第229話 一週間後の話
空は曇天が広がっていた。
私の前に二名、後ろに二名。屈強な兵士が私を取り囲んでいた。前にいる一人が、手に持っていたロープを強く引く。ロープは私の手首にかかった手錠につながっていて、意思とは関係なく腕が跳ね上がり、脱臼しそうなほどの力が肩にかかった。ひかれた腕につられて上半身が前に泳ぐが、下半身は前に進む力に追いつけず、つま先がつんのめってしまった。
無様に倒れ伏す私に、周囲から嘲笑が浴びせられる。怒りと憎しみの込められたものだ。
「さっさと立て!」
再びロープが引かれ、腕がきしむ。両腕を引かれたままでは、手をついて立ち上がることができない。芋虫のように体を這わせて少しでも近づき、肘をついて体を起こそうとした。そこで再びロープが引かれ、私は再び地面に顔をこすりつけることになる。再び嘲笑が広がる。
よろよろと立ち上がり、私は兵士にひかれるままに道を進む。途中、何かが私に向かって飛んできた。腕を塞がれている状態では防ぐことも出来ず、躱す気力もない私にそれは直撃した。痛みはさほどないが、べちょりとした不快感が頭と顔に広がる。そして同時に鼻を歪めるような悪臭が漂う。腐った卵だ。投げた者と目が合う。小さな子どもだった。
どよめきが広がり、やがて歓声に変わった。よくやったと、誰かが卵を投げた子どもを褒め称えた。それを皮切りに、色んな物が罵声と共に投げつけられる。
「魔女め!」
腕に石が当たりあざが生まれた。
「お前のせいで、俺たちの生活は滅茶苦茶だ!」
胸に当たったトマトの汁が服を染めた。
身に覚えのない罪が次々と私に突き付けられる。全て冤罪ではあるが、どれほど言葉を重ね証拠を提出しても聞き入れられることはないだろう。
「止めろ! 連行の邪魔だ!」
投げつけられる物が無くなったのを見計らって、兵士が叫ぶ。再び、私は兵士によって連れていかれる。
憎悪が満ちる人垣をかき分けて進んだ先にあったのは、広場だ。大通りの中心で、普段は多くの人が行き交い活気あふれるその場所に、今は多くの財が山積みになっていた。私に憎しみを向ける者たちから絞り取った税が姿を変えた贅を凝らした品々だ。
これらの財が、今から灰になるという。もったいない話だ。だが、そうすることで民へのアピールになる云々とあいつが言っていた。私の目の前にいる、裏切者が。
「見えるか、龍殺し」
薄笑いを浮かべながら、裏切者は私の顎を掴み、強引に上を向かせた。
「あそこが、お前の死に場所だ」
山のように高く積まれた財の頂上に、一本の柱が立っている。
「あそこでお前は、炎によって処刑される。国を傾けた魔女に相応しい死に方だ。そうは思わんか?」
「贅沢な話ね」
裏切者に向かってほほ笑む。
「そこに転がる品一つで、後ろで騒ぐ連中が一生働かなくて済むほどの金がかかっているのに。そんなものと一緒に燃やしてくれるなんて、豪勢な葬式もあったものだわ」
「ふん。泣いて許しでも乞えば、まだ楽に殺してやったものを。その減らず口のせいで、煙にいぶされて長時間苦しみ、体に炎がまとわりついて、全身の皮膚が焼け爛れてもまだ死ねない。そんな生き地獄を味わうことになる」
「哀れに思うなら、さっさとこれを外してくれない?」
手錠を奴の前に掲げてじゃらじゃらと鳴らす。
「仮に俺がそれを外したら、どうする気だ?」
「決まってる。あなたの首をへし折り、後ろの兵士どもを切り倒し、こっちを見て騒いでいる連中を私の代わりに燃やしてあげる」
「そうやって混乱を起こすことで、仲間が逃げる時間を稼ぐというのか? 最後の最後まで、いじらしく、愚かな女だ」
「あなたには、きっと一生わからないでしょうね」
「わかりたくもない。兵士の代わりはいくらでもいる。だが、上に立つ者の数は限られる。特に、俺の様な立場の人間は二つとない。その俺自身を守るためなら、兵士の命などいくらでも使い捨てなければならない。王とは、時に非道でなければならないからな」
連れていけ、と奴が兵士に命令する。急ごしらえの階段を登り、私の体は柱の半ばに括り付けられた。つま先が少し浮いていて、体重が体を縛るロープにかかって食い込む。私のそんな姿を見て満足そうに裏切者は頷いた。松明を掲げ、民衆に向かって叫ぶ。
「これより、カリュプスを大混乱に陥れた大罪人、傭兵団アスカロンの団長、龍殺しアカリの処刑を執り行う!」
これまで以上の歓声と拍手が広場に満ちた。
反対に、私の心は凪いでいた。やるべきことは全てやりきった。後は、皆が逃げ切っていてくれることを、生き延びてくれることを祈るばかりだ。
「魔女よ! 己が罪と共に、炎に焼かれるが良い!」
松明が投げ入れられる。炎が撒かれた油にそって走り、財に燃え移っていく。
燃え朽ちていく財を呆然と眺めていた時、眼がそれを捉えた。
全ての始まり。復讐の旅路の原因。
「また、お目にかかれるとは思わなかったわ」
あれから何年経ったのか。それは一切姿形を変えず、ずっと存在したのだ。
「最後の晩餐が奴の卵の目玉焼きか。悪くない」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます