第216話 数の暴力に抗う

 巨大な鋏が頭上から振り下ろされる。しゃがみ、ダイブするようにして足元に飛び込む。ガンと石畳を抉る振動がうつ伏せの頬に伝った。転がって体を反転させ、仰向けの状態になる。スコルピウスの腹を見上げる形だ。スコルピウスの真下は、踏みつぶされなければ安全圏になる。しかも、比較的柔らかい腹部や足の関節部位がよく観察できる。

 ウェントゥスを、比較的尾に近い腹部に突き刺す。スコルピウスが痛みから逃れようと足をばたつかせ、その場で回転した。引きずられるようにして私も回転し、遠心力ですっ飛ばされた。

「くっそ!」

 流れる視界の中捉えた尾に向かってアレーナを伸ばし、掴む。全体重が右肩にかかり、がくんとその場で止まった。横に落ちていた体が、今度は重力に引かれて下に落ちていく。ふいに視界が陰る。

「後ろだ!」

 モンドの声に振り向くと、別個体が私に狙いを定めていた。ゆっくりとテイクバックした尾が、こちらに向けて振り下ろされる!

 アレーナを一気に縮めた。股下をかすめるようにして尾が空を切る。あと少しでも遅かったら腹に穴が開いていたところだ。

 難を逃れるために生まれた推進力を、そのまま掴んでいたスコルピウスの尾に叩き込んだ。ウェントゥスが貫通。手首を少し返し、突き刺さった尾を中心にして円を描くようにウェントゥスを動かす。ずるりと尾が千切れ、粘液を吹き出しながら地面に落ちる。

 今度は頭の方へ。私の姿を認めたスコルピウスが鋏を振り回す。まことに遺憾だがスコルピウスの胴に抱き着くようにして躱し、代わりに頭に刃を突き立てる。吹き出る液体を無視して何度も、動かなくなるまで突き立て続ける。

 土台にしていた胴体が細かく震え始め、とうとう膝を折った。複眼から光が失われ、ピクリとも動かなくなった。ようやく一体仕留めた。だが休んでいる時間はない。

 周囲を見渡すと、同じようにスコルピウスと相対しているシーミアがいた。

「ふん!」

 最小限の動きでスコルピウスの鋏を避け、攻撃が止むやいなや、地面をへこませるほどの踏み込みから大剣を振り下ろした。魔道具であろう大剣は、外骨格どころか硬い鋏を紙か何かかと見ている者に勘違いさせる程容易く切り落とした。バランスを崩して態勢を崩したスコルピウスは、さらに踏み込んでくるシーミアを近づけまいと反撃で尾を彼に向けて振り回す。だがシーミアは落ち着いた動作で、今度は大剣の腹でそれを受けている。尾を弾き、さらに踏み込んで頭上でぐるりと大剣を半回転させ、再び上段から狙いすまして振り下ろし、見事頭を潰した。力だけじゃない。詰み将棋のような考えつくされた攻め方だ。

 その向こうでは、私を狙っていたスコルピウスの相手を、そのままモンドたちがしていた。私に追撃がいかないように引き付け、そのまま戦闘継続していたようだ。魔導斧マグルーンをモンドが投擲した。しかし、スコルピウスのいない空中だ。手が滑ったのか?

 いや、彼がそんなミスを犯すわけがない。焦った様子もなくモンドは私がしたのと同じようにスコルピウスの真下に潜り込んだ。腹の部分に掌を当てる。彼の手首が光った。マグルーンの付属品だ。

 宙にあったマグルーンが、突如として方向転換し、斜め下に落下し始める。モンドの手首にある付属品目掛けて。そういう使い方かと思わず感心した。固い外骨格を貫くためにわざと上空に投擲し、落下の速度と魔道具で引き寄せる力を合わせたのだ。

 激しい衝撃音と共にスコルピウスの体が沈む。上から想定外の直撃を受けて、足が強制的に外側に向けて曲げられる。マグルーンの命中した箇所は陥没し、外骨格が割けている。だが、完全に貫通まではしなかった。だが、それで充分だ。モンドの手はそれだけではない。予備の剣を空いた手に持ち、衝突と同時に下からも突き入れていたのだ。上と下の双方から力が加えられたため、剣先が背中から突き出していた。痛みで藻掻くスコルピウスだが、逆効果だ。モンドが剣をしっかりと持って踏ん張っているため、余計に腹が裂ける。

「援護します!」

 モンドによって縫いつけられた形のスコルピウスにムトが飛び掛かる。二刀を逆手に持ち、頭目掛けて振り下ろす! 突き立てられたスコルピウスは反射的に後ろに下がろうと動き、モンドは剣を頭の方向に向かって押し込んだ。体の真ん中から頭にかけて、スコルピウスが縦に裂けた。痙攣しながら、スコルピウスが倒れていく。

 居館内に侵入したスコルピウスは、彼らの働きで徐々にその数を減らしている。今度は視線を入り口に向ける。そこでは、侵入を防ぐためにアスカロンの団員とパンテーラの重装歩兵が協力して、スコルピウスの侵入を防いでいた。

 プランBの第一段階の肝は、まさに彼らにあった。

 外にいるスコルピウスを相手取るのは不可能だ。圧倒的な数で押し切られる。だが、少ない個体数であれば倒せる事が、ジュビアに到着する前に証明されている。

 そこで私たちは居館内に布陣した。入り口は人間用だからスコルピウスが入ってくるには一匹ずつ、多くても二匹しか入れない。内部で対応できる数をおびき寄せ、閃光手榴弾等を駆使して列を途切れさせ、分断する。出来た境目に彼らが入り、内部に入ろうとするスコルピウスをけん制し、内部の私たちが入ってきた方を片付ける。内部が片付いたら、彼らの息を整えさせる意味も含めて一旦退かせ、スコルピウスを招き入れ分断、を繰り返す。

 またこの作戦において、敵はスコルピウスやアラーネアに単純な命令しか出せない、という要因が私たちに有利に動いている。撤退の他、おそらく移動する方向、目の前の人を襲えなどしか指示できず、敵味方の区別をつける事や、戦略的に動かす事が出来ない。その証拠に、スコルピウスは居館の壁をよじ登って屋上から侵入せず、背後から迫っていた群れまでも律儀に正面入り口に回り込んでいる。そのおかげで、少しずつ倒すという手法を取ることが出来ている。

 もちろん、そんな事がいつまでも続けられるわけがない。数が不利なのは変わらず。このままいけば私たちは遠からず力尽き、踏みつぶされてしまう。

 だからこその二段作戦で、そのためにテーバたちと、グリフを屋上に残している。第二段階はグリフが私たちに話した事が事実である、という前提で進められている。間違っていれば第二段階は白紙になり、別の手を考えなければならない。

「とはいえ、第一段階がすでに厳しいんだけどね」

 必ず合図が来ると信じて、私たちは数の暴力を防ぎ続ける。

「さあ、次を招き入れて!」

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