灰燼の荒野にて、災厄は萌芽する

第228話 雑談

「龍の生まれた日?」

 食事中の、何気ない雑談だった。ふいにティゲルが「そういえば~」とドラゴンにまつわる話を切り出したのだ。私がおうむ返しに尋ねると、彼女は頷き、話を続けた。いつもの間延びした話し方は少し影を潜めて、しっかりとした説明するときの口調だ。

「このリムスにおいて最強の生物たるドラゴンですが、実は人類の歴史と不思議な因果関係があるんです。実は、歴史が動くような大きなターニングポイントが発生した時、なぜかドラゴンが活性化するんです。小型のドラゴンの群れが大陸の端から端へ大移動をしたり、珍しいドラゴンの目撃情報が増加したり、です」

 例えば、と彼女が記憶を探る。

「リムスに百の国家が存在し、際限ない争いを続けていたころ。実は、ラーワーは滅亡の危機に瀕していました」

「そうなの? 想像つかないわ」

 大国としてのラーワーのイメージがあるので、滅びかけていたなんて嘘みたいだ。

「当時、ラーワーはメサ、ギナウ、ラッシーガという三つの国に囲まれていました。特にメサは他の国より大きく、しかも製鉄技術に優れていました。いつメサがラーワー含めた三国を併呑し、他の国へと手を伸ばすかが周辺諸国の大きな関心で、メサにいつ滅ぼされるかわからないラーワーなど誰も注目していませんでした。そして準備を整えたメサは遂にラーワーへ侵攻。ラーワーを飲み込み、そのままギナウ、ラッシーガに攻め入る勢いでした」

 ですが、そうはならなかったのです。ティゲルは一度言葉を切った。

「ラーワーの祖である建国王サルーヴ・ラーワーは、戦の前日、不思議な夢を見たと言います。夢の中に真っ白なドラゴンが現れ、ラーワー領内にあるもっとも高い山に降り立ったのです。何かの啓示に違いないとサルーヴは自軍を山に布陣させ、メサを迎え撃ちました。彼我の戦力差は五倍から十倍、まともにやり合えばメサの勝利は動きません。麓に布陣したメサ軍がラーワー軍を飲み込もうとした、その時です。サルーヴが夢に見た真っ白なドラゴン『ニンヒェム』が空から舞い降りたのです」

 ニンヒェム。嵐と同一視される、ドラゴン最上種の一種だ。メサ軍がどれほど精強で大軍であろうとも、ニンヒェムの出現に大きな動揺が走ったことだろう。

「ニンヒェムはメサ軍に襲い掛かり、戦場は大混乱に陥りました。ですが、不思議と襲われるのはメサ軍のみで、ラーワー軍は襲われません。そんな状況の中、サルーヴは戦況を冷静に見極め、メサ王がいる本陣が他の部隊と引き離されたのを捕捉しました。ラーワー軍は一直線に本陣へと切り込み、メサ王を討ったのです」

 王を討たれたメサ軍はニンヒェムに受けた打撃もあり降伏、そのままラーワーはメサを併呑し、ギナウ、ラッシーガを次々と飲み込んで、今のラーワーの礎を築いた。

「暴れていたニンヒェムはどうなったの?」

「その後の事は詳しくは資料にありませんでした。戦争が終わった時には、もうその場にはいなかったとか」

「俄かには信じられないわね。ドラゴンが特定の軍の味方をするなんて」

「大昔の話ですので、どこまでが本当の出来事かは定かではありません。事実、研究者の中には、ドラゴンが加勢したのは王家を神聖化するために作った架空の物語で、それを事実にうまい具合に組み合わせて作った戦記だという者もいます」

「でしょうね。でも、事実に混ぜたってことは全てが嘘ってわけじゃない」

「お察しの通りです。ラーワーが滅亡しかけていたこと、そしてメサ軍が攻め入ったのを返り討ちにしたのは、様々な資料から見ても本当の出来事です」

「敗色濃厚な場面から逆転したっていう戦術が気になるわ」

「一説によれば、現れたのはニンヒェムではなく、雪を伴った嵐だったと言われています。視界を覆うほどの雪にメサ軍は見舞われ、また大規模な雪崩が発生した。そのせいでメサ軍本陣が孤立し、そこを隠れていたラーワー軍が強襲したのではないかと」

 織田軍と今川軍が戦った桶狭間の戦いみたいだな。もしくは三国志時代の赤壁の戦いか。二つの戦の共通点は天候だ。桶狭間では雨に紛れて織田軍が今川軍本陣を強襲し、赤壁の戦いでは普段は吹かないはずの風を蜀の軍師が予測し、吹いたことで火攻めが成功したと学んだ。

「ラーワー王は優れた学者でもあったので、この説が生まれました。ラーワー王の伝記にも、王が雨が降ると言えば降り、晴れると言えば晴れたと記述があります。おそらく、嵐になる天候を予測し、また雪崩が起きやすい場所にメサ軍を誘導するために山に布陣したと見られています」

「天気まで予測するなんて、ラーワー王は確かに優れた学者であり、名軍師でもあったわけね」

「ええ。私も見習いたいです。でも、ラーワーの民の大半は、やはり王が運命に選ばれし英雄だからニンヒェムが現れたのだ、と思っています」

「その方が物語としては面白いしね」

「ええ。演劇で必ず上演されるほど有名な物語ですので。また面白いのがですね。他の国にも、同じような話が残っているという点です」

 そう言ってティゲルが指折り数える。

 金銀財宝をため込んだ黄金のドラゴンが、貧困にあえぐアーダマスを哀れに思い金山の場所を教えた。

 干ばつで苦しんでいたヒュッドラルギュルムに青いドラゴンが現れ、雨を降らせて巨大な湖を作った。

 敵の策に陥り逃げ場を無くしていたアウ・ルム王の前に土中からドラゴンが現れ、その穴を通って撤退に成功した。

 カリュプスの土地はもともと荒れた大地だったが、ドラゴンの群れが押し寄せ、走り回ったことで耕され、肥沃な大地に変わった。

 どの逸話も、国家の危機、歴史的な事件だ。ドラゴンが助けていなければ、五大国の勢力図が変わっていたかもしれないし、極端な話別の国が五大国となっていたかもしれない。

「またこの前行ったプルウィクスにも、魔術師の夢にドラゴンが現れ知恵を授けて、その魔術師は歴史的な大発明をしたとか。また、これから向かうコンヒュムはそのドラゴンを神として崇める龍神教を信仰しています。ですので龍神教の教皇がコンヒュムを統治しています」

「各国にそれだけドラゴンの逸話があれば、コンヒュムが中立を保てている理由もよくわかるわ」

「ええ。多くの国に教会がありますし、王侯貴族の中にも信者がいるほどですから。まあ宗教を利用している、という側面もありますが、これはコンヒュムも他国もお互い様でしょうか」

 それは仕方ない。国が純粋に布教活動に協力しているわけではないだろう。国は常に利益、国益を考えなければならないのだから。

「各国のドラゴンの逸話は多くあり、またその中には裏付けるような記録が存在します。勇名なのがこのリムスが五大国のもと平和を維持できているのは、ドラゴンの出現によって生まれた事です」

「ドラゴン出現が平和につながったの?」

「はい。五大国による最大の決戦が起きようとした直前、各地でドラゴンが暴れ始めたのです。それはもう、狙ったかのようにほぼ同時に。被害は甚大で、各国はその対応に追われ、軍に割ける人員は減少、戦争が出来ないほど国力が弱体化したのです。それで、各国は停戦協定を結び、今日に至ります」

 平和の鳩ならぬ、平和の龍か。なんだかお土産物屋にあるキーホルダーのモチーフになりそうだ。

「こんな風に、歴史の節目節目でドラゴンが現れるので、何らかの因果関係があるのではないか、と考える者は少なくありません。だからこうも考えられます。ドラゴンの目撃情報が増え、被害が増大し始めたら、何か大きな事変、それこそ戦争でも始まるのではないか、と。そのターニングポイントとなった日こそが『龍の生まれた日』と呼ばれるんです」

 こじつけの様な気もするが、何かがある日は特別だと思いたいのはどこの世界でも同じだ。特別とは、きっと人々の願望が作り出す幻想なのだろう。

 まあ、何でもいい。ドラゴンが出れば、我々の独占市場。稼ぎ時なのだから。

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