第217話 それ、先に言ってよ

 どれほどの時間が経ち、何体倒しただろうか。地面に突き立てたウェントゥスに体重を預けていたら、バランスを崩した。ウェントゥスの刃は魔力で出来ている。魔力が一瞬途切れ、刀身が消えたのだ。たたらを踏み持ち堪え、何事もないような顔で周囲を見渡す。当たり前だが、全員疲労の色が濃い。シーミアですら肩で息をしている。

 入り口の方を見る。閃光が瞬き、嫌がったスコルピウスが下がった。防衛している彼らにはありったけの閃光手榴弾を持たせたが、そろそろ打ち止めになる頃だろう。

 今からでも作戦を変更を考えるべきか。いや、そもそも代替案は最初からなかったはずだ。強硬策で越えられるほどスコルピウスの壁は薄くはなかった。

 ここまでなのか。敗色が濃厚になり、疲労が絶望を呼ぶ。そんな時だ。こちらの苦労も知らない、素っ頓狂な、しかし待ちわびた声が聞こえたのは。

『え、これに話せばいいんですか? このままでいいんですか? どこかスイッチとかあるんですか?』

 さっき説明しただろうが、とテーバのイライラした口調が遠くから聞こえる。両手で通信機を抱えるように持ち、次を待つ。

『あ、すみません、グリフです。ちょっとこれ、何ていうんですか、通信機? の使い方わからなくて、バタバタしちゃいました。しかし便利なものがあるんですね。僕初めて見ましたよこんなの』

「いいから、用件を早く!」

 音声を聞く全員の心の声を代弁した。

『うわ、本当に聞こえる! 凄いですね。っと、いけない。早く言わないとまた怒られちゃいますね。ええ、お待ちかねです。今『森の消滅』が始まったのを確認しました」

 その報告に口角が上がる。拳を握りしめた。

『また、皆さんの努力のおかげで、居館前にかなりのスコルピウスの渋滞が生まれていますね。見るだけでうじゃうじゃ気持ち悪いほど集まってます。二匹、分厚いところで三匹が重なり合ったりして、時折仲間割れみたいなことにもなっていますよ。最初に推測した通り、敵は簡単な指令しか出せず、また、他の指示をスコルピウスに出していないと思われます。・・・あ、ちょっと』

『そういうわけだ。すでに第二段階の準備は完了している』

「わかりました。撤退の準備をお願いします」

『了解。指示を待つ。タイミングは任せたぞ』

「はい」

 通話終了後すぐに、全員に向けて声を張る。

「合図が来ました! 撤退準備!」

 俯いていた団員たちが、顔を上げた。


 ――――――――――――――


 スコルピウスの群れと会敵する少し前。グリフが今回の作戦で重要になる情報をポツリとこぼした。

「あ、そういえば、もう間もなくジュビアは消滅します」

 全員の目が点になった。なぜ今、そんな人智が及ばないような事象にもかかわらず間違いなく重要なことを、今日の天気の様子を言うみたいな気軽さで言うのか。

「え、何? どういうことですか? 消滅?」

 近くにいた私が彼に聞き返す。

「そりゃそうですよ。『砂漠の蓮』を破壊したの、覚えてませんか?」

 むしろ私を非難するような眼と口調で言った。なぜそんな当たり前のことを理解していないのか、という風に。

「まてまて、どういうことだ。話が全く見えないのだが、アスカロンは『砂漠の蓮』を見つけていたのか? しかも破壊した? 依頼品を? 何故だ? というかそもそもこいつは誰だ? なぜ同じ顔が二つもいる? どうなっているんだ?」

 混乱したシーミアが疑問を乱発する。そうか、まだ伝えてなかったんだっけか。だが、それを説明している時間が惜しい。

「その辺の疑問は後で詳しく説明します。今はちょっとこちらを優先させてください。今のところ彼は我々の協力者という立ち位置で間違いありません。・・・で? 消滅とはどういうことですか?」

 再び話の先をグリフに向ける。

「そのまんまの意味です。『砂漠の蓮』とは周囲の時間を操る魔道具です。その暴走によって、ジュビアの土地の時間が歪められていました。砂漠の中に森が生まれたのもそうですし、ジュビア城が出現したのもそのせいです」

「さっきから初耳ばかりなんですが、ジュビア城が出現したのは『砂漠の蓮』によって時間が歪められたせいなんですか?」

「そう言ってるじゃないですか。この遺跡はもともと、ほとんど砂の中に埋もれていたんです。時間が戻ったことで、砂に埋もれる前段階まで遡った姿で現れたってところですかね。もう少し戻ったら、破損部位が修復されたり、剥げた塗装が鮮やかに戻ったりするかもしれませんね」

 まさか入り口の罠が作動したのは、時間が巻き戻ったことによって修復されたからなのか?

「『砂漠の蓮』が失われた今、ここは元の時間に戻り始めています。そのうち、森は枯れていくし遺跡は砂に埋もれるでしょうね」

 おそらく急速に、とグリフは続ける。

「ちなみにですが、このままここにいたら、時間が戻った時私たちはどうなりますか?」

「そんなの、一緒に砂の下に埋もれるに決まってるじゃないですか」

 馬鹿だなあ、とグリフが笑った。

 気づけば彼を殴っていた。誰も、私を責めなかった。


「では、作戦の概要を再確認します」

 神妙な顔で私を取り囲む全員が頷いた。唯一グリフだけ、真っ赤になった頬をさすりながらぶすっとむくれていたが。

「まずは大急ぎで居館周囲に罠を仕掛けます。これはアスカロンが担当します」

 私が説明している今も、プラエが指揮を取りありったけの爆弾を仕掛けている。

「次に防衛と観測に人員を割きます。まず観測ですが、目のいい射手数名で担当します」

「うちの団からも特に目の良い者を出す」

 シーミアの提案に「よろしく頼みます」と頷く。

「彼らが観測するのは主に二つ。ジュビアが元の姿を取り戻し始める兆候を掴むこと、そして、スコルピウスの動きの観測です。それにより撤退ルートを確定します。これにはあなたも同行してくださいね」

 グリフが「了解です」とふてくされながらも返事をした。

「そして、防衛部隊ですが、ここも二手に分けます。スコルピウスの数を減らし、障害物を増やす部隊と、居館に入れないための妨害部隊です」

 ここは、最後まで悩んだところだ。最初から全員で囮と妨害をした方が良いのではないか、という案もあった。その方が負担は減るのは間違いない。だがその場合問題があった。

 まず戦う場所だ。外で戦うわけにはいかなかった。広い場所では圧倒的な数の差ですぐに取り囲まれて踏みつぶされる。相手の数を限定させるためには多数が入れない限定された空間で戦う必要があり、居館内がその条件を満たした。居館内で戦う事を決めると、今度は中途半端な人数がネックになってくる。相手を取り囲んだり防いだりするには少なく、動き回るとぶつかって互いの動きを阻害するほどにこちらの数が多いのだ。

 動きやすさと敵の数を限定するために二手に分ける必要があった。また、居館内にスコルピウスの死骸を積み上げ、障害物にできれば、という思惑もあった。


 ――――――――――――――


 そして今。ジュビアを囲んでいた森が消滅し始め、スコルピウスの大軍は居館入り口で渋滞するほど集中し他の所はおろそかになっている。

「ありったけの閃光手榴弾を投げ込んだら妨害部隊は撤退!」

 私の指示を受けて、防壁になっていたアスカロンとパンテーラの混成妨害部隊が同時に閃光手榴弾を投げた。

「屋上の観察部隊は最後の罠を作動させ、撤退!」

 通信機に指示を飛ばす。

 閃光手榴弾が外で炸裂し、激しい光が隙間から入ってくる。スコルピウスがひるんだ隙に、妨害部隊が居館内へ逃げ込んでいく。それを見届け、モンドたちがスコルピウスの死骸や障害物として使っていた壊れた壁や柱などを入り口前まで押し込む。これで少しは時間を稼げる、と信じたい。

 それを見届け、次の指示を出す。

「全員、地下へ! モンドさん、ムト君、先導して!」

「「了解!」」

 彼の後を団員たちが続く。同タイミングで、屋上の観測部隊が降りてきた。

「罠を作動させた! 後三分だ!」

 最後に降りてきたテーバが私に叫ぶ。

「了解しました。テーバさんも後に続いて。しんがりは私が引き受けます!」

「まぁたお前は無茶を言いやがる! 一人じゃ無理だっつの。俺も」

「外の脱出経路を目で覚えたテーバさんには、ここから出た後の役目があります。先に行かなければなりません」

「だからってな!」

「その役目、私に任せてもらおう」

 シーミアが大剣を手に私の隣に立った。

「ここに仕掛けた罠も奴らを引き付けてから作動させなければならんのだろう。その間、私が援護する。それとも、私では不服か?」

 テーバがシーミアの顔をじっと見る。

「・・・いいや。うちの団員、任せて良いのか」

「私は、受けた依頼を失敗したことがないのが自慢でな」

「わかった。パンテーラ団長。後は頼む」

「こっちこそ、我が団員の誘導を頼んだぞ」

 テーバが私たちを見て頷き、地下へ向かう。

「ありがとう。助かります」

 シーミアに礼を言う。

「礼を言われる筋合いはない。私は、私の団を守るために全力を尽くし完璧を目指しているだけだ。お前もだろう?」

「はい」

「よし。・・・さあ、来たぞ!」

 入り口の障害物を押しのけて、スコルピウスが居館に侵入した。

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