第227話 火種

「俺たちをはめた黒幕の最後、確かに見届けてきたぞ」

 宿屋兼食堂で待機していた私たちのもとへ、砂漠からテーバが戻ってきた。その手には相手に幻を見せる魔道具『メンダシゥ』があった。あれでノリに幻のオアシスを見せ、『スカラバエウス』の巣のある方へ誘導したのだ。

「ありがとうございます。お疲れさまでした」

 他の待機していた団員たちも「お疲れ」と口々に彼を労わる。

「しかし何だな。自分に殺意を向ける人間の言葉を、あんな簡単に信じるもんかね普通。自分も騙してたんだから、相手も自分を騙しにくるとか、疑うもんじゃないのか?」

「人を騙す人間は、自分が騙されているとは露ほども思わないものなんでしょう」

「そんなもんかねぇ」

「ギースにも教えてやりたいわね。あのトリブトムに一泡吹かせたって」

 テーバに水を差し出しながらプラエが言った。もうすでに面妖な変装は解いている。水を受け取ったテーバは一気に飲み干した。ノリが来るまで、ずっと砂漠でスタンバイしてくれていたのだ。喉も乾く。

「それなら、イーナさんがこの街にあるフェミナン支部を通じて伝えてくれていますよ」

「噂のあの情報網ね」

 リムス中に支部を置く高級娼館フェミナンは、裏でスパイ活動を行っている。そのスパイたちがアウ・ルムに情報を送るための情報網のことだ。前回の依頼の報酬として、私たちはイーナを通じて特別に情報を得たり、また送ったりすることができる。

「ギースなら、きっと苦笑いしながらこう言うわよ。『私が殺してやりたかったのに』って」

「はは、ちげえねえ」

 プラエの妙にクオリティの高いモノマネを見てテーバが笑った。

「とりあえず、今回の依頼はこれで終了、ってことで、いいんだよな?」

 モンドが言った。

「ええ。色々ありましたが、これにてトリブトムからの依頼で始まった今回の案件は無事終了です。皆さん、お疲れさまでした」

 その言葉を待っていたかのように、団員たちが酒の入ったジョッキやグラスを掲げる。様々な因縁が絡む案件で、途中どうなるかと思ったが、終わってみればまずまずの戦果だ。

 憎きトリブトムには打撃を与え、私たちをはめたマグルオ、マディ、そしてノリには消えてもらった。ヒラマエに関しては別に許したわけではない。だが、トリブトム幹部を全員死なせてしまうと、末端の統制が取れなくなり、中にはトリブトムの評判が落ちたのを私たちのせいだと思い込む輩が現れ、恨まれる可能性がある。そんな部下の手綱を握る人間として奴は生かしておく方が都合が良かった。後は、傭兵らしく利を取った。トリブトムがこれまで蓄積してきた情報、特に動植物、ドラゴンに関する情報を提供するよう取引をした。

 報酬に関してだが、本来支払われるべき金は得られなかった。騙されていたわけだから当然アーダマスが払うはずがない。トリブトムに責任をとって支払わせようにも二人の幹部が死亡したゴタゴタ真っ最中のためそれどころじゃない。無理に取り立てをしようにも、『支払いが滞るほどの打撃を与えたのはそちらだろう』と切り替えされたら少々言葉に詰まってしまう程度には、やはり傭兵団の規模の差がある。評判が落ちたとはいえやはり大傭兵団、奴ら相手に『そもそもそっちが悪いだろう』と押し切れるほどの体力がこちらにはない。これは、リュンクス旅団もパンテーラも同じだった。ただ、タダで転んでやらないのが我々だ。

 後で知ったことだが、私たちがジュビア城を探索している間、プラエとティゲルを中心とした待機メンバーは付近を探索していた。時間が巻き戻って復活した森の中には、今では絶滅している希少な動植物が存在していたのだ。それらを採取し、保存用の溶液に漬け込んでおいたのが良かったのか、偶然にも時間を操っていた魔道具『砂漠の蓮』の影響を受けずに保存することができた。魔道具用に必要な分だけを残し、残りを売ったところ、今回の出費を補って余りある金額に変わった。嬉しい誤算だ。

 そして今回一番の収穫は、共に戦ったリュンクス旅団、パンテーラからの情報だ。

『カリュプス内で内乱の兆し。火種はコンヒュムにあり』

 一つの傭兵団からならただの噂かと心にとどめておく程度だった。だが、二つの傭兵団から同じ情報が得られた。その話を聞いた私を、プラエが鋭い目で見ていたのを、私は気づかないふりをした。

 火種はコンヒュムにあり。内乱の火種が他国にあるとはどういう事だろうか? 確認する必要がある。あくまで、確認するだけだ。次の行先は決まった。


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「ただいま戻りましたよ~」

 肩についた砂埃を払いながら、グリフは自分の雇い主の元へと戻った。薄暗い部屋の中に入ると、目の前には円卓と十三席の椅子が並んでいる。ティータイムだったのか、椅子に座っている者たちはお茶を嗜んでいたようだ。

「お疲れ様。どうだった?」

 座っていた一人が立ち上がってグリフを出迎え、自分の椅子を勧める。礼を言ってグリフは座った。

「いやあ、何とかご先祖様の心残りは断てました」

「やはり『砂漠の蓮』が原因だったのかい?」

「ええ。経年劣化で誤作動を起こしていたんでしょう。あのまま時間操作の範囲が広がれば危なかったかもしれませんね」

 彼の言う危なかったは二つの意味がある。一つはあのまま範囲が広がれば、アーダマスやコンヒュム、カリュプスにまで被害が及んだかもしれない、という意味。もう一つは彼らがやろうとしている計画に支障が出たかもしれない、という意味だ。

「でも、止めることができた」

「はい。・・・ただまあ、惜しいと言えば、惜しかったですけどね」

「確かにな。残骸も持って帰ってこられなかったんだろう?」

「あの状況では無理ですよ。アスカロンの団長がそばで目を光らせていたんですから。下手に動けば疑われます」

「君の変装もばれてしまっていたんだろう? よく無事だったな。彼女はそういう相手を信用しなさそうだが」

「必死に命乞いしましたから。というのは半分冗談ですけどね。こちらの有用性を話せば、すぐに理解してくれたみたいだから、こちらから敵対しない限りは殺す気はなかったみたいです」

 なぜか一発ぶん殴られましたけどね、とグリフは殴られた頬を掻いた。

「ふふ、どんな嘘八百を並べたてて有用性を示したのか教えてほしいな」

「失礼な。僕は嘘は一つもついてはいませんよ。ちょっと言葉を選択し、拡大解釈し、大きな意味合いでは同じ意味を持つ単語として使っただけです。それともなんです? 僕の友達という拡大解釈した単語を、きちんと正式な名詞で伝えればよかったですかね? 魔道具作りに精通した魔導王国とか、協賛協力資金援助をしてくれた宗教国とか?」

「それは、まずいね。我々が暗躍していることに気づかれてしまう」

「でしょ? 僕がどれだけ言葉に気を付けていたかわかっていただけました? それくらい気を張ってないと、あの女団長言葉尻を掴まえて揚げ足取ってくるんですから。こっそり逃げ出すのも大変だったんですよ?」

「音に聞こえし龍殺し、か。ふん、それほど警戒せねばならない人間なのか?」

 グリフの反対側にいる男が面白くなさそうに言った。年は五十前後、傷だらけの大きな手でティーカップをつまむようにして持ち上げ、たっぷり蓄えた口ひげを湿らせながら茶をすすって、話を続けた。

「噂に尾ひれはつきものだ。実際は大したことないのではないか?」

「奴らを侮るべきではありません。アポス殿」

 隣にいた男がアポスに注意を促す。

「奴らはこれまで禁忌とされていたドラゴンを何体も屠っています。事実、私の目の前でも上位種ラーミナを討ち取っています」

「今回では、アラーネアも易々と倒してますしね」

 グリフが捕捉する。

「ドラゴンを倒したのは、何も奴らだけではあるまい? なあ」

 アポスが話を振ったのは義手の男だ。クッキーを砕かないよう慎重に食べていた男は、お茶で口のパサつきを潤してから言った。

「ペルグラヌスの幼体を実際に相手したのは私じゃなくて、うちの将軍ですからちょっとわかりませんねぇ。でも、その将軍も彼女のことは認めてますし」

 もちろん私も、と義手の男は付け加えた。

「ファルサがか。剣鬼とまで謳われた男が甘くなりおって。孫が生まれて丸くなったんじゃないのか?」

「あっはっは、そう言うアポス殿だって、去年娘さんが結婚して嫁に行くとき泣いたって聞きましたよ。それを聞いた将軍、大爆笑です。あいつも人の子、人の親かって」

「いつも思うんだが、貴様どこからそんな情報を仕入れてくるんだ?」

「あなたの奥様経由で、将軍の奥様に伝わってます。結婚祝いのお返しにエピソードが添えられていましたよ」

「あいつ、余計なことを」

「腕っぷしの強さだけじゃなくて、奥様に頭が上がらないのもそっくりですねぇ。将軍あるあるなんですか?」

「はいはい、そのあたりで」

 パンパンと柏手を打ち、グリフを迎え入れた男が話を切り替えた。

「井戸端会議に花を咲かせるために集まったわけではないでしょう。今日は、それぞれの仕込み具合を報告する会のはず。楽しい話は、我らの悲願が成就した後でいくらでもできますよ」

「全くです。僕なんて砂漠から戻ったばかりで疲れてるんですから、無駄話なんかしてる暇ないんですよぅ」

 その場にいた全員が『お前のせいだろ』という目をグリフに向けたが、もちろんグリフは気にもしない。

「では早速、集めてきた情報を話してもらえるかな? 『ワスティ』」

 そう呼ばれ、肩を叩かれた瞬間、グリフの顔が崩れる。同盟国から提供された、変装用の魔道具が解除されたのだ。

 ふぁさり、と柔らかな金髪が肩にかかった。老紳士の代わりに現れたのは、妙齢の愛らしい女性だった。涼やかな目元も相まって顔立ちは愁いを帯びて、儚げな印象を出会う者に与えるだろう。これで口さえ開かなければ、というのがこの場にいる全員の共通認識だ。

「いやあ、久しぶりに素顔を晒しましたよ。こうも変装時間が長いと、自分の顔忘れそうになる」

 ワスティと呼ばれた女性が自分の顔にペタペタと触れる。

「申し訳なく思う。本来であれば君の様な可憐な女性には、スパイのような過酷な任務ではなく、社交界の様な華やかな場がふさわしい。けれど、君の才能がそれを許さないのだ」

「大丈夫ですって。色んな人になれるのは、僕としても楽しいので」

「そう言ってもらえると助かる」

「いえいえ。では、悪だくみを始めましょう。虐げられし者たちのために」

「「「虐げられし者たちのために」」」

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