第207話 逆転の道筋

 太陽が沈むと、その場は一気に暗闇に包まれた。この暗さでは、他の傭兵団も下手には動けないはずだ。火を熾せばみすみす居場所を知られるし、何があるかわからない見知らぬ土地を明かり無しで移動するほど無謀でもないだろう。ある意味感謝しなければならないのは、アラーネアが突然現れたことだ、下手な移動を抑制する心理的なストッパーになっている。あんな化け物が夜道で突然出てきたらどれほど経験豊かな傭兵でも動揺する。

 合流地点に設定していた東側に到達する。風の音に交じって、小さな金属音が混じる。ヒラマエに向けて手の平を突き出し止まるよう指示する。

 ウェントゥスを抜き、魔力を流す。発光した刀身をライト代わりにして顔を照らす。とたん、かちゃかちゃとまた音がして、物陰から人が現れる。アスカロンのメンバーだ。さっきの音は多分、銃の撃鉄を起こした音だろう。

「無事で何よりです。だ・・・、いえ、ルイさん」

 私たちの前に現れたムトが、隣にいるヒラマエを気にしながら出迎えた。

 ここに到着する前に、先にヒラマエと口裏を合わせ、正体に気づいていることを伏せておくことにした。ばれているならもう隠す必要もないし生かす必要もないからぶっ殺すと考える人間が確実にいるからだ。たとえ私が依頼達成まで殺さないよう指示を出したとしても、守られない可能性が高い。

「そちらも、無事に合流できたようですね」

「ええ。みんな無事です。どうぞこちらに。皆待ってます」

 少し歩くと、廃墟を利用した簡易のテントが張られていた。幕を開けると、外の見張り以外の団員たちが揃っている。ムトから聞いていたが、やはり自分の目でみんなの無事を確認できるとほっとする。イーナに視線を向ける。心得たとばかりに彼女は頷いた。唯一、彼女にだけはヒラマエの事情を伝えてある。

「団長、ただいま戻りました」

「お疲れ様です。ルイさん。疲れているところ申し訳ないけれど、すぐに作戦会議を開きます」

「了解です」

「ヒラマエ殿もご同席願えますか?」

「もちろんだ」

 周囲から刺さる視線を無視してヒラマエが言った。この辺りの図太さは流石というべきか。ポンポンと手を叩き、イーナが自分に意識を向けさせて会議開始を宣言する。

「では、まずは情報の共有から始めましょう」


 一通りの情報共有を終えたところで、周囲の団員たちの様子を見る。

「消息不明のトリブトム、グリフの偽物、やれやれ、敵対してしまった両方の傭兵団だけでも頭が痛いのに、これ以上謎が増えねえでほしいな」

 テーバがガリガリと頭を掻いた。

「謎は解く必要はねぇが、俺たちが生き延びるための答えは必要だなぁ」

 変装したままのプラエがなんというか、演技してます感満載で話している。私も偽装を続けているとはいえ、ちょっとヒヤッとする。もちろんヒラマエは知らぬ存ぜぬで通すだろうが、いつか「お前これに違和感覚えないってことは、気づいてんじゃねえのか?」と周りにバレそうで怖い。今は下手に喋らないで欲しいのだが。

「最優先はそれですね。では現在私たちが取れる、いくつかの案を検証してみましょう」

 すぐさまイーナが声を上げ、人差し指を立てる。この子本当に優秀。特に周りの空気を読む力が高い。アン、ありがとう。こんな良い子を育ててくれて。

「最初に、私たちが取れる選択肢が二つあります。ジュビア遺跡から撤退するか否か、です」

「撤退するってことは、依頼を放棄するってことか?」

 ジュールが少し眉をひそめた。他の何人かの団員も、困ったような顔をしている。

「はい。もちろん、依頼の放棄は信用に関わることですし、抵抗があるのはわかりますが、生きてさえいれば次の依頼は受けられますので」

 全員がその言葉を咀嚼し、自分の中に答えを出すための時間が経過する。

「撤退は、少し保留した方が良いと思う」

 そう言ったのはモンドだ。

「撤退しても、おそらく今の危機は解決されないだろう。大きな問題は、まずトリブトム、遺跡に来ていない本隊のほうも含めてだ。皆も見たと思うが、ジュビア城居館内にトリブトムの物だと思われる血溜まりと武具が散らばっていた。さっきの情報で、それは偽装の可能性がおそらく高いってことが分かった。けど、もし奴らが俺たち全員を潰すつもりなら、それこそ大義名分に使ってくるんじゃないか?」

「私たちが襲ったんじゃないか、という因縁をつけてくるってことですね。あの時、居館内を調べていたのは私たちとトリブトムだったから」

 イーナの相槌にモンドが頷く。

「その辺り、どうなんでしょうかヒラマエ殿。あなたがとりなすことは可能ですか?」

「厳しいな。その場合、すでに俺が裏切っていると向こうは考える。むしろ真っ先に狙われるだろう。それに、問題はトリブトムだけではない。二つの傭兵団の存在が、撤退を難しくしている」

「リュンクス旅団、パンテーラ、ですね」

 ムトの言葉に、ヒラマエが頷く。

「リュンクス旅団は言うに及ばず、パンテーラはリュンクス旅団をメインで敵視していたが、それがこちらを敵視していないことにはならない。この状況では疑心暗鬼になってもおかしくはないからな」

 リュンクス旅団の団長、アスピスには一応くさびを打ち込んだつもりだが、さて、どうなるか。

「問題なのは、オアシスまでの退路が全員同じという点だ。ジュビアに入るには、必ず最後に立ち寄ったオアシスを経由するルートしか確立されていない。そのことは連中もわかっている」

「待ち伏せされている、という事ですね」

 イーナが顎に手を当てる。

「では、ここに留まる場合についてですが」

「結局、他の団とやり合うってことか」

 テーバが呟く。団員たちに悲壮感が漂う。先ほどの戦いで、奴らの実力を知った。敵を褒めるのは癪だが、奴らは強い。負けるつもりはないが、最後までやり合えばどちらも多大な被害が出る。正直、あの時パンテーラが乱入しなければ私は死んでいただろう。そして、その彼らと実力伯仲のパンテーラも相手にするとなれば、負けるのは必至だ。運よく生き延びたとしても、残りのトリブトムに蹂躙される。勝ち目がない戦いだ。

「いえ、もう一つあります」

 イーナが指を二本立てた。団員たちが、おや、という顔で彼女を見る。

「依頼品である『砂漠の蓮』を見つける選択肢です」

「本気か?」

 モンドが思わず尋ねた。そして、団員が全員私の方を見たそうな雰囲気を出している。彼女の言葉は、おそらく私と事前に話し合っていただろうと想像がつくからだ。だが、ヒラマエの手前、それができないでいる。ゴメン、と心の中で謝っておく。

「はい。困難なのは承知の上です。が、これが最善ではないかと考えました。鍵は、今回の依頼主であるグリフです。彼を捕らえれば、まず懸念である依頼主が偽物だったという謎が解けます。ここを切り口に出来れば、他三つの団と衝突するのを避けられる可能性があります」

「確かにな。俺たちに今圧倒的に足りないのは情報だ。そこを埋めれば、他の解決策も見つかるかもしれない」

「ええ。そしてグリフは、依頼品『砂漠の蓮』を狙ってくる。先に見つけることが出来れば、彼とも交渉ができるし、何より『砂漠の蓮』は強力な魔道具である可能性があります」

「最後の手段、として使えるわけか」

 ヒラマエが唸る。あの壁画を見た彼としては、どんな効果が表れるかわからない危険な魔道具を使うのに抵抗があるのだろう。だが、何もしないよりはマシだ。

「だが、戦うまでの時間、全傭兵団が散々探したんだぜ? そう簡単に見つかるか?」

 テーバが一番の問題点を突いた。再び、全員が俯き唸る。

「可能性があるとすれば、地下にあったあの壁画だ」

 ヒラマエが言った。

「あの壁画には、古代の文字が書かれていた。解読できれば、もしかしたら『砂漠の蓮』の手掛かりになるかもしれない」

 シャシンがあれば、とヒラマエが悔しがる。

「古代の文字の解読は、そのグリフがいなければできないのでは?」

 私が口を挟む。

「ああ。だが、どんな文字の解読も基本はパターンだ。一つの意味が分かれば、数珠つなぎに他の意味も分かる場合がある。時間さえかけられれば全文解ける可能性が高い」

「おう、ちなみにどんな文字でい?」

 癖のある口調でプラエが言う。ヒラマエへの嫌悪よりも、古代文字への関心が勝ったらしい。

「私にも見せてくださ、見せなさ~い」

 ティゲルが自分なりの尊大な言い方で前に出てきた。どうしても和んでしまう口調だが、本人は至って真剣だ。

 ヒラマエが地面にいくつかの文字を書いた。

「ふむ、何か、これ、見たことあるな。こいつは、蓮? 金?」

「あ、私もです~。こっちが時間、場所だと思いま、思うのよ」

 二人の発言にヒラマエが驚いた。流石はうちが誇る頭脳たちだ。解読班が三人いれば、時間もさらに短縮できる。

「光明が、見えてきましたね」

 イーナが、団員たちの心情を代弁した。

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