第232話 循環システム
「昨今のカリュプスの状況を知っているかな?」
ハーミットが私に問いかけた。少し思案し、正直に答えておく。知らないふりをすることもできたが、あまりに知らなすぎると逆に警戒されるか、情報収集を怠っていると思われかねない。
「国内では税収が上がり国民の不満が高まっている事。アーダマスとの仲が悪くなって、近々衝突に発展する可能性がある、という事。そして、内乱の兆しがある、という事でしょうか」
目の前に内乱を起こそうとしている張本人がいるのだから、気づかないとは言えない。
「概ね正解だ。そして、それらの問題の原因は一つ。現国王にある」
「良いのですか? 王族の前で国家反逆罪に問われそうなことをおっしゃってますけど」
ちらとイディオを見ながら言う。彼は軽くため息をつきながら「良いんだよ」とプラプラと手を振った。
「そもそも、クーデターを企てているんだ。批判、悪口の一つや二つなんざ可愛いもんさ」
それもそうだ。視線をハーミットに戻す。
「数年前、王は秘密裏にドラゴンの卵を手に入れ、それから変わってしまった。余程アーダマス王をやり込めたのが快感だったらしく、以降金に糸目をつけずに希少品を収集し始めてしまったのだ」
「それまで、アーダマスで行われていた展示即売会は、アーダマス王の自慢のコレクションを発表するだけの会合だったからな。これに関しては、他の国の王も面白くなかったに違いない」
ハーミットの話にイディオが補足しながら話は進む。
「王の散財は留まることを知らず、本来の用途が決まっている国家予算を削ってまで希少品収集に乗り出している」
「特に削られているのは国防費、軍を維持するための金だな。まあ、仮初でも平和な時代、一番金を食うのは兵士の維持費だ」
辺境軍の食事が日に日に質素になっていったよ、とイディオが愚痴る。
「それでも、最低限の保証をしなければ兵士の士気に関わる。失った分を補填するために、税が上がった。税が上がれば物価も上がる。物価が上がれば民草の財布のひもは固くなる。物が売れないから店は品物の値段を上げて一度の売買で利益を出そうとするが、消費者の財布はさらに固く閉じられ、物価はさらに上がる。税は支払わなければならないのに、支払うための金が流れてこないから店は潰れる。店が潰れれば働いていた人間は収入を失って路頭に迷い、その人間が買いに来ていた別の店は客を失い潰れる。同時に、作物や加工物を作っている農家などが仕入れ先を失い、これもまた潰れる。こういった悪循環がすでに辺境では生まれている。いずれ、王都近郊でも現れるだろう」
金は、動物でいうところの血液、自然でいうところの水と同じだ、と何かの本で読んだことがある。血が滞れば動物の体は壊死するし、水が滞れば淀み、大地は乾いて死ぬ。金が滞れば、経済が淀み、国が死ぬ。
故に、金は循環させなければならない。自分の支払った金が誰かの稼ぎになり、誰かの支払いになり、そしてまた別の誰かの稼ぎになる。無駄遣いを推奨しているのではなく、生きた金の使い方をすることで経済を活性化させて国を豊かにすることで、その国に住む人間が豊かになるような循環システムを構築すること、それが国や政に携わる人間がなすべきことで、そのために生きた金が給料として支払われているはず、とその本は締めくくっていた、気がする。
「取り返しがつかなくなる前に、止めなければならない」
ハーミットが固く拳を握った。
「すでに、辺境軍やその領地を守る貴族は我らの理念に賛同し、同志となった。今回の反乱も、彼らの協力のもと行われる偽物だ。王都の軍が到着する直前に予定通り鎮圧される事になっている」
「鬱憤が溜まっていたのを、利用した形さ。辺境の人間は、長年敵国に面し、有事の際は最前線で国を守る防波堤の役割を担ってきた。なのに、王都の連中からは田舎者扱いされ、さらには飯まで奪われつつある。鬱憤もたまるってもんだ。それは兵士も同じ。日々厳しい訓練に明け暮れ、命がけで国を守っているのに、無駄飯食いに払う金はない、と言われているようなものなんだからな」
そこに、イディオが現れた。王族でありながら、自分たちの境遇を憂いてくれる人間が。これほど担ぎ上げるにふさわしい神輿はないだろう。
「それだけ協力者がいるのなら、傭兵に依頼する理由は何ですか? あなた方の力だけで王都を制圧できそうな気がしますが」
「理由は二つ」
ハーミットが指を二本立てた。
「まず、辺境軍や領地を守る貴族の配下には、王都から派遣された部下が混ざりこんでいる。部下は二種類。正式な辞令によって配属された者、そして、秘密裏に潜入している者だ」
「王都も、辺境にいる貴族を完全に信頼しているわけではない、という事ですか?」
私の疑問に、察しがいいな、とイディオが答える。
「その通りだ。辺境の一領主であっても、収める領土は小国と変わらないところもある。良くも悪くも監視は必要だ。不正を働く輩が出ないとも限らないし、妙な動きをすればすぐさま王都から監査、そして兵が派遣される。今回の反乱もどきも、慎重に慎重を重ねて準備をしていた。我々に同行する兵員は密告の心配のない者たちを厳選した。それ故に、同行する人数は少ない。色々と秘策はあるものの、王都を突破するためにはある程度の人数は必要だ。そこで傭兵を雇う、という話につながる。良くも悪くも、忠義でも理想でもなく、金で傭兵は動く。なら、金を支払っている間は裏切る心配がない。そうだな?」
「ええ。最低限の義理はありますので。・・・それで、もう一つの理由は?」
理由は二つとハーミットは言っていた。
「もう一つは、我々が侵入するルートにある。まずはこれを見てくれ」
ハーミットが部下に指示を出す。彼らが木製の机を私たちの前に設置し、羊皮紙をその上に広げた。
「これは、城の見取り図ですか?」
右側には白を俯瞰で見た構図が書かれている。各階層を輪切りにしたような形だ。左側は城を中心とした城下町の俯瞰図になっている。
「そうだ。ここを見てくれ」
ハーミットが指を指し示す。
「カリュプス城は周囲に堀があり、水が満たされている。普通に入るには跳ね橋を通るしかない。だが、地下には緊急脱出用の通路が伸びている。ここだ」
彼の指がゆっくりと動き、まさにその堀のど真ん中で止まった。
「堀、ですけど」
「ああ。その通りだ」
念のため尋ねたが、間違いではないらしい。
「我々はここから侵入する。通路は離れにある図書館につながっており、そこから回廊を伝って本丸へ向かう。この日、王はパーティーを開いているはずだ。そこを強襲し、一気に王の首を取る」
「計画はわかりましたが、聞きたかった答えがまだです。私たちに依頼する理由です」
これに対しては、ハーミットではなくイディオが答えた。
「これはあくまで噂なんだが。この地下通路には『怪物』が出るらしいんだ」
「『怪物』?」
「ああ。一階に常駐する兵や使用人たちが噂しているらしい。夜な夜な地下から、低いうなり声のようなものが聞こえると。彼らは当然地下通路の事など知らないから、過去の怨念がどうの、という噂になっている。それとは別に、もう一つ噂がある。王が集めている希少品の中に、怪物を操る魔道具が存在する、と」
表情が自然と険しくなる。最近、そのせいでひどい目に遭ったところだ。私の反応を見ていたイディオが「心当たりがあるようだな」と見抜いた。
「王はその魔道具を用いて、怪物を飼いならしているのではないか、という噂だ。夜な夜な聞こえる不気味なうなり声、そして飼いならされた怪物の噂。この二つは同じ出所だと考えている」
「つまり、地下通路にそいつが放し飼いになっているのではないか、という事ですか?」
「ああ。怪物の噂と並行して、時々、罪人や家を失った浮浪者が消える、という話も耳にする。もしかしたら、そいつの餌になってるんじゃないか、というのは考えすぎだと思うか?」
胸くそ悪い話だが、十分にあり得ることだと思う。
「では、私を雇う理由は」
イディオが頷く。
「このリムスで最も多く、多種多様な怪物との交戦経験のある龍殺しアカリに、怪物退治を依頼したいんだ」
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