第219話 砂漠からの脱出
まとわりつく砂の量が増大している。一歩進むたびに足首が埋もれ、無理やり足を上げるたびに体力を奪っていく。しかもだ。平坦だったはずの道が、徐々に傾斜がついていく。
「砂の、津波?」
子どもが砂場で山を作るとき、手で周りから中央へと集める。あれが規格外で起きているのだ。長い時間をかけて少しずつジュビアは砂に埋もれた。それが魔道具の暴走によって時間が巻き戻り砂が排出された。そしていま、短時間で元の形に戻ろうと砂がまとまって押し寄せていた。
「走れ! このままじゃ生き埋めになるぞ!」
シーミアが鼓舞する。
「ああくそ、割に合わねえ、割に合わねえなぁおい!」
愚痴りながら、アスピスは砂を蹴る。
「依頼者を目的地に運ぶだけの簡単で割の良い仕事だと思って食いついたら、その大本の依頼者は偽物で?! 話持ちかけてきたトリブトムはそれを知っていて?! 便乗して俺らを化け物どもの実験台にして?! 挙句砂に飲まれる?! 洒落になんねぇなクソが! 仁義って言葉知らねえのか!」
「耳が痛いな」
ヒラマエがはあとため息をついた。
「あっはっは。右に同じです」
グリフが笑う。
「なに笑ってやがる! つうかお前は後で一発殴らせろ!」
「嫌ですよう。もう殴られるのはまっぴらです」
「なら、我々を騙した連中に一矢報いる方法を提示しろ」
シーミアがどすの利いた声で脅す。
「ん~、僕自身は持ってないですけど。でも、ここを生き残れたら多分、痛快な話を聴けると思いますよ」
「どういう意味だ?」
「あ、後、アスカロンのルイさん」
シーミアの話を無視して、グリフが私を呼んだ。突然話を振られて、そちらを向く。
「これ、多分あなたなら使い方、わかるんじゃないですか?」
手渡されたのは薄い長方形の板状のもの。
「これは、シャシン!?」
私の手にあるものを見て、ヒラマエが目を見開いた。彼がシャシンと呼んだそれは、やはり想像通り。手に取り、目にするのは何年ぶりだろうか。
「赤坂のスマートフォンか」
当時の最新モデルだ。容量は二百五十六ギガ。写真も動画も取り放題。確かに有用だが。
「何で今?!」
この全力疾走しているさなかに給水所のドリンクみたいに渡されても困る。
「いや、後だと忘れちゃいそうですし。僕、思い立ったらすぐしときたい派なんですよね」
「その派閥は今現在においては負け組決定なので引っ込んでてください!」
「まあそう言わずに。きっと役に立ちますよ」
「生きて出られたらの話ですよね!」
「くっちゃべってる場合か! 後ろ見ろボケ!」
アスピスの言葉に振り向く。
砂が、迫っていた。鳴門の渦潮が如く全てを飲み込まんと荒れ狂う砂の渦が、ほんの十数メートル背後で猛威を振るっている。
「「「ぎゃぁあああああああああああああ!」」」
全員絶叫を上げながら駆けあがる。
「山頂が見えたぞ!」
先を行くテーバの声が希望と共に届く。
「走れ、死ぬ気で走れ、生き残るために!」
「もうちょい、もうちょい!」
「動け、動けよ足ぃ!」
砂が逆巻く音が聞こえる。伴って起きる風がうなじを撫で、こっちを引きずりこもうとしている。追い抜かれたら死ぬなんてとんでもないハイプレッシャーのマラソンだ。
「「「ああああああああ!」」」
山頂を視界が捉えた。
踵を渦の端がかすめた。
頭がついに頂きを超えた。
砂が足を掴んだ。引きずり込まれる!
「「「越えろぉおおおおおおお!」」」
引きずり込もうとする砂を蹴って引き離し、横一線、私たちは山頂を飛び越えた。
「・・・冗談でしょ?」
越えたら越えたで、待っていたのは傾斜五十度を超えそうな下り坂。ほぼ崖だ。悲鳴を上げながら、私たちは登った分を落ちていく。遥か下界に、無事魔道具の効果範囲外に逃げ切っていたプラエたちが見える。心配そうな顔で、こちらを指差していた。
ざりざりと背中や尻が削れていたかと思えば、時折嫌な浮遊感が内臓を持ち上げる。合間合間に縦と横と斜めの回転を何度も挟んで。その繰り返しが何度続いた事だろう。ようやくなだらかな傾斜になってきて、ようやく止まった。
「大丈夫!?」
プラエたちが駆け寄ってくる。だが、誰も反応できない。山登りで体力を根こそぎ奪われたことに加えて、斜面の落下により生まれた連続回転のせいで三半規管が完全にいかれて目が回っている。
でも、生きてる。全身怪我だらけで痛いし、心臓も肺も苦しい。けれど生き残った。
「ふへ」
だから、最初に口からこぼれたのは安堵の笑いだ。ふへへ、げへへと、周囲から気味の悪い笑い声が陽炎のように立ち上る。プラエが手で口元を抑えながら「気持ち悪」と引いていても気にならない。
ようやく動けるようになってきた。なるべく痛みの少ない方法をとりながら体を起こし、立ち上がる。そこかしこで同じように立ち上がる傭兵たち。立ち上がった彼らは、他の面々と顔を合わせ、満面の笑みを浮かべた。同じように、生きていることを実感し、感動を分かち合っているのだ。
ドン、という音が余韻をぶち壊したのは、そんな時だ。音の方を見る。絶望が立っていた。
「・・・ここまで来たってのに」
十メートルの巨大蜘蛛アラーネアが、私たちの前に現れた。スコルピウスは砂に飲まれたが、奴らは高い跳躍力を活かして砂を振り切ったようだ。
ドン、と再び音が腹に響き、またアラーネアが増えた。その後も増え続けて、計十体のアラーネアが私たちを取り囲むようにして陣取った。布陣した奴らは、こちらに向かってにじり寄り、その包囲網を狭める。私たちは奴らの網の中央に押し込められていく。奴らの飛び掛かれる間合いまであと少し。
「こりゃあ、一点突破しかねえか」
いつの間にか、アスピスが隣に立っていた。
「忌々しいが、同意見だ」
反対隣りにシーミアがいた。
一点突破など、このコンディションでは不可能だ。最初の一匹で手間取り、残りの九匹に食いちぎられる。仮に突破したとしても、逃げている最中に背後から順に喰われるだけだ。オアシスまで辿り着くことも出来ないだろう。
おそらく、二人ともそんなことわかりきっている。それ以外に方法を考え付かないだけだ。どう足掻いても死。先に死ぬか、後に死ぬかしか選択肢がない。それでも、最後まで生き残ることを諦めない。
「短い間だが、共に戦えて光栄だった」
「気持ち悪いな。突然どうした」
「リュンクス旅団に言ったんじゃない。アスカロンに言ったんだ。お前らになんぞ死んでも言うか」
「この期に及んで何で俺らに言わねえ」
「お前らは我々の依頼を横取りしたからだ」
「はぁ? シーミア。お前まだ商隊護衛の依頼の事根に持ってんの?」
「持つだろう! 普通! 案内所で先に受けたのはこっちだったんだ。それをお前らは、依頼人と直接交渉して・・・」
「何年前の話だよ。出来たばっかの団は足で稼いで依頼もぎ取らなきゃ稼げなかったんだよ」
「だからって案内所をないがしろにする傭兵団があるか! 初めての大型依頼だったんだぞ!」
「うるせえな! そっちだって依頼人に俺らの悪評吹き込んで依頼取り消させた事あっただろう!」
「事実を伝えただけだ! 誠意があるのはどちらか、選んだのは依頼人だ!」
「てめえこの野郎!」
「やるかこの野郎!」
「あ~、そのままここで暴れて私たちの囮になっていただくことは可能ですか?」
長くなりそうなので提案してみた。
「「抜け駆けは許さん!」」
仲のいいことだ。
「では、仲良く皆で行きますか」
武器を構える。対してアラーネアたちは足を曲げ、でかい体を屈める。間合いに入ったのだ。
「来るぞ!」
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