第237話 落日へのカウントダウン

 カリュプス王都に入った私は、待ち合わせ場所である水門管理小屋に向かう。モンドたち他の団員は散開して各々待機してもらっている。全員でうろうろするにはあまりに怪しすぎると思ったからだ。

 街の中を見渡す。いたって普通の、どこにでもある街の様子に少し驚いている。昨夜鳴り響いた鐘の音は誰もが聞いたはずだ。そして今朝まで敷かれていた規制を知らないはずがない。なのに、街は何事もなかったかのように営みを送っている。

 警戒度が高いのでは思っていたが・・・。少なくとも自国周辺で反乱が起き、軍が出陣しているのを目の当たりにしているのだから、もっとピリピリしていてもよさそうなものなのに。

 少し考えて「そうか」と妙な納得をした。

 街に住む彼らにとって、辺境で起こった反乱など対岸の火事なのだ。その火の粉は我が身に届くことなく消えるもので、戦いに負けることなど露ほども思っていない。いや、意識すらしていないだろう。大国カリュプスにとって、戦いとは害虫駆除と同じ。そういうものなのだ。

 好都合だ。住民の誰もが誰かを監視している、魔女狩り時代のヨーロッパかSNS社会みたいな状況よりも遥かに。まあ、昨今の研究によって私たちが抱いている魔女狩りのイメージは払しょくされつつあるらしいが。

 貰った地図を片手に、活気あふれる街を歩く。貰った地図によれば、カリュプスは城を中心にして同心円状に広がる街だ。

 最も内側は王城。四つの監視塔が東西南北に配置され、それをぐるり城壁が囲んで繋いでいる。

 城壁の外側は件の堀だ。上流から流れてくる二本の川を北東と北西から引き込み、街の南側に通している。南側はカリュプスが誇る雄大な穀倉地帯が広がっていて、引き込まれた水を利用している。

 堀の周囲は、大きく分けて四つの区域に分かれている。南側は農民が多く住む地区、西側は兵士の宿舎や訓練場、東側は歓楽街や商店街、北側は貴族の邸宅、という感じだ。その四つを先ほど私たちが通り抜けた巨大な城壁が囲い込んでいる。

 水門監視小屋は、南側、農民が住む地区にある。南側へ通じる川の水量を調節するためだ。文字通り水門を操作して、一種の堰やダムのような働きもしている。

「あれか」

 遠くから観察する。川の両端にブーツのような形の建築物が立っている。高さは三階建ての家ほどだろうか。ブーツの上辺を通路が繋いでいる。

 私がいるのは、川の東側だ。東側のブーツの側面に鉄の扉があり、前に兵士が二人立っている。彼らに向かってゆっくりと近づく。小屋を管理する兵士たちはすでに仲間に引き込んでいる、とハーミットは言っていたが、用心して観光客を装っておく。

 兵士の視線が私に向けられているのを感じながら、気づかないふりをして歩を進める。

「何か御用ですか?」

 距離にして二、三メートルほどか。兵士から声をかけてきた。初めて気づいた、という風を装って彼らの方を振り向く。

「こちらは穀倉地帯に流れる川の水量を調節する施設です。部外者の方は立ち入り禁止となっています」

「ああ、立ち入り禁止でしたか。すみません。知らなくて」

「いえ。見たところ旅の方とお見受けしますが、どうしてこんな場所に? 歓楽街なら東ですよ」

「実は、ここで知人と待ち合わせをしているんです。珍しい建物だから待ち合わせにはうってつけと聞いたもので」

「ここで、ですか・・・」

 兵士たちは顔を見合わせ、頷く。一人が扉の向こうへと消えて、もう一人が「少々お待ちください」と私に言った。

「どうしました?」

 反対に尋ねる。

「いえ、先ほども待ち合わせしているという方をお見受けした者がいます。その者なら、もしかしたらあなたの待ち人を見ているかもしれませんので」

 そう話す兵士に視線を向けていると、背中に視線を感じた。複数人に、多方向から見られている気がする。身元確認でもしているのだろう。

「お待たせしました」

 兵士が戻ってきた。同時に視線も感じなくなる。兵士の顔はかしこまったものになっていた。素早く顔を寄せ、耳打ちする。

「中でハーミット様がお待ちです。どうぞこちらへ」

 頷き、開かれた扉を通る。私が通った後、扉は素早く閉じられた。薄暗いのも一瞬、すぐに照明が点いた。

 小屋の大きさに比べて、中はかなり手狭だった。門を開けるための設備が場所を取っていて、人が入れる空間は八畳ほどだった。八畳の空間に依頼主であるハーミット、そして四人の男が小さな四角い机を囲んでいる。第二王子のイディオはいないようだ。

「待っていたぞ」

 ハーミットが手招きして机の前に呼び寄せる。

「やはり、来たのか」

「ええ。一万枚の報酬は魅力的だったので」

 嘘ではないが心にもないことを言う。相手もわかっているのか、特に追及はしてこなかった。

「こちらとしても助かる。それで、アスカロンの団員たちはどうした?」

「集団で動くと警戒されると思い、別の場所で待機しています。合図があればすぐに動けるよう手はずを整えています」

「賢明な判断だ」

 そして、ハーミットが簡単にその場にいる者を紹介していく。右からマゴッティ、ラーシー、ハンゼ、ゴアナ。協力する四つの傭兵団の団長だ。団の名前も訪ねたが、あいにく知らなかった。

「それで、これからどう動く予定ですか?」

「うむ。丁度それを話し合おうと思っていたところだ」

 ハーミットは城の見取り図を取り出し、机に広げた。私たちは首を伸ばし、地図を眺める。彼の指を視線で追う。

「先行して潜入している同志たちが、城内の兵の配置や王のスケジュールを調べてくれた。パーティが開かれるのはここ。城の中央部三階の広間だ。今回の展示販売会の戦利品を並べ、側近たちにお披露目する予定になっている。開始は夜の七時。それに伴い、警備の兵は広間の外をぐるりと囲むように配置される」

 ハーミットは新しい地図を広げた。

「次に、これを見てくれ」

「・・・これは?」

 私たちは揃って首を傾げた。地図が未完成だったからだ。ところどころ空白の部分がある。

「件の、王家の脱出ルートだ。残念だが完璧なものは作れなかった」

「いや、それでも無いよりはましだ」

 そう口を開いたのはマゴッティだ。

「俺も城の警備を外から見たが、真正面から忍び込むのは不可能だ。であるなら、この地図に賭けた方が潜入できる確率は高いだろう」

 確かに、と他の団長たちも頷いて同意する。私も同意見だ。それに、脱出ルートとして活用される道なら、そこまで複雑ではないはず。

「それで、この脱出ルートは城のどこに出るんだ?」

 マゴッティが話を促す。

「東の離れ監視塔一階、図書館に出る。ここから城中央部へ向かい、東側の階段を上がる。そのまま三階に到着したら、広間へと突入。広間には東、西、南の三か所にドアがあるため、そのドアを閉じる。万が一にも脱出させないためだ。広間にはカリュプス王の他、テリア王妃、第一王子のバリバン王子がいる。第三王子であるファース王子は留学中のため不在だ。彼らは確実に仕留める必要がある」

「それは当然として、広間にいる貴族はどうする? 退屈なお披露目会にわざわざ顔を出しておべっかを言いに来るくらいだ。王に対する忠誠心も高いのではないのか? そいつらに邪魔されたら厄介では?」

「彼らが従っているのは権力を持つ王であって、死体ではない。新しい王にすぐに傅くはずだ」

 大まかな流れはこれで理解した。あとは突入時間やそれぞれの役割などの細かい部分のすり合わせ、そして脱出ルートの不明点など、不測の事態が起きた場合の立ち回りなどを決めていく。

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