第209話 罠を仕掛ける理由
罠の跡を追って、リュンクス旅団は進んでいく。獲物の背はまだ見えないが、ここで焦って罠にかかっては元も子もない。団員たちはいつものように団長の指示に従い、着実に仕事をこなしていく。そうすればおのずと結果が出ることを彼らは知っている。事実、罠だけでなく、足跡もいくつか残されている。乾いた砂だらけの場所では、風ですぐに消されていくものだ。それが残っているという事は、極めて近い過去、ここを誰かが通った証拠に他ならない。
そこからさらにしばらく進んだ時。突如団長のアスピスが停止を指示した。団員たちは怪訝な表情で彼の顔を見返す。アスピスはそれらを気にする様子もなく、呟く。
「おかしい」
彼の視線の先、罠の向こう側。その方向に見えてきたのは、鬱蒼と茂る森だ。自分たちが越えてきた、この遺跡をぐるりと取り囲む、突如砂漠に現れ、危険生物が跋扈する、生態系もよくわからない謎の森林。
「団長。どうされたんです?」
側近の部下が尋ねる。
「おかしいと思わねえか?」
「何がです?」
「おい、罠はこの先まで続いてるのか?」
側近の言葉を無視して、アスピスが声を上げる。しばし時間をおいて、先を行く部下から返答があった。アスピスの想像通り、罠は森の方向へ続いている。それを聞いて、手を顎に当てて俯いたアスピスだったが、急に後ろを振り返った。
「戻るぞ」
団員たちはその指示に驚いた。
「どういうことですか団長。ここまで来て」
アスピスの指示に異を唱えることなどほとんどないが、流石にこれは訳を尋ねずにはいられない。
側近に向かって、アスピスは険しい顔で答えた。
「こいつは罠だ」
「罠? どういうことですか? その罠は解除してきたんじゃ」
「違う。俺たちが罠を見つける事こそが、罠だったんだよ」
クソが、とアスピスは吐き捨てる。
「やられたぜ。人間ってのは、目の前の隠された謎に気づいちまうと、それで解けたと思い込んじまう。これは、そいつを利用した罠だ」
「まさか、ここまで誘導させられたってことですか?!」
「そうだ。罠を見つけさせ、得意満面で罠を解除させて後を追わせる。ご丁寧に足跡まで残してくれて、俺たちはすっかり追跡者の気分にされちまった。今頃、別の場所で間抜けな俺たちを見てほくそ笑んでいる事だろうよ」
「そんな馬鹿な。俺たちが罠に気づかなけりゃ無駄骨で、全部破綻しちまうんですよ? 時間も労力も無駄にできない状況で、そんな危険な賭け」
「相手にとっちゃ、勝算のある賭けだったんだろうよ。喜べ。この程度の罠に気づく程度には、俺たちは評価されているらしいぜ」
皮肉を吐いて、アスピスは口角を持ち上げる。
「で、でもですよ」
側近はなおも食い下がる。そこには、自分たち、そして尊敬する団長が誤ったということを認めたくない部分が少しあった。
「本当に森に向かって、逃げ出したのかもしれませんよ? 普通なら、こんな状況依頼どころじゃない。依頼人もキャンプから消えてたし、他の傭兵団とは敵対している。破棄してもおかしくない状況です」
「いや、それはない」
アスピスは即断した。
「パンテーラのシーミア、あいつがしつこいのはよくわかっている。あいつの性格なら、俺たちを逃がすとは思えない。逃げの一手はないだろう。そしてアスカロンだが、あの女が俺に言ったこと覚えているか?」
側近の脳裏に、昨日の戦いが思い起こされる。城壁の上で、かの女、本物の龍殺しが叫んでいた。
「・・・確か、この依頼には裏がある、でしたっけ?」
「そうだ。奴は、謎を解くまではここから出ない。・・・ふん、そういうことか」
アスピスが気づく。
「あの野郎、俺たちを出し抜いてその謎を解く気だ。この罠は、そのための時間稼ぎだ」
振り返る。その先には、朝日を下から受けるジュビア廃城の尖塔があった。
「奴らは城に舞い戻っているはずだ。俺たちも」
言葉が轟音によって遮られた。目の前で激しく弾ける閃光。
「どうした?! 何があった?!」
誰かが罠に触れたのか? 湧き出した煙をかき分けながら、アスピスは状況確認に努める。
「違います! 触れてもないのに、罠が勝手に作動しました!」
部下から返ってきた返事に舌打ちする。時限式か、もしくは誰かがタイミングを見ていたか。こちらが本当の罠に気づくことも計算の内だったのか。いや、それだけではあるまい。この仕掛けを作動させる本来の目的は。
「被害は!」
「眼と耳を何人かやられましたが、一時的な物です! 時間が経てば回復します!」
こちらを殺す意図はない、という事だろうか。なぜだ? 戦力を削るのが罠の目的のはず。
ぞわりとアスピスの背中が粟立つ。この罠を仕掛けた者の意図に気づいたからだ。
「体制を立て直し次第、移動するぞ!」
相手の目的は時間稼ぎだ。それは、リュンクス旅団に対してだけではない。他の傭兵団に対してもだ。自分たち以外の人間に邪魔されたくないのだ。
今現在敵対している傭兵団は、規模も実力も拮抗している。だがもし、罠で被害が出たらその拮抗は崩れる。
それでは『時間稼ぎ』にならないのだ。拮抗しているからこそ互いに容易には攻められない。戦ったとしても時間がかかる。どの団も、タイミングを見計らっている事だろう。
こんな緊張状態で、派手な音が響けば、誰だって戦いが始まったと勘違いする。参戦するはずだ。漁夫の利を狙って、ここに来る。そして、無傷の拮抗した者同士がぶつかり、さらに時間が経過する。
「どんだけ邪魔されたくないんだよ」
この罠を仕掛けた者に対する怒りと感嘆が同時に沸く。そして、そうまでする理由が気になってきた。
罠を仕掛けた者の狙い通りに。
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