第235話 非戦闘員たちの戦い

「おい、いい加減出て来いよ」

 ドアを叩きながらジュールが呼びかける。

 アカリ団長とともに、すでにアスカロンのほとんどの団員はカリュプスへと出発した。残っているのはゲオーロにティゲル、ボブといった非戦闘員と彼らの護衛として残ったジュールたち数名、そして部屋に閉じこもったままのプラエだ。

「もう皆行っちまったぞ。いつまで閉じこもってんだよ」

 ドアを叩きながら俯くと、足元に手つかずの食事が置いたままになっている。ティゲルが朝食として持ってきたものだ。ドアを開ければ否が応でも気づくはず。つまりは、一度も出てきていないという事だ。ため息をつきながら、ジュールは声をかけ続ける。

「お前らの間で何があったかは知らない。でも、たった一度のすれ違いで、お前らが積み重ねてきたこれまでの全てが無くなっちまうのか?」

 はたから見ても、アカリとプラエは良いコンビだ。だからこそ、いつかの自分たちと同じ過ちを犯してほしくない。

 ジュールがかつて所属していた傭兵団エクゥウスは、直接的にはアスカロンとボースの二つの傭兵団に敗北、そしてドラゴン種ペルグラヌスによって壊滅した。だが、元を辿れば怪しげな依頼を、功に焦った団長であるシフが受けたことが原因だ。団の名が伸び悩んでいたシフにとって、奴らの『歴史に名を刻む』とかいう依頼は抗いがたい誘惑をはらんでいた。どれほどジュールが危険性、リスクを指摘しても、シフの心は依頼達成後の自分たちに浴びせられる称賛と栄光に囚われて聞く耳を持たなかった。団が壊滅した一因は暴走を止められなかった自分にもある。

 同じ過ちを、二度犯すわけにはいかない。何より、好いた女には後悔してほしくない。ずっと笑っていてほしい。ここで良いこと言って励まして好感度を上げておこうという、ちょっとした下心があるのを否定はできないが。

「今ならまだ間に合う。追いかけて話し合えよ。どっちかが死んでからじゃおそ」

 それ以上、ジュールは言葉を紡ぐことができなかった。ドン、ともボム、ともつかない大きな音とともに、突然目の前のドアが自分目掛けて迫ってきたのだ。ドアの熱烈な抱擁を受け、ジュールはその勢いに負けて壁に叩きつけられた。吹き飛ばされた、とも言う。

「どうしました?!」

「な、何事ですかぁ~っ?!」

「なんだ、なんだなんだ?!」

 階下からイーナ、ティゲル、ボブが駆け上がってくる。

「げほ、げほっ、うぅ、喉がぁ~」

「何だ、この、おっふぉっ、煙は」

 二階は灰色の煙が充満していた。手で目の前の煙を払いながら、ボブは何とか近くの窓を見つけ、開け放って換気する。外から流れ込む空気が、煙を掃きだしていく。

「一体、何が・・・」

 呆然と惨劇の場を見つめるイーナ。

「イーナさぁん、ボブさぁん! あれ!」

 ティゲルの声に振り返った二人は、彼女が指さす方向を見て驚いた。ドアから手が生えているっ?! 違う。これは。

「ジュールさん!?」

 駆け寄ってドアの裏を見ると、ジュールが壁とドアに挟まれて白目をむいていた。

「しっかりしてください! 何があったんですか!」

 ボブがドアを脇にどけると、ずるずるとジュールの体が膝から崩れていく。イーナは慌てて背中を支え、廊下に横たわらせる。ティゲルが首筋の脈と呼吸を確認し、ほっと息を吐いた。

「気を失っているだけのようです。よかったぁ」

「彼の心配はなくなったとして、問題は・・・」

 ボブが振り返る。彼の前には、今なおもくもくと煙があふれ出る部屋があった。煙が揺らぐ、中から誰かが出てくる。

「くそ、調整失敗した・・・」

 当たり前だが、プラエだった。だが、その後ろからもう一人せき込みながら現れた。

「あれぇ? ゲオーロ、君?」

「ごほっ、ごほっ、あ、どうも、ティゲルさん。イーナさんにボブさんも。おはようございます」

 目じりに浮かぶ涙をぬぐって挨拶する。

「二人とも、大丈夫かい?」

 ボブが声をかける。その間にイーナは急いで階下に降り、水を入れた薬缶とコップを乗せた盆を持ってきた。素早く水を入れ、せき込む二人に渡す。礼を言って受け取った二人は、一気に喉に水を流し込んだ。ひんやりとした水が喉を潤す。はぁっ、と大きく息をついて、プラエは口元をぬぐった。

「一体どうしたんですか?」

 イーナが尋ねると、プラエはどうもこうもないわよ、と吐き捨て、逆に質問を返した。

「やっぱり、あの小娘と馬鹿どもはもう出発したのね?」

「小娘・・・馬鹿ども・・・、ああ、団長たちの事ですか」

「そうよ! アカリだけじゃなく、モンドやテーバたちもよ! 私の心配も知らないで勝手なことばかりして!」

 時間が惜しい、とイーナたちを残して踵を返し、部屋に戻ろうとする。が、立ち止まり、イーナに向かって指示を出した。

「イーナ、馬車を用意して」

「え、馬車ですか?」

「そうよ。荷台だけでもいいから二、いや三台用意して。お金はアカリの部屋にあるから」

「了解。すぐに向かいます」

「それとボブ、ティゲル! そこに倒れてる馬鹿を連れて鉄板を調達してきて。なるべく大量に、あるだけ買ってきて。あと木材に、鉄を溶かすタイプのスライム片。あとは」

「ちょ、ちょっと待ってください。メモを取らせて」

 いそいそとポケットから木炭と用紙を取り出す。そこに、プラエから呪文のようにつらつらと流れ出る単語を書きとっていく。

「こんな大量に、何に使うんですかぁ?」

 ティゲルの素朴な疑問に「決まってるでしょ」と鼻息荒くプラエが答える。

「大国に喧嘩売りに行ったあの馬鹿ども、絶対ピンチに陥るわ」

「なぁるほど、そのピンチを助けに行くわけですね」

 柏手を打って納得するティゲル。

「違うわよ」

「・・・違うんですかぁ?」

「わからせに行くのよ」

「わから・・・せ?」

「ええ。自分がどれほど愚鈍で間抜けで考えなしで愚かであったかをね。鼻水垂らして泣き喚いているであろうあの子の前に颯爽と現れて窮地を救い『うわぁああんプラエさんいえプラエ様私が悪うございました二度とあなた様にご意見するような生意気なこといたしません一生忠誠を誓いあなた様のために金を稼ぎ触媒を用意し土地を買い施設を建てて生涯尽くしますぅううう』と土下座させるためよ」

「・・・同じような意味の言葉が並んでますけどぉ・・・」

 不穏な空気を感じ取ったティゲルは反論せず、ただ文章的にどうかな? と思う事だけを口にした。本好きな人間は、連続する同じ単語とかが少々気になってしまうものだ。

「この私を怒らせたこと、絶対後悔させてやるわ。そのためには追い付くだけじゃダメ。追いつき、あいつらを積み込み、そして離脱するための道具が大量に必要なの」

「アカリ団長が昨日の依頼の話を持って帰ってくる何日も前から嫌な予感がするとかで、ずっと突貫で魔道具作成を行っていたわけなんですよ」

 夜中に叩き起こされたときは何事かと思ったけどね、と全てを諦めたような顔でゲオーロは笑った。ゲオーロの疲労の色は濃く、目の下にはくっきりと隈が出来ていた。それでも泣き言を漏らさずに手伝ったのは、皆の命がかかっているからだ。

 加工が必要なので最初はゲオーロの部屋で作成は行われていた。最終調整段階に入った段階で彼女の部屋に持ち込み、そして先ほどの失敗につながったようだ。何のことはない。彼女の部屋がきれいだったのは彼女の部屋を使っていなかっただけの話だ。アカリに揺さぶりをかけるために、もっと言えば自分がここまでしているのだから考えを改めろと言外にも含めていた。

 しかし、アカリの意思は固くプラエの訴えを退けた。なので、プラエはこれまでにないくらいショックを受け、同時に怒っていた。

「時間が惜しいの。わかったらさっさと動く!」

「「は、はいぃ!」」

 鬼気迫るプラエの迫力に押されて、ボブとティゲルはジュールを引きずって階下に降りていく。

「ゲオーロ、『あれ』の調整を急ぐわよ。あと、イーナが戻ったら鉄板加工の方をお願い」

「了解です。腕が鳴りますよ」

 頷き合い、二人は部屋に戻る。

「待ってなさい。アカリ。私の偉大さを思い知らせてやるから」

 怒りの炎を瞳に宿し、プラエは笑う。

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