第214話 選ばれた理由

「どういうことだ。きちんと説明しろ」

 シーミアが大剣を抜き、こちらに突きつける。

「説明しても良いけど、それより誰でもいいから城下町の様子を見にいかせて。私の説明より簡単に理解と納得ができるから」

 フルフェイスの隙間からシーミアの目が覗く。しばらく私を品定めした後、彼はこちらを向いたまま、隣の部下に指示を出した。部下は一つ頷き、振り返ってハンドサインを後ろに向かって出した。緊迫した静けさの中、足音が一つ遠ざかっていく。

 一体どれくらいたっただろうか。体感ではかなりの時間緊張が続いていたと思うが、実質は二、三分も経過していなかっただろう。再び足音が、今度は近づいてきた。足音が止まると、この場の全員に届く大声が状況を説明する。

「報告! 現在ジュビア城下町周囲を、夥しい数のスコルピウスが取り囲んでいます! 奴らは、ゆっくりとこの城を目指して近づいてきています!」

 シーミアが頬を張られたのかと思えるほどのスピードで振り返り、そしてまた私を見た。

「何が起こっている?! お前は何を知っているんだ!」

「私も確証があるわけじゃない。けれど、似た経験をしたことがある」

 私はヒュッドラルギュルムのアルボスで、ペルグラヌスを誘導してきた笛の事を思い出していた。あれは同じペルグラヌスの子どもの鳴き声を模したもので、その音で親をおびき寄せるものだった。

 プラエを見て常々思うのだが、研究者が同じところで止まっていることなどあり得ない。新しいアイディアや物が形になったらもう既に、更にすごい事、すごい物を目指そうとする。あれから一年ほど経過して、笛を発明した人間がその場でとどまっているとは考えにくい。さらに優れたものを開発するだろう。スコルピウスやアラーネアは、その新製品に操られているのではないか。

 新製品を完成させた連中は、それからどうするだろうか? 考えるまでもない。奴らは『虐げられる側』、この五大国支配を終わらせようと画策する者たちだ。現在保たれている拮抗を崩すために使用するだろう。

 五大陸の拮抗は、主に同等の軍事力によって保たれている。この軍事力は、極端な話、人間でなくても良い。味方する何かであれば良いのだ。ただ、人間の指示通りに動くのが馬や犬などの例外を除いて人間しかいないだけで。

 だがそこに、化け物どもが加わったらどうなるだろうか。人間の支配地よりもはるかに広い領域を支配し生息する、人間よりもはるかに強靭な生物たちが陣営に加われば、拮抗は簡単に崩れ去る。

 細かな指示はいらない。ただ、敵の陣地に向かってくれるだけで良い。それだけで、敵陣は瓦解する。化け物の一歩は人を簡単に圧し潰し、餌として敵を喰って減らしてくれる。

 しかもこれは、一度でも大きな効果を発揮する。相手が化け物すら従えると噂が広まれば、それだけで内部は割れる。手下の小国からの同盟破棄が相次ぐだろう。裏切り、寝返りが発生し、防ぐための監視、憲兵の導入が始まれば、疑心暗鬼と魔女狩りによって内部はさらに荒廃していく。

 これだけなら、ある一つの国の一人勝ちになるかもしれないが、それは『虐げられる側』の者としても本意ではないだろう。彼らの目的は混乱を起こし、それに乗じた支配からの脱却だ。品物を売った相手も支配側、脱却すべき相手なのだから、必ず安全装置の一つや二つは作っているはず。まあ、その推測は後で良い。今は、なぜそれに巻き込まれているのか、どうやって生き残るのかだ。

「今回の件は、実験であり、デモンストレーションなのよ」

 相手が聞く耳を持ったところで、順を追って端的に説明していく。

「実験? デモンストレーション?」

「そう。敵はスコルピウスやアラーネアを操る道具を開発した。そしてアーダマスに売り込んだの。昨今の情勢はご存じでしょう?」

「アーダマスとカリュプス、二つの国の間で対立が深まっていることだな。ははあ、なるほど。アーダマスに売り込むために、我々にぶつけて戦果を見ようというのか」

「そう。私たちは道具の性能を見るための実験台、化け物に捧げられた生贄なの。ただここで肝なのは、生贄はある程度『活き』が良くなければならない。適当な人間を放り込んで化け物どもに喰われる様を見せても評価されない。化け物が勝って当然だから」

「ふん、逆に実力があり過ぎれば化け物の包囲を突破されてしまうから、若手の傭兵団が選ばれたわけか。ほどほどに強く、しかし小規模な、我々のような団を」

「しかも、それを成功させるために敵は細かい仕掛けを施していった。私たちがジュビア城の探索から戻った時、リュンクス旅団の服を纏った連中に襲われた。そちらは?」

「こっちも同じだ。あと、我々の目を焼く魔道具を使用した。森を抜ける際、お前たちが使っているのは見たからな。だから我々は、お前たちとリュンクス旅団が結託し、我々を殺しに来たのだと考えた」

「そうやって、私たちを仲違いさせた。なぜなら私たちが結託すると、もしかしたら包囲網を突破されてしまうかもしれないから。簡単に逃げられるようじゃ、商品価値は下がるでしょう?」

 それは逆に、敵が導入できるスコルピウスやアラーネアの数や能力を逆算出来るということでもある。シーミアも気づいた。

「そうか、もしかして、道中でスコルピウスの群れに襲われたり、この庭園内でアラーネアにお前たちが襲われたのは、我々の実力をある程度測るためだったのか」

「そうだと思う。そして、我々の実力が彼らの予想よりも勝っていたから、仲違いするように仕向けたのかもしれない。必要がなければそのまま攻めてきたと考えられるわ」

「評価されるのは光栄なことだ。が、褒美が化け物の群れじゃあ困るんだ」

「こっちだってそうよ。で? ご希望通り説明はしたわ。そっちの答えは?」

 少し思案して、シーミアが言った。

「その話を、お前たちを信じる為の証拠は?」

「お前、この状況でまだそんなこと言ってんのか!」

 モンドが激昂する。

「当然だろう。お前たちが敵、トリブトム側でないと言い切れるか? 信じたあげく、我の最後に見た景色が、化け物に食われながら見上げるお前らのにやけ顔なんてしゃれにならんのだぞ」

「では、こうしたらどうでしょう?」

 背後から私たちに声をかける者がいた。振り返るといつの間に現れたのだろう、イーナが立っていた。

「アスカロン団長である、この私がそちらに人質として参りましょう。もし、アスカロンに裏切るそぶりが少しでもあれば、私の首を刎ねればよろしい」

「イ・・・、団長、それはいけません。ここは私が」

 止めようとした私を、彼女は手で遮った。

「ルイさん。あなたは団長代理として皆の指示をお願いします」

 私にウインクした後、イーナはシーミアの前に立った。

「いかがでしょう。パンテーラ団長、シーミア殿。私の首では、証拠に、信用に値しませんか」

 流石のシーミアも、アスカロン団長が首をかけると申し出たことに驚きを隠せないようだった。

「お前、本気か?」

「当然でしょう。冗談で首は賭けませんよ。寝首をかかれるとお思いなら、よろしければ武器も、服すらも預けますが。さあ、返答はいかに。急いだほうが良いですよ。相手は化け物、こちらの都合など待ってはくれないのですから」

 シーミアが黙った。隣の部下たちの視線が、私たちとシーミアを何度も往復している。ふうと息を吐き、シーミアが口を開く。

「・・・わかった。停戦、いや、共闘に応じる。ただし、少しでも妙な真似をしたら、わかっているな」

 イーナと私たちが頷く。

「ええ、もちろんです。では、早速脱出作戦を開始しましょうか」

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