第208話 ジャブの打ち合い
翌日。まだ日も明けきらぬ早朝。廃墟の中を東に移動する集団があった。偵察が三名、等間隔で横に並び、本隊の進行方向を探っていく。そのうちの一人が、妙な物を発見した。他二人に停止の合図を送り、彼は一旦本体にいる傭兵団団長の元へと戻った。
偵察の報告を受けた団長、アスピスは、報告に会った妙な物の元へと向かう。
「こいつは・・・」
アスピスはそれに手を触れないよう観察する。
目を凝らし、近づいてようやく見えるほどの細い糸がある。高さは大体、三十センチほど。彼らの道を阻むように、建物と建物の間に張られていた。糸の先を辿り、建物の裏側に回る。そこには筒状の仕掛けがあり、糸はそこに繋がっていた。
「団長、こいつは」
傍で見ていた部下がその仕掛けの正体に気づき、アスピスに声をかける。アスピスも頷いた。
「ああ。こいつは鳴子だな」
―――――――――――
~数時間前 アスカロン陣営にて~
私たちの方針は決まった。
プラエ、ティゲル、ヒラマエをあの壁画の前まで安全に連れていく。彼女らが古代文字を解読する間護衛し、敵襲があればそれを防衛、撃退する。あくまでメインは『砂漠の蓮』の入手にとどめ、戦闘はなるべく避けたい。
私たちのアドバンテージは地下の脱出経路を知っている点だ。テーバたちが脱出した時に使った、城の北側から城下町に出る経路は、そのまま地下の壁画まで続いている。
気になるのは他の傭兵団の動きだ。頭が冷えてなければリュンクス旅団とは鉢合わせた瞬間戦闘になる。パンテーラはわからない、が、戦闘になる最悪の事態を前提としていくのが良いだろう。彼らの位置をどうにかして知ることが出来れば。
「鳴子とかどうだ?」
提案してきたのはテーバだった。
「細い糸を張って、それに触れたり、切れたりしたら音が鳴る仕掛けだ。本来は獣除けで使うものだが、俺たちが進んだ後にそれを張れば、背後を取られにくくは出来るんじゃないか?」
歴戦の猛者ども相手に、どこまで通用するかわからんが、とテーバは言った。
「いや、良い案だと思う」
ヒラマエが同意した。テーバが横目でちらと一瞬にらんだが、声に出さず態度にも出ないよう堪えている。自分の案を良いと言ってくれる相手に食って掛からない程度には、テーバも、そして他団員も理性が働いている。
「これは我々対リュンクス旅団、パンテーラではなく、我々対リュンクス旅団対パンテーラ、加えて対トリブトムでもある。少しでも妙な音がすれば、たちまち他の傭兵団に位置が知られるだろう。彼らも黙って待つことはない。斥候を出し、周囲を警戒しているはずだ」
「足止めのために、他の傭兵団も利用するという事ですね」
イーナが相槌を打ち、プラエの方を見た。
「夜明けまでに必要分を準備するぜぃ。ちなみに、どうする? 音だけじゃなくて、爆発するような仕掛けにするかぃ?」
プラエが視線だけ動かして、イーナと私を交互に見た。挙手し発言する。
「いえ、団長、えっと・・・ソウルフル。大きな音が出る、閃光手榴弾のようなものが良いと思います」
「ルイさん。理由をお聞きしても?」
「下手に傷つければ自棄を起こす可能性があります。互いに警戒し、けん制しあう状況の方が動きづらくなるはずです」
それに、戦力を減らすのは危険だ、という考えが頭から離れない。ただこれは完全に私の勘なので、言うのは控えた。
「戦力が拮抗しているからこそ、下手に戦いになれば潰し合いになった後、第三者に総取りされる。だから下手に動けないということですね。そして、その時間を使って古代文字を解読し『砂漠の蓮』を手に入れる」
イーナの言葉に頷く。
――――――――――
「舐められたもんだ。獣用の仕掛けが、人間様、しかも俺たちに通用すると思ってんだからな」
アスカロンか、パンテーラか。シーミアはこんな凝ったことをしないから、龍殺しの可能性が濃厚だろうか。どっちかは知らんが、下手を打ったな。アスピスは思考する。
罠を仕掛けるという事は、逆説的にその方向に傭兵団がいる、という意味でもある。そして、罠があるという頭があれば、罠が作動しなければその方向から敵は来ない、という油断に繋がる。
この先に自分たち以外の傭兵団がいる。アスピスは獰猛な笑みを浮かべた。油断しきっている奴らを奇襲し、叩く。スピードが肝要だ。他の傭兵団に気取られることは避けたい。昨日のように、横槍を入れられて仕留め損なう。
仕留めそこなった獲物、アスカロンの龍殺しを思い出す。久々に血が滾る好敵手だった。戦闘技術だけじゃない。不利になっても諦めない芯の強さ、咄嗟の機転、一瞬の機を逃さない目、どれも見事なものだ。自分が相対した敵の中でも五指に入る強さだろう。
だからこそ、奴のあの時の行動が気にかかる。最後にこっちに向けた言葉は、こちらを混乱させるにしてはあまりにお粗末な内容だった。また、奴であればあの時パンテーラと共謀してこちらを挟み撃ちに出来たはず。そうなれば、殺されていたのはこちらだったはずだ。
一体、何が目的だ。
こうして悩んでいる時点で、奴の術中にはまっているかもしれない、という恐れもある。迷いは刃も覚悟も鈍らせる。戦いの最中にそれは致命的だ。
首を振り、思考の靄を頭から振り払う。今はこの先にいる相手を追い詰める方が先だ。それが龍殺しであれば、奴が死なない限り再び問い詰める機会があろう。出来れば、生け捕りにしたいが、それを許すほど生半な相手ではないことも重々承知している。
「くそ、やっぱあの時、強引にでもモノにしとくべきだったかぁ?」
鍔迫り合いの時に間近で見た、あの怒りと憎しみを湛えた眼光を思い出す。多くの苦汁を舐め筆舌に尽くしがたい苦痛を受け、それでも生き延びて戦う事を選んだ、活力にあふれた眼。普通の女では、一生出来ない眼だ。あれを組み伏せ、支配し、屈服させられれば、どれほどの快感を得られるだろうか。想像しただけで熱く滾る血が下半身に集まっていく。服の上から怒張が欲望を主張する。逆らうつもりはない。
まあ、あの手合いは抱いた瞬間相手の首を噛み千切るくらいやってのけるだろうが、それもまた魅力だ。良い女は命がけで得るものだとアスピスはそう理解している。
そのためにまず、目の前の問題を片付ける。アスピスは欲望に逆らわない男ではあるが、その目的を達成するための手順を冷静に組み立てることが出来る、一つの団を率いる男でもあった。
股間は熱く、されど頭は冷たく。はやる気持ちを押さえ、指示を出す。
「全員に伝えろ。鳴子が設置してある方へ向かう。細心の注意を払い、解除しながら進むぞ。獲物は近い」
「了解」
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