第225話 スマホを盗まれただけなのに
「まさか、生き残ったっていうのか!」
血が流れる右手を左手で押さえながら、ノリが驚愕に満ちた表情で叫ぶ。
「スコルピウスの大群に、アラーネアまでいたんだぞ!? 一体、どうやって!」
「日ごろの行いが良いからじゃない?」
笑い、うそぶく。そして話を続ける。
「生き残った私たちは、私たちをはめたあなた方にどうやってツケを支払わせるかを考え、あなた方が受けた依頼を台無しにしてやるのが一番の報復だと思いついた。今回の依頼はアーダマスに魔道具『ラクエウス』を高く売りつけるためのデモンストレーションだとわかったので、それを逆手に取ればいい。王の前でアラーネアを操り失敗させる。当然王はマグルオたちを糾弾する。そこに、生き残った最後の幹部、ヒラマエが登場しマグルオとマディの悪事を暴く」
私たちが撮影したフェイク動画を見せつける。
「そうか、ダメ押しにそれをアーダマス王に見せた」
「その通り。こちらには変装の得意な人材が一人いたからね。流石当時の最新機種。画質も色々選べてフェイク動画を作るのは簡単だったわ。あなたがそばにいればもしかしたら見破れたかもしれないけど、アラーネアを操るためにマグルオのそばからは離れてしまう。残りのメンバーに見破るすべはない。こうして、嘘の依頼で私たちをはめたあなたたちは、嘘の情報ではめられた」
「前日には、アラーネアは間違いなく操れたのに、どうやって失敗させた」
「もちろんラクエウスに仕掛けを施したからよ。他にもイーナにはいろいろと仕込んでもらったわ」
ラクエウスが誤作動を起こしやすいよう水をかけたり、キーアイテムであるスマートフォンを自然な流れで渡してもらったりだ。今回大活躍の彼女には、たっぷり報酬を弾まないといけないな。
「イーナ・・・まさか彼女が」
「お察しの通り、あなたがアスカロン団長アカリだと思い込んでいたのは、私が送り込んだスパイよ。あなたは見事にハニートラップに引っかかった。どう? 有名人の気分が味わえたでしょう?」
「そんな、彼女が語った言葉は、全て、嘘だったというのか」
この世の絶望を一身に背負ったような大げさな態度でノリは項垂れてしまった。それは困る。それでは困るんだ。簡単に落ち込んでもらっては。本当の絶望は、ここからなのだから。
「一体、いつから俺を騙していた。いつから疑っていたんだ」
「騙していたのは最初からだけど、依頼を本格的に疑いだしたのはジュビア城からよ」
さて、『本題』に移ろう。
「これで、トリブトムには打撃を与えた。今回の依頼に関しての分は、ツケを支払ってもらったと言ってもいいかな。残りは、我々の個人的な問題ね」
スマートフォンを操作し、動画を再生する。
「あなたの失態は、マグルオにも操作しやすいように、スマートフォンのログインパスワードをかけなかったことよ。リスクヘッジがなってないわ。そのせいで、私にこんな面白い動画を見られることになる」
スマートフォンに映っているのはあの日のマグルオ、マディ、ヒラマエの三人だ。その彼らを望遠レンズで盗撮している。
――――――――――――
『トリギェの野郎!』
ガン、と壁を叩いたのはヒラマエだ。
『何が万能薬になる植物ウニクムの新しい抽出方法だ。目的はインフェルナムだったなんて!』
『落ち着けヒラマエ。今はそんなことを言っている場合じゃない』
『そうは言うがマディ! インフェルナムだぞ。禁忌とされるドラゴンの最上位種の卵を盗みやがったんだ。ロストルムに追い掛け回されたのもそのせいだ。上位種は時に下位の種や亜種を従える。手下からの連絡が途絶えたら、今度は親玉が攻めてくるぞ。ここにあるのはわかってるんだからな。盗んだ卵をおとなしく返したら、引き下がってくれると思うのか?』
『思わんよ。むしろその瞬間丸焼きにされるだろう』
『だったら、俺たちがやるべきは避難勧告だろう。もうすぐこの街が襲われるとみんなに知らせなきゃならない』
『それは駄目だ。許可できん』
走りだそうとしたヒラマエの肩を、マグルオが掴んだ。
『なぜだマグルオ!』
『逆に聞くが、住民にどう説明するっていうんだ。俺たちがインフェルナムに関わったことを公表するつもりか。それこそ、トリブトムの看板が傷つくことになるぞ。大団長や、他の団員たちに迷惑がかかる。全員を路頭に迷わせる気か?』
『だからって、このまま放置する気かよ!』
ヒラマエはマグルオから反論が来ることを期待していた。彼は自分たちのリーダーで、いくつもの危機を彼のひらめきや作戦によって乗り越えてきた。今日もそれが発揮されると、ヒラマエは信じていた。
だが、彼からは何も帰ってこなかった。ヒラマエの中に、徐々に失望と軽蔑が広がっていく。
『・・・嘘だろ。放置する気か?』
『それが最善だ』
『最善? ふざけるな。どれほどの被害が出ると思っている!』
『諦めろ』
『一言で済ませる気か?! おい、マグルオ、冗談だろ? マディ、お前からも何か』
振り返り、もう一人の仲間に援護を頼もうとして、言葉を失った。
『ヒラマエ。マグルオの言うとおりにしよう』
『お前まで、なぜだ?』
『その方が都合がいいからだ。今、インフェルナムの事を知っているのは我々とトリギェのみ。今なら襲われても『災害』で済むんだ』
ドラゴンに街が襲われることは、まれではあるが過去に何件かある。防ぎようのない圧倒的で理不尽な暴力は嵐や地震と同じまさに災害だ。
『しかも、その『災害』が、我々が関わった依頼の痕跡を消してくれる』
マディの言葉に、ヒラマエはハッとする。
『まさか、あいつらを、俺たちを助けた連中を見殺しにする気なのか?』
『そうは言っていない。彼女たちがこのことを知っているわけがないからな。だが、直接であれ間接であれ、少しでも関係者が消えてくれれば儲けものだ』
『認められるか!』
マグルオを振り切り、ヒラマエが今度こそ駆け出す。その背にマグルオは声をかける。
『守秘義務を忘れるなよヒラマエ』
『・・・っ』
『もしそんな基本的なことも守れないのであれば、俺たちはお前も切り捨てなければならない。トリブトムを守るためにな』
――――――――――――
動画はここで切れた。その次に保存されている動画は、まさかの、ヒラマエと私が話しているところだった。彼はここでの会話の後、私に逃げるように言いに来たのだ。ずいぶんあちこち探し回ったのか、動画と動画の記録日時に開きがあった。
「勝手に私の事を撮影されたら困るわ。肖像権侵害で訴えるわよ。冗談だけど。そして三つ目の動画。これには、私たちにとって非常に重大な内容が保存されていた」
――――――――――――
『これは、一体どういうことでしょうか?』
両手を上げたマグルオたちが、槍衾に取り囲まれている。
『なぜ我々が拘束されなければならないのです? 納得のいく理由をお聞かせいただきたい』
『理由?』
人を馬鹿にしたような声が、槍衾を開いた。
『ラテルに害をなした者たちに対する、至極まっとうな対応だと思うのだが』
マグルオたちの前にラテル守護国のフィリウス王子が立った。
『我々が? ラテルに? まさか。そんな滅相もない』
きわめて自然にマグルオは応対する。
『お世話になっている国家であり、大事な依頼者でもあるラテルに弓引くようなこと、我々がするはずありません』
『そうかな? 貴様たちは、インフェルナム襲来を予期している、という話をしていると情報提供があった。かのドラゴンは確かに最強の一角ではあるが、縄張りの密林から出てくることはほぼない。さて、どういう経緯からそういう話になったのか、聞かせてくれないか』
『そのような話、した覚えがありませんね』
『本当にそう言えるのか?』
そう言ってフィリウスが顎で指すと、兵士たちが一人の男を連行してきた。彼の顔を見て、マグルオたちが目を剝く。
『トリギェ』
『貴様たちがお探しの男だろう? 所持品もこちらで預かっている。逃亡一歩前だったぞ。うちの衛兵が、正規の手続きをせずに城壁を超えようとしたこの者を捕らえた。全て話してくれたよ』
渋い顔のマグルオたちがトリギェを睨みつけている。
『どうだ? これでもまだ言い逃れできるか?』
答えないマグルオに、フィリウスが近づく。
『そう怖い顔をするな。私は、お前たちに協力してやろうというのだ』
『協力、ですと?』
『そうだ。貴様たちの依頼主であるカリュプス王に取り次げ』
『カリュプス王にですか? 一体どうして』
『貴様たちが知る必要はない。禁忌の卵は我が手中にある、そう言えばわかるだろう?』
『断れば?』
『トリブトムの名声が地に落ちる。なぜかは、聞くまいな? その代わり、協力すれば貴様たちは此度の依頼とは無関係になれる策がある。たとえインフェルナム襲撃が何らかの依頼のせいであっても、それは他の団の責任になり、トリブトムは一切関与していない、という風な策だ。そうだな?』
フィリウスがこちらを向いて言った。
『ノリ?』
――――――――――――
動画が終わった。痛いほどの沈黙が、しばらくの間私と彼を包んでいた。かすかに聞こえるのは、彼の荒い息遣いだ。
「さて、この動画を見た私たちは一つの推測が頭に浮かんだ。この三つの動画を見れば、最初トリブトムにはガリオン兵団を生贄にする気はなかった。見捨てて逃げる選択肢はあってもね。ではなぜ変更したのか。動画の最後に、フィリウスが言っていた策。それこそが、ガリオン兵団を、私たちを生贄の運命に導いた」
ウェントゥスを奴の鼻先に突きつける。
「あなたが黒幕。でしょう?」
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