第236話 王都、潜入
カリュプス領内に入った私たちは、近くの村や街などに立ち寄らず、最短ルートで王都を目指した。時間はすでに夜半を過ぎている。ハーミットたちの計画通りなら、すでに反乱が起きており、援軍要請の伝令が王都に向かっているはずだ。伝令はおそらく馬を街で乗り換えながら向かっている。彼らと道中で遭遇し、万が一にも見咎められないとも限らない。夜中に移動するなど通常では考えられないからだ。それを反乱と即座に結びつけるような、性根のねじ曲がった偏屈はそうはいないだろうが、念のためだ。
『全員、伏せろ』
王都周辺に辿り着いたとき、通信機からテーバの声が聞こえた。全員が草むらの影などに身を潜め、最低限にしていた灯りを消す。
後方から、馬の蹄が大地を蹴る規則的な足音が聞こえてきた。振り返ると、火の玉が上下に揺れながらカリュプス城門に向かって飛んでいく。早馬のランプだ。夜道もお構いなしに飛ばしている。馬に乗る使者がランプを掲げ、門番に向かって振っている。やみくもにではなく、どこか規則性のある振り方だ。それを見た門番は慌てて門を開いた。使者の邪魔をせず馬の速度を殺させないためだ。
「どうする? この後に続くか? それともどこかから忍び込むのか?」
続くモンドの問いに「いいえ、このまま待機します」と通信機にも話しかけながら返答する。そう言い終えると同時、城門の上に設置されている鐘が鳴らされた。情報通りだ。
「ハーミットからの話では、早馬の使者が出したあのサインは火急、そして応援・出陣要請を表しているとのこと。あのサインが出た場合、細い路地も含めた王都中の通路が封鎖され、軍の管理下に置かれます。一般人は家屋内に避難し、次の鐘が鳴らされるまで閉じ込められます」
そんな状況では入るどころか、門に近づくことすらままならない。下手な動きをしようものなら補足され、追手がかかる。
「封鎖はいつ解除される予定だ?」
「軍の編成、そして出陣までです。編成は急ピッチで行われるでしょうが、それでも出陣するには明朝までかかる。その時が侵入の狙い目でもあります」
「どういうことだ? そんなに時間を浪費して間に合うのか?」
モンドの疑問ももっともだ。確かに時間の浪費は痛い。しかし、見咎められるよりも問題なく侵入できる方を優先する。
「朝は非常に忙しい時間帯です。大きな街であればあるほど、多くの人が働いているのだから朝というのは慌ただしくなる。解放の鐘が鳴った瞬間、多くの人が市街に飛び出すでしょう。門の出入りも激しくなる。深夜の騒ぎのせいで叩き起こされ、何事かと寝不足になる人が多ければ儲けものです。集中力を欠き、それでも通常業務を果たさねばならないのですから我々に気を止めるものは更に減る。門番とて同じ。おそらく久しぶりの軍の出陣に、彼ら自身が出るわけではないにせよ緊張を強いられる。仲間を見送った後はどうしたって気が緩む。そんな状態で多くの人間が出入りするのを一つ一つ細かくチェックはできない。我々は、そんな彼らの前を堂々と通ります」
「おいおい、大丈夫なのか? 早馬の使者に見つからないように伏せていたのは、不穏分子ではないかと疑われないためだったんだろう?」
「ええ。夜中に移動している怪しい奴らと思われないためです。ですが、ここに至っては逆にこそこそしている方が怪しまれます。ラーワー、アウ・ルムでもそうでしたが、王都の城壁には隙はありません。忍び込むのは不可能です。詳しく調べれば、老朽化している場所を探し出すことや、見張りの回ってくるタイミングなどを計ることができましたが、その時間もない」
「確かに、可愛げのない作りはしてるな」
私とモンドが見つめる先には、高さ十メートルはあろうかという堅牢な石造りの壁が、視界の端から端まで連なっている。その上を、かなり強い照明を持った見張りが何人も巡回していた。あの監視を潜り抜けるのは困難だ。
『そのあたりの潜り抜け方を依頼主は教えてくれなかったのかよ』
通信機からテーバの声が聞こえた。
「残念ながら。ですが、城門の越え方は預かっています」
懐からハーミットから預かったものを取り出す。封筒に入った手紙だ。もし不審に思われたら門番に渡すよう言われている。中身は見ることができない。蝋で封をしているためだ。これを使うときは商人に化けるようにとだけ伝えられている。商人が勝手に中身を検めるのも不自然だと思い、取引相手に対する親書のようなものだと解釈する。
『なんだよ、そんなのがあるならビビる必要なんかねえじゃねえか』
「できれば使わない方が良いとのことです。私も、可能なら門番の記憶に残らない方が良いと思いますし」
ともかく、朝まで休憩だ。ここまで強行軍だった。おそらくここでとれる最後の休憩になるだろう。次に休めるのは、依頼を達成した時になる。団員たちにもそう声をかけ、交代で休憩をとった。
空が白み始めた頃に自然と瞼も開いた。少しの刺激で眠りから覚醒してしまった。休めていると思っていたが、やはり緊張しているようだ。周りからもごそごそと団員たちの動く気配を感じ取れる。
「団長、見ろ。動きがあったぞ」
先に起きていたモンドが声をかける。彼の示す方向へと視線を移すと、城門から隊列を組んだ兵士が前進してくる。
「流石はカリュプス。本当に明朝までに出発の準備を整えてきやがったな」
苦々しくモンドが言う。彼も、そして他の団員達も同じことを思い出していることだろう。ラテルを滅ぼすために向かったカリュプス軍と、それを指をくわえて見送ることしかできなかった自分たちを。あの時も、かなりのスピードで編成され、進軍していたと聞く。
だが、あの時と今回は違う。物陰に隠れ、私たちの前を通り過ぎていく兵士たちを見ながら呟く。
「今度は、私たちが奴らをはめる番だ」
最後尾の兵士たちが通り過ぎてしばらく経ったころ、再び鐘の音が響き、城門のあたりが騒がしくなった。商人や傭兵たちが仕事のための行動を開始したのだ。何組かの集団が出てきている。街の中からも活気にあふれた喧騒が聞こえてくる。
「行きましょう」
物陰から這い出て、今度は舗装された王都への道を悠々進む。近づくにつれ、圧倒されるような城壁の巨大さと、そこに配備された兵たちの警備の厳重さに体がこわばっていく。おっかなびっくり、検問の列に並ぶ。
「団長、体が硬いぞ」
小声でモンドが背中を軽く叩く。
「すみません」
「笑顔だ、笑顔。笑っとけ。今のあんたは商人だろう?」
彼の言う通り、私の服装はいつもの軽鎧ではなく、足首まで隠すほど丈が長く厚い生地のワンピースに大きなリュックを背負って、商人に扮している。
「女の傭兵はただでさえ珍しい。余計な詮索を避けるためにも自分が商人に化ける必要があるといったんだぜ。しっかり化けてもらわないと、俺たちも疑われることになるんだ。そんな心配しなくても依頼主から貰った切り札もあるんだから大丈夫だろ」
「それは、そうなんですが」
色々と力が入ってしまうのは仕方ない。そうこうしているうちに、私たちの順番が回ってきた。
「何者だ。ここへ来た目的は?」
門番が疲れた顔で尋ねた。
「私は各国を回っている行商人です。後ろの者たちは護衛を引き受けてくれた傭兵団です。今回は、カリュプスに本店を置くファリーナ商会様に商品を取り扱ってもらえるよう商談に参りました」
「ああ、なるほど」
門番は疑うそぶりなく、私たちの前に道を譲った。こんなことはよくあるのだろう。ほぼほぼ形骸化しているようだ。確かに心配する必要はなかったな。胸をなでおろしながら城門を通過しようとする。
「ちょっと待て」
心臓が跳ね上がった。
「何か?」
声が裏返らないように必死で動揺を隠しながら、私は振り返った。
「念のため取り扱っている商品を、改めさせてもらえないか?」
「商品ですか?」
「ああ。あと、ファリーナ商会の紹介状を見せてくれ」
「紹介状?」
「そうだ。それが届いたから足を運んだのだろう? ファリーナ商会に品物を取り扱ってもらいたい連中はわんさかいる。順番待ちさせるのも悪いからって、商会から紹介状が届くことになっているんだ」
まさか、知らないのか? 答えられない私を門番が不審な眼でこちらを見ている。どうする、強行突破するか? モンドたちも横目で私と彼らを見て、武器に手がかかろうとしている。
追い詰められた私に、天啓が落ちてきた。こんなことを見越して、あの手紙は渡されたのではなかったか。ふう、と息をついて自分を落ち着かせ、話す。
「紹介状はありません」
「何? どういうことだ? 商談というのは嘘なのか」
「いえ、商談は本当です。こちらをご覧ください」
手紙を渡す。門番が蝋の封を剥がし、中の手紙を検めた。
「これは・・・」
読み進めていた門番は、何度も納得したように頷いている。
「これは失礼した。まさか、ジーベイ様直々の依頼だったとは」
読み終え、手紙をこちらに返した。そっちが納得しても、こっちはジーベイ何某が何者かわからないので、曖昧な笑みを返すので精いっぱいだった。
「確かに、これは詳しくは話せない内容だ。だが、それならもっと上手く嘘をついてくれ。いらぬ心配、無用な勘繰りをしてしまったぞ」
そうですねと相槌を打ちながら手紙を読み、ようやく彼が何に納得を示したのかを理解した。そして門番が解釈しているであろう話に合わせる。
「申し訳ありません。取り扱うのが育毛剤や精力剤ですので、なるべく隠しておくように、と厳命されていたものですから」
「だろうな。しかしあのお方、新しい側室を迎えられたと思ったらまだ子を成すつもりか。今年で齢七十を迎えられるはずだが」
「男性は、いつまでたっても格好よく、現役でいたいとお思いになるようですので」
「まあ、わが身に置き換えれば、わからん話ではないな」
「ですので、どうか私たちの事はここだけの話にしていただければ」
「わかっている。ジーベイ様の尊厳にかかわることだからな。口外はしない。ただ」
門番は、ほかの兵士の視線を気にしながら私に耳打ちした。
「その、後で俺にも売ってもらえないか」
門番と約束を交わし、私たちはカリュプス王都に無事侵入した。
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