第234話 愛すべき馬鹿野郎ども
「依頼内容は、以上になります」
翌朝。食堂に集まった団員たちに昨日のハーミットの依頼を伝える。爽やかな陽光でも拭い切れない、どんよりと濁った空気が私たちの足元に漂っている。
「どうりで」
額に手を当て、ため息をつきながら沈黙を破ったのはモンドだった。
「いくら声をかけてもプラエが起きてこないはずだ。団長、昨日あいつと揉めたろ」
「ええ」
我ながら恐ろしいくらい固い声が出た。切り替えたつもりだったが、支障が出るほど引きずっている。
「怒鳴り声と物がぶつかったり割れる音がずっと響いていたからな。何かあったとは思っていたがそういう理由か」
「だが、荒れるのも仕方ない話だぜ」
テーバが言った。顔をしかめ、非難するような目で私を見ている。事実、彼は怒っているのだろう。
「俺がプラエでも止める。カリュプスを相手にするのは危険すぎる。一国の、それも五大国だぞ。ガリオン兵団の時を忘れたのかよ。今よりも規模が大きかったあの時でさえ、ラテルの守備兵に囲まれていう事を聞かざるを得なかった。だまし討ちとはいえ、そのラテルが簡単に滅ぼされたんだぞ。トリブトムを相手にするのに二の足を踏んでいた俺たちが勝てるような相手じゃない」
自殺行為だ、とテーバは言い切った。他の面々も声には出さないが同じ気持ちなのだろう。
「内乱なんぞ、勝手にやらせとけよ。そんな危険な依頼わざわざ受注しなくてもいいだろうが。身内同士で食い合って、弱り、滅んでいく様を酒の肴にしようや」
「それは、できません」
「なっんっでっだよぉっ!」
苛立ったテーバが頭を掻きながら地団太を踏んだ。
「ガリオン兵団を潰すきっかけを作った連中を、私は許すことができないからです。上原、ラス隊長にバーリ、第五部隊の皆、ガリオン団長や他の部隊の皆が死んだラテル事変。それに関わった連中に贖わせると誓ったのです。そのために、私は団を結成したのですから」
これまで伝えられなかった本心を、みんなに伝える時が来た。
「最初に、謝らなければなりません。私が団を作ったときに掲げたインフェルナム討伐。あれは嘘ではありませんが、全てではありません。今言ったように、ガリオン兵団を滅亡に追いやった全てにツケを支払わせるためにアスカロンを立ち上げました。そのために、私はこれまで戦い続けてきたのです。そして、最も困難と思われたカリュプスを滅ぼすチャンスが目の前にある。私に選ばないという選択肢はありません。ここで、叩く」
ですが、と私は続けた。
「結局のところ、これは私の個人的な感情です。しかし、だからこそ譲るつもりはありません。また、依頼主であるハーミットは私に依頼を出す予定はありませんでした。彼らだけでも勝算があるということでしょう」
「だったらなおさら依頼受ける意味ねえだろうが! あんたが必要なのは、もしかしたら化け物を飼いならしている可能性があるからってだけだろ!」
「そうです。アドバイザー的な用途でしょう。ですので、私は彼らの勝率を上げ、カリュプスを直接滅ぼすために戦いに参加します」
椅子から立ち上がった。
「したがって、私は皆さんを無理に連れていくことはしません。作戦開始まで時間もない。すぐに出立します」
「はっ。勝算がある戦いで、兵の数も揃ってるから、俺たちは必要ない。用済みってわけ?」
皮肉気にジュールが言った。
「そうとってもらっても構いません。無理強いで皆さんの実力が発揮できるとは思いませんので。来たくなければ、来なくていい」
二階を指さす。彼らの顔を見ないように。
「私の部屋に、これまで私が稼いでため込んだ金があります。皆さんの人数分、袋に均等に分けてあります。金貨にして、約三十枚。少ないですが、退職金替わりです。当座の生活には困らないでしょう。持っていってください。あと、お手数ですがプラエさんにもそのことを伝えておいてください。扉の下からメモ書きを入れておいたのですが、気づかない可能性もあるので」
言葉の途中で、声が濁り始めた。結局、彼女とはあれから顔を合わせていない。
「なんのつもりだ。退職金なんて」
眉間にしわを寄せながらモンドが問う。何度か大きく息をして、言った。
「本日をもって、アスカロンを解散します」
怒声や罵声を覚悟した。だが、返ってきたのは耳鳴りするほどの沈黙だ。耐えきれなくなって、私は踵を返し食堂から出ていった。呼び止める声が聞こえたような気がしたが、気のせいだ。誰がこんな自分勝手な人間を引き留めるというのだろう。
目がぼやける。ゴミでも入ったかと何度か強く瞬きすると、頬が濡れた。泣いているのか。私は。自業自得じゃないか。自分に泣く資格などない。皆を騙して、これまで連れまわして利用して。いらなくなったらポイだ。プラエにもひどいことを言った。全て自分が悪いのに、なぜ泣く。泣きたいのは彼らの方だろうに。腕で強く目元をこする。
「切り替えろ」
自分に言い聞かせる。これからが本番だ。ハーミットたちに追いついて兵の一人として雇ってもらい、潜入部隊に組み込んでもらう。
「・・・あれ?」
宿の受付台の裏に置いてあった私の荷物がない。あたりを見渡すが、影も形もない。部屋に、忘れてきた? いや、そんなはずはない。盗まれたとも考えづらい。この宿はほぼ私たちの貸し切りで他の客はない。従業員もわざわざお得意様の物を盗む理由も必要もない。玄関のカギは内側からかかったままだから、外から盗みが入った形跡もない。
「じゃあやっぱり部屋、か?」
なんともまあ締まらない話だ。二階の部屋に戻るにはまた食堂を経由しなければならない。もう一度食堂に立ち入る勇気は私にはない。どうする。恥を忍んで戻るか。
「お探し物は、これですか?」
しばらく逡巡していたら、後ろから声が掛けられた。振り返ると、両手に私の荷物を抱えたムトがふくれっ面で立っていた。
「こんなことになると思って、出入り口付近を探したら案の定です。まったく。勝手に飛び出さないでください」
近づいてきた彼が、叩きつけるように私に勢いよく荷物を差し出す。
「昨夜言いましたよね。僕はあなたについていくって。もう忘れたんですか?」
「でも・・・」
「言い訳は結構です。代わりに、報酬を弾んでください。僕は、傭兵なので」
「生意気言いやがる」
ムトの後ろからテーバが笑いながら現れた。そのさらに後ろからモンドが現れ、ムトの頭を雑に撫でた。
「テーバさん、モンドさん」
「俺たちだけじゃないぞ」
モンドが振り返ると、奥からぞろぞろとアスカロンの団員たちが荷物を抱えて現れた。
「何で、皆さん、どうして・・・」
絶句する私の前に、団員達が整列した。
「あのな、あんたがどれだけの覚悟を持って『謝らなければいけません~』って言ったか知らねえけどな。そんなもん、こっちはとっくに気づいてんだよ」
テーバが似てない真似をしながら言った。
「え、気づいて、え?」
もしかして、プラエやギースから聞いていたのか? 尋ねると、二人とも首を横に振った。
「舐めんなよ若造。積み重ねたキャリアが違うんだよ。団長の考えていることぐらいわかってるっつの。バレバレだっつの。全てわかったうえでこれまでついてきたんだよ」
「騙すなら、最後まで騙し通すべきだな」
テーバの後をモンドが引き継いだ。
「俺たちを利用しつくすべきだ。なのに巻き込まないようにと出ていこうとする冷徹になり切れない甘ちゃんが、どうしてカリュプスを討てると思い込んだのだろうな。勘違いも甚だしい」
そうだそうだ、と後ろからヤジが飛ぶ。
「いつだったか、ギースが言ってなかったか。復讐してやりたいのは、俺たちも同じなんだよ。団長だけの問題じゃない。団長が俺たちに謝るべきは、相談もなしに勝手にハーミット何某の話を聞きに行って決めてきたことだ。どうせプラエ同様に反対されると思ってたんだろう」
図星なので黙るしかなかった。
「馬鹿野郎。言っただろう。俺たちは、団長の指示に従うってな」
「でも、さっきは反対してたじゃないですか」
「そりゃするさ。かなり危険だからな。でもな、反対するから議論しないってのはおかしな話だろう? これまでの依頼でも反対意見は何度もあったぞ。いつもの団長ならもっと上手く俺たちを乗せて、参加させるように持っていけたはずだ。最低一万枚の報酬の話で釣ってもいいし、勝算が高いというメリットを推してもよかった。それでダメなら、って出て行っても遅くはないだろうが」
ぐうの音も出ない。そんな私の肩をモンドは軽く叩いた。
「指示をくれ。団長」
モンドの顔を見返す。テーバを、皆を、そしてムトを見る。皆笑っていた。ああ、くそ。死ぬかもしれないってのにこの馬鹿野郎どもが。また甘えたくなってしまうじゃないか。せっかく、切り替えようとしていたのに。
再び熱くなってきた目頭を隠すようにして彼らに背を向ける。
「目的地はカリュプス。依頼主たちと合流し、城へ潜入。そして、私たちの人生を狂わせた依頼を出したカリュプス王を討ちます」
いつもの返事を背中に受け、私はドアを開けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます