第231話 深夜二時の会合
深夜二時。
指定された場所に足を踏み入れた。ここに到着するまで、ずっと考えていたのはプラエとのことだ。もっと上手く話していれば説得できたのではないか。話の持って行き方を工夫していればこじれずに済んだのではないか。そもそも彼女の言う通り関わらない方がよかったのか。せめて、もっと調べてからの方でよかったのではないか。いくつもの分岐点と、いくつものもしもを、頭の中で何度も組み替えながら最良のあったかもしれない今を想像して、そんな自分に嫌になる。
過去が変えられるわけはなく、自分の発言がなかったことにはできない。私の事をずっと助けてくれたプラエに、私は酷い言葉を投げつけた。いまだ心臓がバクバク脈打つほど動揺するくらいなら、なぜあんなことを言ったのか。
それ以上に何が嫌って、そんなことを考えているくせに、指示のあった場所に一人でのこのこ来ているという私の愚かさだ。彼女の優しさや友情を無駄にしてまで、復讐の意義は、必要はあったのか。
いや、捨てられるわけがない。今の私を作っているものもまた、この愚かな復讐心なのだから。
悶々と答えの出ない心の迷宮をさ迷っていると、人の気配がした。
「待たせて申し訳ないな」
暗闇の向こうから声が掛けられる。かすかな星明り、薄暗がりの中で、周囲の黒よりわずかに濃い影が動く。目を凝らせば、濃淡の違うシルエットがいくつか存在する。三、四人くらいだろうか。
「そちらの人数は?」
「安心してください。私だけです」
影の問いに答える。
「団長とはいえ女性が一人で、不用心ではないか?」
「お気遣いどうも。一応、近くに待機しているのでご心配なく」
はったりだった。この会合は、団員たちに秘密で出かけている。本当に何を今更、誰に気を使っているのか。利用すると決めたのなら、割り切って考えるべきなのに。それともプラエに対する罪悪感か? 本当に自分の事がわからない。まだ動揺が抜けきっていないのだろうか。さっきからずっと、理解に苦しむ行動ばかりとっている。
「こちらも、そちらに気を使ったつもりです。クーデターなんて穏やかじゃない依頼、聞かれる人間は最小の方がよいでしょう? もちろん私もここでの話を外に出さないと約束します。それに、あなた方もわざわざクーデターに協力しようって相手に対して、害をなすような真似はしませんよね?」
こちらが下手な真似をしない代わりに、そちらも、仮に私が依頼を断っても馬鹿な真似はしないよな、とけん制しておく。口約束にどれほどの効果があるかはわからないが、しないよりはましだ。秘密裏の会合を選んだ向こうも、ここで派手に暴れられて人目についたり、正体が露見するのを嫌うはずだ。
「お気遣い痛み入る。我々としても、こちらを信頼してきてくれた貴公に対して無粋な真似はしない。何より龍殺しと事を構えるつもりはないよ」
早速話を進めよう。そう言って影が動く。ぽう、と部屋に蝋燭の火が灯る。小さな明かりだが、周辺を照らすには充分だった。
目の前には、想定通り四人。私に声をかけてきた壮年の男。その後ろにローブを纏った若い男が一人。その男の両脇を固めるように二人、おそらく護衛。となると、奥にいる男が最も地位の高い相手となる。
「まずは自己紹介しよう。私の名はハーミット。私の後ろにおられるのが、カリュプス国第二王子イディオ・カリュプス殿下にあらせられる」
カリュプスの王子、だと。
護衛が突然身構えた。彼らの視線は、私の手に向けられている。見れば、無意識のうちにウェントゥスの柄に左手が添えられていた。瞬時に頭を回転させ、右手で敵意がないことを示すように手を上げる仕草をする。反対の柄に伸びた左手をそのままスライドさせ、ウェントゥスを外して地面に置いた。
「警戒させて申し訳ありません。王族を前にして、帯刀は不敬かな、と思っただけ」
嘘だ。無意識に剣が手に伸びる程なのだから、いつその剣を振りかぶるか自分でもわからない。それだけ、カリュプスという存在は刺激が強いのだ。
冷静になれ、と自分に言い聞かせる。王子の両隣の護衛は、私のかすかな動きにすら反応し、警戒していた。目の前のハーミットも負けず劣らずの相手だ。その三人を相手にして王子を討てるとは思えない。それに、彼らは仮に私がここに団員を複数人連れてきて、襲い掛かってきたとしても逃げられる自信がある。他にも色々と仕掛けているに違いない。殺すにしても、まずは奴らから情報を聞き出さなければ。
「どうぞ、続けてください」
内心の感情を押し殺して、余裕ぶった顔で促す。
「わざわざ敬意を払ってもらって申し訳ないが、俺にそこまでの価値はないぞ」
イディオが皮肉気に口を歪めた。ハーミットが窘めるように言う。
「王子、卑屈になるのはおやめください」
「卑屈にもなる。これまで俺が王宮でなんと蔑まれてきたか、お前も知っているだろう」
イディオが私に言った。
「肩書こそ王族だが、俺の母は貴族ですらない、平民だ。所謂、妾の子というやつだ。王も兄も弟も、俺を家族とは思っていないさ」
俺も思っていないけどな、とイディオは続けた。
「十年前まで、俺は母と二人で貧しい暮らしをしていた。母が病で死んで、どう生きていくかと悩んでいた時にハーミットが俺を見つけ、そこでようやく父親の事を知った。使い捨ての道具みたいに俺の母を弄んで捨てたのが、よりにもよってカリュプス王だったわけだ。後はまあ色々あって、今はカリュプス辺境軍を率いるお飾りの将軍の地位についている」
「お飾りではありません。紛う事なき貴方の実力で勝ち取った地位です」
「はいはい。わかってるさ。ま、そんなことはどうでもいい。話を続けようぜ」
イディオに言われ、ハーミットが咳払いして頷く。
「なぜカリュプス辺境軍の将軍が、中立国であるコンヒュムに来ているんですか?」
「まずは、そのあたりから話そうか」
ハーミットが言った。
「我々がここにいるのは、これから起こる内乱を鎮圧するためだ」
「これから? どういう意味です?」
これから起こる、なんてまるで未来が確定したみたいな話ではないか。
「明日、カリュプスの同盟国、ナワイ、クシャ、リューケイの三国で同時に内乱が起こり、三国はカリュプスに援軍を求める。三か所同時の内乱のため、辺境軍だけでは数が足りないので、我々は王都に援軍を求める」
しかし、とハーミットはつづけた。
「これは全て、我々が仕組んだものだ。我々の目的は内乱の鎮圧ではない。出兵によって手薄になった王都に舞い戻り、王宮を制圧する」
王宮を、制圧。それの意味するところは、つまり・・・。視線をハーミットからイディオに移した。彼は頷き、断言した。
「我々の目的は、カリュプス王の暗殺だ」
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