわずかな隙間からも侵入する。あのマントの天敵と言ってもいい。もちろん、やつはあの笛を持っているから、いざという時はそれで切り抜けられたに違いない。

 城内に衛兵が少なかった理由や、カリュプス王にこちらの計画がばれていたのも、こいつが密告していたからに他ならない。そうしてイディオに最後の手段であるメリトゥムを使わせる状況を作るためだ。

 そのイディオの不可解な行動も、自分の代わりにカリュプスを頼める人間がいるとわかっているからこそ出来た。彼は結局、王族ではなく戦う人間、将軍として成長してしまった。将軍は国のために命を懸けなければならない、というような精神を持っていたかもしれない。それをうまく利用されたのだ。命を懸けて国を守る、という英雄的自己犠牲の美談に酔った。だからメリトゥムを用いることができた。

 全て、こいつの計画の内。

「ほう、やはり油断ならん女だ。『俺』の正体に気づいたのか」

「本物のハーミットは、どこ?」

「本物は、残念なことにもうこの世にはいない。腑抜けていたイディオを見出し、担ぎ、誰からも慕われる将軍にまで育て上げた忠義の男。今回の謀反も、ほとんどが奴の計画通りに進んだ。惜しい男を亡くしたよ。『俺』がメリトゥムを作戦に用いる、ということに勘づきさえしなければなァ」

 どろり、とハーミットの顔が崩れた。現れたのは、イディオに似た顔の男。しかし、憂いを帯びた表情のイディオに比べ、男が帯びているのは欲望と野心に満ちた狂喜の笑みだ。

「お前が、カリュプスの第三王子」

「第三? 王子? 違うな、傭兵」

 腕を払ってマントを翻し、そいつは言った。

「今この時より。俺がカリュプスの王。ファース・カリュプスだ」

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