第206話 呉越同舟
「カリュプスとアーダマス。二国の領土内では、貧富の差がかなり激しくなってきている」
昨今の状況をヒラマエが語る。
「人口の増加によって資源の消費が激しくなり、自国内で賄えなくなりつつある。生産性を上げるにはどうしたらいいか。一番シンプルな答えは、相手の領土を奪えばいい」
「たちが悪いのは、政策として有効なのよね」
「戦争は、俺が言うのもなんだが倫理観を無視すれば効率が良い商売でもある。多くの武器が売れ、食料が高値で売れ、それを消費する人間が適度に減る。王家や政治に対する国内の不平不満、怒りを敵国に向けて目を逸らせることも可能だ。上手くいけば相手の領土も財産も手に入る。最悪旗色が悪くなれば和平交渉に持ち込めばいい。戦争が泥沼化するのは、お互い避けたいから相手も必ず乗る。勝負の前にすでに戦争の行方は決まっているのだ」
とんでもないマッチポンプだ。巻き込まれる人間の事なんか一つも頓着しない。それが、トップに立つ王族と呼ばれる連中ってわけだ。
「戦う人間の生死はお構いなし、か。最悪の連中がいるわね。吐き気がする」
「事実だ。そしてそういう連中が重要視するのが、理由だ。大義名分と言っても良い。相手を責める理由が必要になってくる。理由なく侵攻すれば、逆に自分たちの国が攻められるからな。ここでお前たちが関わってくる。お前たちは自分では気づいていないがかなりの影響力を持っている。そのお前たちがアーダマスに、ラテル事変の真実を伝える」
「それだけでアーダマスが動く?」
「そこで俺の存在だ。トリブトムは長年アーダマス御用達の傭兵団だ。その幹部が話を捕捉すれば信用度はさらに増す。ただ、この話をするには、俺たちが何をしたかを伝えることになる。受け取る人間次第だが、トリブトムの名前と信用に傷がつくことになるだろう。マグルオたちはそれを嫌がったのかもしれない」
私たちにとってはざまあみろと言うべき内容だが、ヒラマエがトリブトムを裏切るとは思えない。本人ももちろんそんなつもりはないと明言した。切られた理由は、今はさほど重要ではないので、話を進める。
「彼らがどこに向かったかわかる?」
「見当もつかない。しかし、どうせ俺を切るならもっと別の時期で良い。なぜこのタイミングなのだ? 依頼が終わってからでも充分間に合ったはず。この状況でこんなことをすれば依頼の達成が難しくなるのは目に見えているのに」
「そうね。この時点で互いにいがみ合っている私たち三つの団が共通して考えつくことは、この依頼をしてきた大本であるトリブトムに責任を取らせようってこと。だから、トリブトムは私たちをここで潰しに来る、という理屈になるけど・・・。これは効率が悪いし、今言ったように意味がない。私たちだけを潰すのならともかくね」
「となれば、俺たちが依頼を受けた後に、何か不測の事態が起きた、とみるべきか」
「不測の事態? それこそあり得るの? トリブトムは依頼内容をかなり精査するはずでしょう?」
「その通りだ。だが、今回の依頼主であるグリフは、アーダマス王家からの使者だ。これまで何度も別の依頼で顔を合わせたことがある。だから、何度も依頼を受けているし、前回調べているからとそこまでの調査は行われなかった。何度もしつこいとそれこそ王家から使者、ひいては王家に対する侮辱、不敬だとクレームが入るからな」
ヒラマエの話を聞いて、少し考える。
「・・・そのグリフだけど、本当に本人?」
「どういう意味だ」
「以前、私が受けた依頼の中に、本人に成り代わって相手を騙し、貴重品を盗み続けた事例があるわ」
「馬鹿な。成り代わるって、どうやって。本人とそっくりの顔の人間を見つけてきて、スパイに仕立て上げるというのか?」
「逆よ。スパイを本人の顔に作り替えるの。そういう技術、もしくは魔道具が存在するわ」
「これまで何度も会ったことのある俺たちを欺ける程のものなのか?」
「その事例では、数か月以上にわたって潜入され、仕事で共に過ごした全員が、誰一人気づかなかったわよ。依頼の時だけ出会った数回で見破れるとは思えない」
「そんな。あり得るのか。だが・・・」
ヒラマエが手の平を、自分の両頬を挟むように当てた。顔についた血や泥、そして滲んできた別の意味の汗を拭っている。
「心当たりが?」
「最近、アーダマスから依頼される珍品収集の系統が、少し変化していたのは事実なのだ。それまでは希少生物の生け捕りであったり剥製だったりしたのだが、時折過去の遺物の収集が混じるようになってきた。もちろん、そういうものも希少なため様々なジャンルの品を集めているのかと思っていた。近々、王家が集めた物を展示したパーティーが開かれるとも噂されていたからな。特に疑う理由はなかった」
もしそうだとしたら、やり方が巧妙だ。本当に必要な物を得る前に、相手に違和感を与えないよう徐々に依頼内容を変更していた可能性が高い。前にも似たようなことがあったから、今回も大丈夫だと思い込ませることに成功している。
「俺たちは、一体誰の依頼を受けていたんだ?」
「もしグリフが偽物で、トリブトムがそれに途中で気づいたのなら、カギを握っているのは偽のグリフかもしれないわ」
もちろん、殺されている可能性もある。偽物だという事がばれて一番危険なのはその本人だ。だが、大傭兵団トリブトムを騙し、しかも同行するほどの人間が、ばれたからといってやすやすと殺されるとも思えない。
「わからないことが多すぎる。ともかく今は、俺たちもここを離れるべきだ」
いちいち癪だが同意見だ。
「仮定に仮定を重ねても仕方ないしね。まずはアスカロンのみんなと合流するわよ」
「わかった」
進みだして、ふと、隣にヒラマエがついてきていないのに気づく。振り返ると、ヒラマエが立ち止まっていた。
「どうしたの?」
「良いのか?」
「何が?」
「一緒についていっても良いのか、という意味だ。お前は、お前たちは俺が憎いのだろう?」
「憎いわ。今でも殺したいほどに。けれど、言ったでしょう。お前は私たちが生還するために必要なの。無事生き延びられたら、気兼ねなく殺すわ」
「・・・そうか」
ヒラマエが歩み始める。傭兵らしく、切り替えが早い。
「では敵対する前に、今の敵を気兼ねなく倒しに行くか」
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