第242話 対峙

 銃砲の音が途絶えた。閉じた隠し扉がテーバたちがいる向こうと城内のこちら側を隔てたのだ。

 今私たちがいるのは王城を中心として東西南北にある監視塔の一つ、北側の塔一階の図書館だ。壁沿いに並べられた本棚の一つが隠し扉となっていて、スライドすることで通路が現れる仕組みになっている。王城内の図書館だけあってなかなかの広さを誇るが、本棚や模型など、何らかの展示品も並べられており広さの割に人が入れるスペースは狭い。面積の半分ほどだろうか。私たちが入ったことでそのスペースはほぼ埋まってしまっている。司書の様な者はいない。本棚に埃がうっすら積もっているところを見ると、図書館として頻繁に使用されているわけではないようだ。

 ゆっくりと視界が下がる。モンドが抱えていた私を降ろした。

「項垂れている暇はないぞ、団長」

「わかっています」

 差し出されたモンドの手を握ると、ぐいと引っ張り上げられた。私たちの作戦が早く終われば終わるほど、テーバたちの援護に向かうのが早まる。自分の役割を認識して、切り替えろ。彼らを助けるためにも、今はこの依頼を達成させるため、自分の意識全てを集中させる。

「ここからは時間勝負だ。皆の者、準備は良いか?」

 図書館の出入り口のドアに触れながら、ハーミットがこちらを見渡した。全員が頷く。

「何も心配はいらない。己が役割を果たせば必ず上手くいく」

 ハーミットがイディオの方を向く。イディオも頷き応える。

「行くぞ。目指すは王の首。各人の活躍を期待する」

 ドアが開け放たれた。

「え?」

 巡回だろうか、それとも監視塔の交代要員だろうか。カリュプス兵が通路に出た私たちの真ん前にいた。彼は何が起きたのかすらわからなかっただろう。その喉元にハーミットの剣の切っ先が突き刺さった。口から赤い泡がブクブクと溢れ、そのまま命を落とした。さした当人は死人に目もくれず蹴倒し、踏み越える。私たちも後に続く。するすると音を極力殺し、廊下を駆けていく。

 塔と城をつなぐ回廊の扉前に警備の兵が二人。どちらも退屈そうにあくびをかみ殺している。物陰から彼らの様子を伺っていたハーミットの肩を叩き、彼らを下がらせた。ウェントゥスを構え、照準を合わせる。他の警備兵の姿がない事を確認して剣先を伸ばす。切っ先は手前にいた一人の喉を横から貫き、もう一人のこめかみに達した。悲鳴もなく絶命した二人に素早くハーミットたちが駆け寄り、体を検めてカギを探り出した。回廊の扉が開く。ハーミットたちはそのまま進み、ドアをノックする。

「何だ? 交代の時間か?」

 警戒することなく、向こう側の警備兵が扉を開いた。次に彼らが見た光景は、頭上から迫る剣だった。袈裟斬りにされ、倒れたところにとどめのひと突きが心臓を抉る。もう一人は最初の一撃で頭を割られ、痙攣していた。

「きゃああああああああああっ!」

 悲鳴が廊下に響く。声のした方を見れば、メイドが一人口元に手を当てて腰を抜かしていた。彼女の声を聞きつけたか、遠くでドアの開き警備兵が慌ただしく床を蹴る靴音が近づいてくる。

「急ぐぞ」

 イディオが先頭に立ち駆け出す。誰かに発見されるのは時間の問題、想定内だ。むしろこうなればパニック状態に陥ってもらえた方が良い。面倒なのは、冷静さを取り戻し、こちらへの対処を始められることだ。

「では、王子。我々はここに残って暴れ、警備の眼を引き付けます」

「頼むぞハーミット」

 ハーミットが囮となり、王の周りから更に兵を引き剥がす。同時に、四つの監視塔からの増援を防ぐために回廊の扉に鍵をかけ、障害物を置いて妨害する任務がある。

「団長、じゃあ俺たちも」

 セイーゾ、ムトたちが同じく囮として残る。

「気を付けてくださいね」

 団員たちが頷く。先ほどの突発的に発生したテーバたちの囮とは違う。計画されていた囮だ。

「危険と判断したら、各自の判断で撤退してください」

「了解。そん時は地下のテーバたちと合流して一足先に脱出するぜ」

 本来は、その地下の通路が最も安全な撤退ルートだった。

「まあ、そんなことが無いようにそっちがきちっと依頼をこなしてくれよ。そうすりゃ何の心配も無くなるんだからな」

「ええ。もちろん」

「頼むぜ、団長」

 セイーゾの隣にいるムトに目をやる。どこか不安げに、自分の武器である小太刀を胸に抱えていた。

「ムト君? 大丈夫?」

「あ、はい。すみません。大丈夫です。こちらは任せてください」

「頼みましたよ」

 背後でモンドが私を呼んだ。

「イディオたちはもう行っちまった。俺たちも出発しよう」

「わかりました」

 踵を返し、イディオたちに続こうとする。

「団長!」

 ムトの声に少し驚いて振り返る。彼も少し驚いたような顔をしていた。思わず、といった感じで声をかけたようだった。

「ムト君?」

「え、と。その。気を付けてください。今こんなこと言うのはどうかと思うんですが、どうにも、ずっと嫌な予感がして」

 傭兵の予感や直観は意外と大事だ。これまで自分の積み重ねた経験、特に命の危険に関する経験から類似のパターンを無意識に照らし合わせ、一定量のパターンが積み重なると同じような危険な目に合う可能性が高い、と頭が判断していることが多い。感や勘という、通常では個人の意見として切って捨てられてしまうような言葉でしか説明できないのは、そういう考えに至った経緯をうまく言語化し説明できないためだ。彼の嫌な予感を、大丈夫と一言で済ませてはならない。

「わかった。気を付ける。・・・じゃ、また後で」

「はい。必ず、また後で」

 そう言って私たちは二手に分かれた。視線を前に移す時、不安そうな彼の顔がちらついて、残像のように引っかかっている。

 それを振り払うように、階段を蹴る足に力を込め、腕を振る。階下で怒声が響き、大勢の兵の足音がムトたちの去った方へと流れていく。

 パーティー会場のある階層に至ったとき、すでにイディオたちは警備の兵たちと切り結んでいた。私たちもすぐに加勢し、拮抗していた戦況を一気に傾ける。ドアの向こうから、剣戟を聞きつけた兵が押っ取り刀で現れたのをラーシーが腰だめに構えた剣で胸を一突きし、そのままドアに向かって突進する。バン、と大きな音を立ててドアが開かれ、ラーシーは殺した兵ごと会場に踏み込んだ。

 すぐさまイディオが後に続き、「動くな」と剣を突き付けながら怒鳴る。私たちも会場内に踏み込む。ドアからなだれ込み、全員が入ったところでドアを閉め、鍵を閉め、ついでにドアノブに鎖を巻き付けた。近くにあった料理の乗ったテーブルを移動させ、ノブの下にかませる。これで少しは保つだろう。ハンゼとゴアナが自分の団員たちを連れてパーティー客を押しのけて左右のドアに取り付き、同じようにドアを施錠している。

 会場内は騒然としていた。泣き叫ぶ貴族の婦人、「私を誰だと思っている」などとお決まりのセリフを吐く何某家の跡取り。その中にあって、泰然としている者が一人、他の人間よりも一段高いところでこちらを見下ろしている。最も豪勢な衣服や装飾品を身にまとって、この場で唯一王冠を戴く男。

 ドゥクス・カリュプス。

 この国の王。己が欲望のために小国を滅ぼした男。ガリオン、ラス、バーリ、ガリオン兵団の皆、そして上原が死ぬ要因を作った復讐の対象者。

 燃えている。あの日のラテルのように、炎が私の身の内を焦がす。さっきまでの不安も違和感も何もかもが、その炎によって燃やし尽くされていく。残されたのは、強い衝動。

「ようやく、会えたな」

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