第233話 その先がたとえ地獄でも
廃墟からの帰途。私は頭の中でハーミット、イディオらの話を反芻していた。
彼らの目的はカリュプス王の首、加えて現カリュプス政権の打倒。そのために大規模な反乱もどきを準備し、兵をおびき出して、その隙に手薄になった王都へ侵入する。
私に依頼した理由は二つ。一つは確実に王都とつながっていない、裏切る心配のない戦力として。もう一つは侵入経路に潜んでいるかもしれない『怪物』対策として。
「正直、信ぴょう性は疑わしいんだがな」
怪物の話に、イディオはそう付け足していた。
「万が一、もしかしたらいるかもしれない、くらいの話に思っておいてくれ。だから、メインは頭数の方だな」
「他に参加する傭兵団はいるのですか?」
「ああ。四つほどの団が参戦する。合計が、大体百名ほどだな。すでにカリュプス近郊に潜み、我らの到着を待っている」
「私が尋ねるのもなんですが、裏切る可能性は?」
金に忠誠を誓うのが傭兵なら、その金で簡単に寝返るのも傭兵だ。傭兵の最低限の義理があるにはあるが、それは特別な拘束力があるわけでもない紳士協定のようなものだ。破ろうと思えば簡単に破れる。
「ない」
ハーミットが断言した。
「かなり念入りに調べたからな」
「私もですか?」
私がカリュプスの火種の事を調べ始めたのはごく最近だ。尋ねるとハーミットはいいや、と首を横に振った。
「貴公らは、正直に言えば誘う予定はなかった。他の傭兵団のように調査する時間がなかったからな。だが」
ハーミットがイディオを見た。
「俺がハーミットに頼んだ。あんたの存在を知ったのは、俺の方が先だったからな」
「殿下が?」
「殿下はよせ。イディオでいい」
「ではイディオ。どうして私を引き込もうと?」
「実力については疑いようのない団なのは、以前から知っていた。では信用できるかどうかだが、俺たちの情報を集めているあんたの目を見て決めた」
「私の目ですか。どこか変わってましたかね? いたって普通の目つきだと思いますが」
「気づいていないのか。あんたの目には火が灯っている。憎しみの炎だ。恨みを買うような活動はまだしていないからな。恨みの元はカリュプスにあるんだろう?」
イディオが伺うようにこちらの顔を覗き込んだ。
「カリュプスに同じく恨みを持るのなら、あんたは俺たちを利用はしても裏切りはしない、最低でも敵対はしないだろう。ならば、その戦力を有意義に使わせてもらおうと思ったわけだ」
「そちらも、私を利用する、という事ですね」
「そういうこと」
話は終わりとばかりにイディオが部下を連れて廃墟から出ていく。
「我々はこのままカリュプス領に向かう。依頼は、貴公らの参戦をもって受注したとみなす。報酬は後払いになるが、最低でも金貨一万枚は約束しよう。合流地点は先ほどの地図にあった堀の前にある水門管理小屋だ。明日、いや、今日の深夜零時に内乱作戦が開始される。王都から内乱が起こる場所まで丸一日。ゆえに、王都の守りが最も薄くなるのは二日後となる。受注する意思があるなら、それまでに到着してくれ」
最後に残ったハーミットはそう告げて立ち去った。
宿のランタンの明かりが見えてきた。その明かりが作る長い影が、私の足元まで伸びていた。
「おかえりなさい」
宿の前で、ムトが待っていた。
「ムト君。どうして」
「すみません。こんな夜更けに出かけるのが見えたものですから、心配で」
「わざわざ待っていてくれたのね。ありがとう」
「い、いえ」
ムトは自分の手元と私の顔とを、何度も視線を行き来させていた。
「何か、聞きたいことがあるのでは?」
「それは・・・」
彼の中で、いくつもの質問が浮かんでいる。
「よろしいですか?」
意を決したようにムトが顔を上げた。
「ええ。答えられることであれば」
「この外出は、何らかの依頼に関連することですか?」
頷く。
「その通りよ。今日の昼に接触し、詳しい話を聞きたければこの時間に所定の場所に来いと指示を受けた」
「この依頼は、プラエさんと喧嘩されたことと関係していますか?」
「・・・聞いてたの」
「今日のミーティングが終わったあたりからお二人の様子がおかしかったので『メアリー』を」
彼が取り出したのは、以前敵が持っていた盗聴を可能とする魔道具だった。それで私たちの部屋での会話を盗聴していたらしい。
「女の部屋を盗聴するなんて、良い趣味じゃないわね」
「すみません。でも、プラエさんが団長に対してあんなに声を荒げるなんて尋常ではないと思いました。それに、気になってたんです。プラエさんの部屋、キレイなままだったから。いつもなら部屋に到着して一時間もしない内に汚す臭うは当たり前、時に爆発まで起こすのに、それが一切なかったから、これは一大事だと」
そんなところから異変に気付かれるとは。
「カリュプスって、皆さんと因縁のある大国ですよね。それに、以前リュンクス旅団やパンテーラの人から聞いた話では、内乱の予兆があるって。もしかして、その内乱と関係が?」
「察しがいいわね。その通りです。依頼者はカリュプスの第二王子とその側近。依頼内容は彼らに協力し、カリュプス王と現政権の打倒」
声は出さなかったものの、彼の表情からかなりの衝撃を受けたことがわかる。五大国の一つを打倒するなんて、ありえない依頼だ。
「受けるんですか?」
「正式な受注はしていない。けど、受けるつもりでいる」
黙ってしまったムトの前を通り、宿のドアを開く。
「明朝、皆の前で話をする。その時に、団を抜けたければ抜けてもいいとも話をする。あなたも、明日までに考えておいて」
佇んだままのムトに告げる。
「正直、命の保証はできない。それくらい危険な依頼になる。あなたは、私たちの因縁には関係ない。関係ないことに巻き込まれて、命を落とす必要はないから」
「団長」
ゆっくりと閉まろうとしたドアを、彼が手を差し込んで止めた。
「以前もお伝えしましたが、僕は、あなたについていきます。それが地獄の底であろうと、どこまでもお供します。だから、関係ないだなんて言わないでください」
まっすぐな瞳が、私を見つめていた。
「馬鹿ね」
彼から視線を外し、二階の部屋へ向かう。少しだけ、階段を上がる足が軽くなった気がした。
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