第243話 リサイクル

「イディオ。何のつもりだ?」

 カリュプス王が自分の息子を睥睨する。その声音はいっそ穏やかで、息子を食事に誘っているみたいだった。その息子から突き付けられている剣や取り囲む傭兵たちなど視界に入っていないかのようだ。

「お前たちが要請した、周辺同盟国の内乱鎮圧のために軍を動かしてやったはずなのだが、その軍を指揮すべきお前が何故こんなところにいるんだ? 援軍が足りなかったか?」

 状況を理解しているはずなのに、なぜこんな余裕な態度を取っていられるのか。その虚勢を引き剥がしてやる。そう決意し、イディオは口を開いた。

「カリュプス王。我々がここに来たのは、この国をあるべき姿に戻すためだ」

 告げると、王ではなく周りの第一王子や王妃たち取り巻き連中が口々に騒ぎ立て、彼を糾弾し始める。

「イディオ、お前は何を言っているのか理解しているのか?!」

「王に向かって、何と不敬な!」

「国そのものであられる王に対して、何という暴言を!」

「極刑に値する!」

 対して、王は涼しい顔で右手を上げた。途端、騒いでいた連中が一斉に口を噤んだ。全員が黙ったのを見計らって、王が話を促す。

「あるべき姿だと? 王でもないお前に、国がどうあるべきかわかるというのか?」

「少なくとも、自分の私欲を満たすためだけに財を湯水のごとく使い、補填のために税をつり上げ民を苦しめるのは為政者として間違っている」

「わかっとらんな。軍事畑のお前は、戦争と言えば剣をもって敵を打ち倒し、領土を拡大するものだと思っているだろう。だが、戦い方は変わった。自分の国の豊かさ、文明の高さ、そういったものを相手に見せつけ、相手の心をへし折る戦いだ。私はその為の武器を集めているにすぎん。戦時中はもっと高い税を課したが、民は何も言わず、むしろ進んで国に奉仕していた。民は理解していたのだ。この戦いに勝てば、国は更に豊かになると。今も同じだ。剣とは違う別の武器を持って、他国と鍔迫り合いを続けている」

「国をさらに豊かにするために、と仰るのか」

「そうだ」

「そのために、民が飢え死んでも良いと?」

「この程度の課税で飢えるような貧弱な民は不要。国の礎となった誉れを抱き、土に還るがいい」

 ぎり、とイディオが強く奥歯を噛みしめた。

「王は、やはりご乱心なさっている。民あっての国、国あっての王。国家の基盤を支える民をないがしろにすれば、いずれ民の心は離れ、国は瓦解する。いや、すでに離れかけている。だから俺の様な存在が現れた」

「ふん、それでお前は手始めに私を討つというのか」

「誰かが責任を取らねばならない。国をおかしくした責任を。王の首は民を納得させる力と意味を持つ。あなたの最後の公務は、その首を民の前に晒すことだ」

「そうか」

 ふう、と王は大きくため息をついた。観念したのか、王の方が震えている。悔いているのか、泣いているのか。

 違う。笑っている。肩を振るわせて、おかしそうに笑っているのだ。

「何がおかしい!」

 イディオの怒りも、周囲を武装した敵に囲まれているのもお構いなしに王の哄笑は続く。

「いやなに。揃いも揃って、今日この場所に集まったのはこの国に不要な物ばかりだと思ったらおかしくてな」

「不要なのはお前だけだ!」

「そうか? 本当にそうか? イディオ。よく周りを見ろ。ここにいるのはどんな連中だ?」

 イディオは剣を王に向けたまま、視線を巡らせる。特におかしい部分は彼には見つけられない。パーティ会場に集まっているのは、王にすり寄るしか能のない二流三流の貴族たちだ。国家に奉仕し、死に物狂いで戦って地位を築いた先代から、何の苦労もなく家督を引き継いだ彼らは、自分の領土をほったらかしで毎日毎日遊び歩いている。国から見れば無駄に浪費ばかりする不要な連中だろう。

「イディオ。『リサイクル』という言葉を知っているか?」

 唐突に王が尋ねた。

「リサイクル?」

「ルシャたちの言葉だ。不要になったものを加工、再生して、再び利用する、といった意味の言葉だそうだ」

「それが何だという」

「今言ったように、この場には私にとって不要な物ばかりが集まっている。なので、再利用することにした」

 王がイディオから周囲の者たちへと視線を移した。

「皆の者。今日の料理は口にあっただろうか?」

 脈絡なく話が変わり、問われた周囲の貴族たちは王の問いに応えられずにいる。構わず王は続けた。

「今日口にした料理は、諸君らの人としての最後の晩餐となる」

 そして、王は懐から何かを取り出した。それは三角錐型の、角笛の様な代物だった。

「いけない!」

 突然の叫び声に、思わずイディオはそちらに視線を移した。イディオが雇った傭兵団の一つ、アスカロン団長アカリが王に向かって剣を向けていた。彼女の魔力が剣に注がれると、剣の切っ先が一瞬で伸びた。遠近両用の魔道具だ。先ほどもこの剣で二人の衛兵を同時に屠っていた。その刃は鎧ごと体を貫く強さと鋭さを持っていた。

 だが。

「甘いな」

 刃は王の胸で止まっていた。アカリが押し込もうと歯噛みしているが、刃は全く動かず、王の命に届かない。

「王が代々纏うこのマントは幾重もの防御機構が組み込まれている。その程度では表面に傷すらつけられんぞ。私を殺したければ、ドラゴンでも連れてくるがいい」

 しかし、と王は続けた。

「狙いは良かった。私がこれから何をしようとしているか貴様は勘づいたわけだ。傭兵にしておくには惜しい先見の明を持っているな。それとも、これを見たことがあるのか?」

「誰でもいい! 早く奴を、カリュプス王を討て!」

 のんびりとした王の問いかけに答えず、アカリは叫んだ。事態についていけず動けなかったイディオ、そして傭兵たちが時間を思い出したかのように動き出す。アカリ自身も刃を元に戻し、第二撃を放とうとしていた。

「残念だが、一手遅い」

 王が角笛を吹いた。

「お、おお、おげ」

「ぐ、ぎ、あ」

「ばばば、あばばば」

 突如、周囲の貴族たちが苦しみ始めた。

 戸惑いながら、イディオはそんな貴族たちの間を駆ける。剣を上段に振りかぶり、裂ぱくの気合と共に王めがけて剣を振り下ろす。マントが刃を防ぐというなら、マントのない部分を狙えばいい。それに、彼が持つ剣も王家に代々伝わる魔道具。ありとあらゆる盾を貫く鋭さを持つ。マントごと貫けばいい。

 突然、足を引っ張られた。王の目の前で無様にも床に叩きつけられる。もう少しで届くはずだった剣がその手から零れる。イディオは自分の足を引っ張った何かの正体を見定めようとして、固まった。

 彼の足首を掴んでいたのは貴族だった。正確には、貴族だったものだ。イディオの足を掴む貴族は、両足と片手を床につけている。腹を上に向けた四つん這い、いわゆるブリッジという姿勢だった。

「貴様、何を」

 イディオの言葉が途切れる。声をかけても無駄だと悟ったのだ。その貴族の目はすでに白く濁り、口からは泡を吹き、皮膚は真っ赤に変色して、もはや人とは呼べない姿をしていた。

「イディオ様!」

 部下が彼を助けようと、貴族の腕を切り落とす。ギャギャッとこれもひととは思えない叫び声を上げて貴族が残った三本の手足で跳躍した。

「大丈夫ですか?!」

「ああ、大丈夫だ」

 助け起こされながら周囲を見渡す。イディオを襲った貴族と同じように、他の貴族も変異し、傭兵たちに襲い掛かっていた。

「こいつは、一体・・・」

「壮観だろう?」

 楽し気に王が言った。

「そいつらが喰ったのは、ある化け物を特殊加工した物だ。それを口にすると、中に入っていた小さな化け物、たしか特殊な寄生虫、とか言ったか。本来は死者を操るらしいが、改良されたそれは生きた人の頭を支配して寄生虫の意のままに操るんだそうだ。そして、この笛はその寄生虫を操る音を出す」

 王の言葉に、イディオは背筋が凍った。目の前にいるのは、人間じゃない。悪魔だ。そう思った。

「不要な人を私に有用になるよう作り変える。これぞリサイクル、だ」

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