第241話 命令は絶対

 丸太のような太い鋏が頭上を通過した。押し出された空気が髪の毛を逆立てる。ひるまず、そのままスコルピウスの真下へと潜り込む。距離を取ろうともがくが、テーバたち狙撃部隊が張り巡らせたカテナの綱が足や尾に引っかかり、動きを阻害された。狭い空間ではあまり仕掛けられないが、少しでも動きを止められればこちらに勝機が来る。

 固い外骨格の隙間にウェントゥスの切っ先を突き刺す。苦痛にスコルピウスが暴れる。昆虫類は痛覚がないとか聞いたことがあるが、スコルピウスのこれは人が熱いお湯に指を入れたとき、熱さや痛みを感じる前に手を引っ込める反射なのか死を恐れるための痛みなのか、どちらなんだろうか?

「体に体液を浴びながら考えるこっちゃないわね」

 引きずられながらウェントゥスの切っ先を伸ばし、スコルピウスの体内でかき回す。ぶつり、と貫通した手ごたえを感じる。そのまま切っ先をかき回すのを継続。運よく脳を破壊できたか、突如スコルピウスの足が止まる。痙攣し始めたのを見計らってウェントゥスを抜き、下から這い出る。一拍置いて、スコルピウスの足が折れた。自重を支える力が失われ、重力に負けた胴体がずん、と床に沈む。確実に死んだかまだわからないので警戒を怠らず、周囲を見渡す。あちこちでスコルピウスと傭兵たちの死闘が繰り広げられている。アスカロン団員たちは手慣れたもので、かといって油断なく、最大限の警戒をしながらスコルピウスを相手取っている。イディオたちやラーシー達他の傭兵たちも善戦していた。すでに一体のスコルピウスを仕留め、隊列を組んで他をけん制しながら二体目を潰しにかかっている。スライムのような物理攻撃を無効化するような特殊な敵でなければ、殴って倒せる相手なら彼らにも対処は可能、心配する必要はないという事か。いや、この考えは失礼だ。国家転覆を成しえようというイディオと、その彼が選んだ人材だ。実力があってしかるべきだ。客ではない。ともに戦う同盟者なのだから。

 この調子でいけば負けはない。だが、勝てもしない。我々の目的は王の首であって、ここで昆虫採集に励むことではないのだ。

 スコルピウスの巨体は、狭い通路内では動き回れず不利となる。以前砂漠の遺跡内におびき寄せて戦ったことからもそれは判明している。

 だが今回は、その巨体はこちらにとってもあだとなっている。生きている個体でも死骸でも、通路を塞いでいることに変わりはないからだ。むしろ、倒せば倒すほど不利になっていると言っていい。

 理由は現在の私たちの位置関係にある。スコルピウスは城に通じる階段を塞ぐ形で陣取っている。私たちはそれに相対する形だ。いくら私たちが徒党を組み、力を合わせることができるとはいえ、こちらの身長の倍以上はあるスコルピウス一体の重量はかなりの物だ。倒したら消滅するRPGゲームとは違い、重量と質量そのままの瓦礫が残るに等しい。撤去するにも時間と労力を必要とする。対してスコルピウスは仲間の死骸を軽々と乗り越えてこちらを蹂躙しに来る。不幸中の幸いは、あの時のように無制限に増えるわけではなく、奴らの数にも限りがあることだが、全部倒していたらパーティ終了、並びに内乱鎮圧に向かった軍が帰還してしまう。そうなれば城の警備が強化され、暗殺どころではなくなり全ての計画が破綻する。内乱の仲間だったはずの辺境貴族は自分たちの関与を疑われないためにイディオを売る可能性が高い。また王側も同じ事を起こされないよう締め付けをさらに強くし、反乱の芽を確実に摘みに来るだろう。

 チャンスはこの一回しかないというのに。焦る気持ちに追い打ちをかけるように、スコルピウスの増援に隊列が下げさせられる。せっかく一体モンドたちが倒したのに、その一体を二体が乗り越えてきた。

「きりがない・・・っ」

 思わず歯噛みする。

『団長』

 通信が入った。通信機を手に取り、応える。

「テーバさん?」

『このままじゃきりがねえのはわかってるな?』

「ええ、悔しいですが」

『だが、方法がないわけじゃない、ってのもわかっているよな?」

 答えられなかった。図星だったからだ。だが、その方法を取るわけにはいかなかった。そんな私を見透かしたように、テーバは鼻で笑った。

『ふん、だから甘ちゃんだっつうんだ。ギースからも散々言われただろうが。団長は、時に冷酷な決断をしなければならない、ってな』

「ダメですテーバさん。他の方法を今考えてます」

『バカタレ。その考えている時間が惜しいっつうの。いいか。今から俺たちが囮になる』

「認められません。狙撃部隊が囮など、バランスが悪すぎる。銃では奴らの外骨格は貫けないんですよ!」

『そっちこそわかってないな。狭い城の中では銃は不利なんだよ。味方が射線上に入るし、一発撃って弾込めてる間に衛兵に接近されたら終わりだ。まだこの場所で、こいつらの方が相手取りやすいんだよ』

「しかし」

 相手取りやすかろうが、銃では奴らを相手するには分が悪すぎる。時間をかけて負けるだけだ。負けは死を意味する。テーバがそんなことをわからないはずがない。

 認められない。認められるわけがない。私の我が儘で連れてきたのだ。犠牲にするといった。全てを利用すると誓った。だが、それはこんなことで、じゃない。化け物に殺されるために、無駄死にさせるために連れてきたわけじゃない!

 どれほど強く念じようが願いは叶わず、彼らの動きは止まらない。

『反論できねえならしかしは無しだ。合図を出すから、王子たちを連れて走れよ』

「テーバさん!」

『うるせえ! 傭兵団の団長なら依頼最優先だっつの! モンド!』

 隣に気配を感じた時には遅かった。完全に意識を通信機に集中しすぎて、モンドの接近に気づくのが遅れた。彼の力強い腕が私を抱え上げる。

「行くぞ、団長」

「モンドさん?! 降ろして!」

「駄目だ。テーバ!」

『あいよ! お前ら、準備は!』

 テーバの声に呼応する返事が通路に響く。

「これよりアスカロンが道を開く!」

 モンドの怒声が彼らに届く。

「全員、目を瞑れ!」

 テーバが私の視界の端で叫び、何かをスコルピウスの群れの中に放り込んだ。放り込まれたものを理解した私も反射的に目を瞑った。

 瞼の上からでも視力を奪うほどの閃光、そして腹に響く炸裂音と吹き飛ばされそうな暴風が体を叩く。目を開くと、道が出来ていた。塞いでいたスコルピウスの死骸は粉々になって吹き飛び、体液を滴らせながらあちこちの壁や床に張り付いている。持ってきた爆弾を投げ入れたのだ。爆風を浴びなかった個体も、生じた閃光によって視界を奪われている。

「進め!」

 叫んだモンドは、私を担いだまま階段まで突っ走る。

「テーバさん、皆!」

 狙撃部隊の皆が、私から離れていく。誰も彼もが笑顔で私たちを見送っている。道を再び塞ごうとするスコルピウスをテーバの銃撃が動きを押さえ、気をそらせた。その間にムトやイディオたちが通り抜けていく。

「待っていてください!」

 遠く、スコルピウスの陰に隠れていく彼らに届けと叫ぶ。

「すぐに終わらせて、迎えに来ます! それまで生きていてください! 命令です!」


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「生きてろ、だとさ」

 テーバは他の団員たちに向かって言った。

「全く。本当に甘ちゃんだぜ。優先順位ってもんが全くわかってない」

「でも、命令、って言ってましたよ」

 団員も苦笑を浮かべて答える。

「ああ、言ってたな。偉そうに」

「でも、団長の命令ですよ」

「まあなぁ。命令は絶対だからな」

「じゃあ、生き延びないと、まずいですよね。怒りますかね」

「そうだな。死んだら、あの甘ちゃんは俺たちの墓の前でずっと泣きながら怒ってるかもな」

「死んでも死に切れませんねぇ」

「死なせてもくれねえんだから、最悪の団長だ」

「だったら、命令は守らないとですね」

「しょうがねえ。やるだけやるか」

 テーバたちは互いに背中を合わせて、自分たちの周囲を警戒する。視力が回復したスコルピウスたちが、彼らを取り囲んでいた。ガチガチと鋏を慣らし、尾を振り回す。

「残弾数は?」

 真面目な顔でテーバが問う。

「通常弾は百発ほどありますが、スティリアは一人につき二、三本。トニトルスは全部で七発ってとこでしょうか。ウィーテンは二十個、カテナは人数分です」

 相手も数は減っているが、それでもこの装備でやり合うのはきつい。せめて囲まれてなければな、と泣き言が頭の隅でちらつく。それを封じ込め、獰猛に笑い、命じる。

「野郎ども、死ぬ気で死ぬな」

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