第205話 明日のために過去を飲む
『はぁ?! 何でそんなあからさまな罠に引っかかるのよ』
馬鹿じゃないのと通信機越しにプラエがぼやく。そりゃ俯瞰的に物事を見えるプラエの立ち位置だからこそだと言いたいのをぐっと飲み込んで後に回し、端的に現状とこれからの行動について伝える。
「とにかく、今我々は他傭兵団と敵対関係になりました。そこにいる他傭兵団の残りが動き出す前に移動してください。最悪、荷物は放置で構いません」
とは言ったものの、頭の中で過ぎるのは置いてきた魔道具や食料、水が、赤字の太文字が頭をよぎる。絶対回収してやる。
『わかったわ。合流場所はどこ?』
「城下町東側にしましょう。高台にあるジュビア城から見た時、比較的多くの建物跡が残っています。遮蔽物として使えます」
『すぐに向かうわ。ふん、だからね。いつの間にかトリブトムの連中がいなくなっていたのは』
「・・・何ですって?」
ちらとヒラマエに視線を向ける。私が連絡を取り合っている間、奴は周囲の警戒をしている。
「いついなくなったかわかりますか?」
『正確な時間はわからない。けど、ゲオーロ君が森に薪を取りに行ったときにはもういなかったって。それが一、二時間ほど前だったかな。ごめん、その時はただ設営場所が不便だから移動した、くらいにしか思ってなかった』
私たちが探索中の頃だ。プラエたちがいる城下町の南端を出たのが十二時前だった。今が、十八時前。
「その件も含めて、会って相談しましょう。今は身の安全の確保が最優先です。南側にモンドさんに向かってもらいます。合流してください」
『了解よ。それじゃ、後で』
通信を切る。それに気づいたか、ヒラマエがこちらに近づいてきた。
「追いかけてくる気配はないが、急いだほうが」
ヒラマエが立ち止まって言葉を切った。そして、ゆっくりと視線を下に向けた。そこに、ウェントゥスの剣先がある。もう少し伸ばせば皮膚を貫き、心臓に達する位置だ。
「どうする? このまま刺すか?」
両手を上にあげて奴が言う。
「殺すつもりだったなら、あの時置いていけばよかったんだ」
「無駄口はやめて。時間がないの。聞かれたことだけに答えなさい」
「・・・わかった」
「キャンプ地からトリブトムの団員が消えたわ」
ヒラマエが眉間に皺をよせて、言った。
「俺の指示じゃあない」
「じゃあ誰の指示? さっき上からリュンクス旅団、パンテーラの両方の陣営をざっと見たわ。トリブトムの団員らしき人間はいなくなっていた。これについては?」
「知らない」
「嘘をつくな!」
ぐっと左手に力を籠める。ウェントゥスが輝き、一センチ伸びた。奴の鎧に薄い亀裂が生じる。それでも動じず、ヒラマエは私の目を見ている。
「私たち、リュンクス旅団、パンテーラが同時間帯に襲われて、そしてトリブトムがいなくなっている。無関係だとでも言うつもり?」
「嘘ではない。本当に何も知らない。指示を出した覚えもない。一度騙されたのだから、疑いたくなる気持ちはわかるがな」
「気持ちがわかる、だと?」
ウェントゥスがさらに輝きを増す。
「わかるわけがない。私たちがどれほど苦しんだか、お前に、お前らにわかるわけがない!」
もう少し力を込めれば。頭が、心臓が高速可動し、血液が沸騰しそうなほど熱くなって前進を巡っている。
冷静になれ、と頭の端で声がする。ヒラマエはトリブトムの情報源だ。ここで殺したら情報が得られなくなる。全員が生き残るために、押さえろ。
「ガリオン団長が死んだ。ラス隊長も死んだ。バーリも死んだ。そして、上原も死んだ。皆、皆死んだんだ! お前らが裏切ったから!」
それでも口から言葉は溢れてくる。
「皆を殺した奴らを、私たちを陥れた奴らを、全員殺す。そのために私は生きてきたんだ!」
「ならば殺すがいい。俺はお前たちを陥れた人間だ。今ならそれが可能だぞ」
「お前ぇええええええええ!」
アレーナで奴の首を締め上げる。壁に叩きつけ、ウェントゥスを振り上げた。
『団長?』
通信機からムトの声が聞こえた。だが、刃は止まらず、突き立つ。
荒い呼吸が耳に届く。自分の息だ。なるべく大きく吸って、ゆっくりと吐く。落ち着くのを待つ。
「殺さないのか」
ヒラマエが言う。彼の首のすぐそばに、ウェントゥスが突き刺さっている。
「まだ、ダメだ。お前には利用価値がある。まだ殺さない。私たちがここから生き延びるためだ」
無理矢理声を絞り出した。ウェントゥスを引き抜き、ヒラマエを解放する。ようやく、頭の片隅に追いやられていた冷静な声が聞こえてきた。
『団長、聞こえてますか? ムトです。今、プラエさんたちと合流しました。東側にこれから向かいます』
通信機を手に取る。
「了解よ。私もすぐに向かう」
『お待ちしています』
この会話で、息がつけた。心の中でムトに感謝する。もう一度大きく深呼吸して、目の前のヒラマエに向き直る。
「トリブトムの行動に、自分は関係ないというのね?」
事情を確認する。冷静に、慎重に、誤らないために、理性をフル動員して。
「そうだ。俺にとっても想定外の事が起きている」
「居館に落ちていたあの装備、あれは?」
「うちの団員の物だ。あの現場を見た時、俺は最初全員殺されたのかと疑った。だが、その疑いはすぐに消えた」
「死体がなかったからね?」
ヒラマエが肯定する。
「それに、音もしなかった。あれだけの戦いが繰り広げられれば、いくら地下にいても誰かが音で気づいたはず。であるなら、あれは偽装である可能性が高い」
「何のために?」
「俺が聞きたいくらいだ。そっちの言う通り、リュンクス旅団、パンテーラ双方に派遣された団員も見かけない。俺を除いて、全団員がいなくなっている。考えたくはないが、俺がトリブトムから切られた可能性は高い」
「幹部なのに?」
「幹部であれ、切られる時は切られるものだ」
「思い当たる原因は?」
「そうだな。今回の依頼に俺が強引に参加したことぐらいか。マグルオたちは反対していたからな」
「なぜ強行したの? 私たちに会えば殺し合いになるとは考えなかった?」
「考えた。だが、確かめておきたかった。あの時の俺たちの決断が、一体どういう結果を生んだのか」
「たった、それだけの理由で?」
「それだけのためだ」
「そこらで伝え聞くものと同じよ。大国が潤い、小国が滅び、一つの傭兵団が潰れた」
「そして、お前たちが生まれた。龍を狩る者たち『傭兵団アスカロン』。お前たちがガリオン兵団の生き残りだと気づいたのは、ごく最近の事だがな。そしてその団は、今や複数の国と密接に繋がっている。ヒュッドラルギュルムから始まり、ラーワー、プルウィクス、アウ・ルムの後ろ盾がある。我々にとって脅威になるかどうか、確かめるには充分な理由だろう? 他にも細かい理由はあるが、概ねそういった理由だ」
「まっとうそうな理由に思えるけど、どうしてそれで他の奴らが見捨てるの?」
「もしかしたら、俺がトリブトムを裏切ると思ったのかもしれんな。裏切って、お前たちにつく可能性を考えたのかもしれん」
「私たちに?」
おことわりではあるが、話の腰を折る時間がないのでスルーする。
「ああ。昨今の五大国の情勢を知っているか?」
「いえ。カリュプスとアーダマスの仲が悪くなってきている、というくらい」
「それも事実だが、もとより五大国の仲は悪い。それでも表面上仲良く見えるのは、争ってもなんの利益もないからだ。しかし、その情勢が変わりつつある」
「近々戦乱が起きる、と?」
心当たりがいくつかあるから、その答えに行きつくのは容易だった。ヒラマエが頷き、続ける。
「むしろ、欲している節すらある。大国の奴らは、戦いが起こってほしいのだ」
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