第211話 オープン・セサミ

「疑うわけじゃないですけど、本気ですか?」

 私は後ろを振り返り、解読班を半眼で睨んだ。思いっきり疑ってるじゃない、とプラエが苦笑している。

 私とイーナ、そして三人の解読班は現在、居館の屋根に昇っていた。解読班が言うには、古代文字を解読した結果、ここに『砂漠の蓮』が隠されている事が判明した、らしい。他の団員は階下にて待機し、他傭兵団の邪魔が入らないよう警戒している。

 階下からはわからなかったが、居館の屋根は三角屋根ではなく台形になっていて、中心部は平坦な屋上になっている。屋上の中央部辺りに、お寺にある、住職が撞くような鐘が設置されていた。それを見下ろすように、左右の物見の塔が並んでいる。俯瞰で見れば横一直線に並んでいるような形だ。

「これから順を追って説明する」

 ヒラマエが言った。

「解読の結果、『砂漠の蓮』は目の前にある鐘、そして左右の塔にある鐘、それらから等距離の場所にあると判明した」

 三つの鐘から同じ距離。鐘を頂点とした三角形の中心ということは、この鐘の真上に当たる。

 見上げても何もない。ただただ、青い空が広がっている。私のヒラマエを見る視線が胡散臭いものに変わる。

「そんな目で見ないでくれ。これは我々三人共通の認識だ。それに、まだ説明の途中だ。全て聞き終えてから判断してほしい」

「はあ、わかりました」

 続ぎを促す。

「カギは、やはりあの逆三角形と鐘のマークだった。そして君が気づいた、他の文章にある三角形と逆三角形の配置。あの古代文字は、ただの警告文ではなく『砂漠の蓮』の配置場所を示す地図だったのだ」

「だから、三つの鐘の中心にあると判断したわけですね」

「そうだ。そして、逆三角形の中の鐘だが、当然中空に鐘は見えない。あれの意味するところは、三つの鐘を同時に鳴らせ、ということだったのだ」

「鐘を鳴らすと、何か仕掛けが作動する、という事ですか?」

「我々はそう見ている」

 自信満々な三人には申し訳ないが、これはかなりのリスクを背負うことになる。わざわざ鐘を鳴らすなんて、私たちがここにいることを教えているのと同義だ。

「リスクがあるのは分かっています」

 ティゲルが言った。

「ですが、この状況を打開するためには『砂漠の蓮』が必要なのもまた事実です。ここは、私たちを信じてはもらえませんか」

 あのティゲルが、自分の胸を押さえ、私の眼をまっすぐ見て言った。他二人も力強く頷いている。

 何をためらうことがある。これまでどれだけ彼女たちの頭脳に助けられてきたか忘れたか。

 ふう、と息をつき、隣のイーナに目配せする。彼女が通信機を手に取った。

「テーバさん、ジュールさん。狙撃の用意をお願いします」

『狙撃?』『敵が現れたのかい?』

「いいえ、違います。左右の塔にある鐘、見えますか? あれを同時に撃ってほしいんです」

『まあ、見えるけど、あれを?』『はあ? 何でまた?』

「謎が、それで解けます」

『よくわからんが、了解だ』『同じく。合図を待つ』

 通信機を口元から離し、イーナが私を見た。

「カウントをお願い」

 小声で彼女に伝える。彼女は頷き、再び通信機を口元に寄せた。

「カウントを始めます。皆は周囲の警戒をお願いします・・・五、四、三、二、一」


「ゼロ」


 アレーナを目の前の鐘に叩きつけた。同時、銃声が轟く。

 ごうん、ごうん。鐘が放つ振動が、私たちの体表を撫で、そのまま腹の底まで震わせる。そのまま一秒、二秒と時間が過ぎ、徐々に鐘の音が小さくしぼんでいく。上空に変化はない。失敗、の二文字が頭をよぎる。どこからが失敗だったのか。解読が間違いだったのか、それとも、解読は正解だが、経年劣化によって仕掛けが壊れているのか。

 ここからどうする。すでに居場所は知られた。私たちの目的も、相手は勘づくだろう。打って出るのか、説得するのか、逃げるのか。様々な選択肢が私の前に並ぶ。

 そんな時。変化は、唐突に訪れた。

 照り付ける太陽光が、突如遮られた。雲がかかったわけではない。証拠に、地表はカンカン照りだ。私たちと太陽の間に、さっきまでなかった何かが現れたのだ。

「・・・ドア?」

 いまいち自信なく、見たままの印象を口にした。ドアノブっぽいつまみのある長方形の板を、ドア以外の何と表現すればいいのか。高さが大体四、五メートル上空に現れたそれを、呆然と見上げる。

「ともかく、行くしかないか」

 アレーナをドアノブに伸ばそうとしたら、慌てたようにイーナが私の服の裾を掴んで止めた。

「何があるかわからないのに、危険すぎませんか?」

「でも、このまま手をこまねいているわけにもいかないし。大丈夫。ちょっと見て、危なそうだったら戻ってくるから」

「でも、流石に一人では」

「でしたら、僕を一緒に連れて行ってくれませんか」

 私とイーナの会話に、第三者が入り込んできた。

「「ムト君」」

 振り返ると、いつの間にかムトが姿を表していた。

「すみません、勝手に持ち場を離れてしまって。でも、謎が解けると言われたらどうしても気になりまして」

 上にあるドアを見上げながらムトが言った。

「お願いします。危険があれば、必ずお守りしますから」

 彼を見ながらしばし考えて、告げる。

「分かったわ。私に掴まって」

「ありがとうございます!」

 喜色満面の笑みで彼が私の腕を掴む。

「それだと危ないわ。以前のミネラの時みたいに、しっかり掴まって」

「す、すみません。では、失礼して」

 そう言って彼は後ろから私の肩の上に両腕を回し、私をハグするような形で掴まった。イーナの方を向く。

「もし私がいない間に不測の事態が起きたら、各自の判断で動いて。生き延びるのが最優先よ。それと、一時間以上戻ってこなかったら撤退して」

「わかりました。各自の判断で、お帰りをお待ちしています」

「ちょっと」

「絶対戻ってくるのに、もしもの場合の指示なんて、私も含めてみんな聞きませんよ。なので、早めに帰ってきてください」

 ニコニコ顔のイーナは譲る気がないようだ。根負けした私は、彼女の指示に従う。

「・・・わかった。成果を待ってて」

「お気をつけて」

 アレーナを伸ばし、ドアノブを掴む。捻ると、軋み音を上げてドアが開いた。ドアの奥の景色はよく見えない。角度のせいもあるが、どうやら暗闇が広がっていて光が届いていないみたいだ。開いたドアの縁にアレーナをひっかける。ぐっ、ぐっと何度か力任せに引っ張ってみたが、特に崩れそうな気配はない。

「行くわよ」

 後ろに声をかける。

「はい」

 返事と同時に、アレーナを勢いよく縮め、そのままドアの向こうへと飛び込んだ。


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「団長、どうかご無事で」

 両手を組んで祈るイーナ。彼女の耳に、通信機から声が聞こえる。

『イー、いや、違う、団長。すぐに応答してくれ』

 モンドの声だ。かなり焦っている。

「どうしました?」

『確認したいことがある。今俺たちの前で団長、違う。くそ、面倒だな。ともかく、あいつがドアの中に入ったのを確認したんだが、あいつは『誰を』連れて行った?』

 イーナが固まった。一体、モンドは何を言っているのだ?

「誰って、ムト君ですよ」

 答えると、舌打ちと怒声が遠くで聞こえた。

「すみません、モンドさん。一体何があったんですか」

 まずいことが起こっている。それだけはすぐにわかった。焦燥感をなんとかなだめて、イーナは通信機を握りしめる。

『落ち着いて聞いてくれ。今、俺の前にムトがいる』

 今度こそ、イーナは完全停止した。血の気が引き、体ががくがくと震え始める。

『用を足しに行くと言ったっきり、なかなか帰ってこなかったから探しに行った。そしたらついさっき、手足を縛られ、気を失った状態で発見された。幸い怪我もなく、命に別状はない』

「ちょ、ちょっと待ってください。今、私の目の前でムトさんが一緒についていったんですよ? どういうことですか? ムトさんが二人?」

 そう言いながらも、彼女の中で答えが浮かび上がってきていた。おそらく、モンドもだ。

『くそっ! そいつはムトじゃない! ムトと入れ替わり、まんまと『砂漠の蓮』の隠し場所に行きやがったんだ!』

 イーナが、そしてアスカロン全団員が宙にあるドアを見上げた。

『ムトが意識を取り戻したらすぐに偽物の正体を聞き出すつもりだが、おそらく一緒にいったのは』

「姿を消した、依頼主グリフ」

『ああ。その偽物だ』

 イーナはすぐに、アカリ団長の持つ通信機に向けて連絡を入れようとした。しかし、通信機からは雑音しか返ってこない。通信範囲外で鳴る音だ。

「この距離で通じないなんて・・・」

 悲痛な顔で、イーナは無事を祈る。

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