第204話 仕切り直し

「アァスゥピィイイイイス!」

 憎しみのこもった怒声が庭園に満ちる。

 混戦の私たちの横腹に噛みついたのは傭兵団パンテーラだ。突撃してきたパンテーラ陣中央に、巨大な剣を振るうシーミアがいる。城壁に残るリュンクス旅団の射手の元にもパンテーラの団員が飛び掛かっていた。

「てんめえぇシーミア! 何のつもりだ!」

「問答無用! 卑劣な罠で命を落とした我が団の同胞の無念、ここで晴らす!」

 三つ巴の様相を呈して、戦場はさらに混乱の一途を辿っている。

 機が生まれた。アスピスの意識は完全にパンテーラに向いている。ここで私が取れる選択肢は二つ。

 一つはパンテーラと協力し、リュンクス旅団を叩く。

 これならば、今の禍根は断てる。この様子じゃアスピスたちの誤解は解けそうにない。確実に敵対する事がわかっているなら、ここで潰すのが得策だ。

 だが、しかし。私の脳裏にちらつくのは、この状況を画策した人間の思惑だ。私たちを罠に嵌め、互いにつぶし合うように仕向けた誰かは、逆に言えば私たちに生き残られたら困るわけだ。加えて、三つの団が一つでも欠ければ、誰かにとって私たちは脅威ではなくなるという意味でもある。潰し合わせたいという事は、誰かの計画は、最後には私たちを全員潰すという事なのだから。

 危険な賭けになるが、最終的に生き残る可能性が一番高そうなのは、これしかない。

「テーバさん! ありったけのフームスを!」

 通信機に向かって怒鳴る。フームスは煙幕弾の別呼称だ。煙幕の単語で私たちの次の動きを気取られるのを防ぐ。

「おうさ! 逃げるが勝ちだ!」

 シュポンという気の抜けた音が断続的に放たれ、白い煙が立ち込める。たちまち私たちを包み、さらに広がって庭園全体を包んでいく。城壁に囲まれている、という地形も味方した。強い風が入り込まないから、煙が流されない。

「アスカロン、撤退だ! ジュビア城から退避する!」

 指示を飛ばす。すぐにレスポンスが返ってきた。

「俺が先陣を切って道を作る! 後ろからついてこい!」

「狙撃部隊は俺んとこ来い! 遅れたら置いてくぞ!」

 モンドとテーバが私の言いたかったことを汲んで、先んじて指示を出した。本当に助かる。

 私たちのアドバンテージは、通信機を持っていることだ。散らばっていてもタイムラグなしで情報交換、情報共有することが出来、連携すら可能にする。そして、合流場所も散らばった後で伝えられるし、変更も可能だ。私もすぐにその場を離れる。煙の中で出くわすリュンクス旅団やパンテーラの団員を殴り、蹴倒しながら、城壁を目指す。

「なんじゃこりゃあ!」

「くそ、見えない! アスピス! どこだ!」

 辿り着いた壁をアレーナで上り、煙の外に出た。まだ庭園の中央あたりで叫んでいる両傭兵団団長の声を聞きつつ、目を凝らす。

「脱出出来たら報告を!」

 まだ脱出できていない団員がいれば、助けに戻る必要がある。目と耳に神経を注ぎ込んで集中する。

『こちらモンド、接近戦主体の団員たちを連れて南の正門に到着、けが人は何名かいるが命に別状なしだ』

『テーバだ。狙撃部隊は全員居館に戻った。このまま地下にあった通路を抜けて城下町北側に出る』

 団員たちの無事脱出した報告を受けながら、徐々に晴れていく煙を見つめる。煙が晴れた庭園は、そこかしこで傭兵が倒れている。幸いうちの団員はいないようだ。

 団員は残っていなかった。だが。

「ヒラマエ」

 奴が取り残されていた。団員ではないから、私の意図が伝わらなかったか? しかし、奴はムトの近くで戦っていたはずだ。わからなくてもムトの後に続けたはず。トリブトムの人間が、そんな勘が悪いはずがない。実践から離れていたせいで鈍った?

 違う。奴の視線が私を捉えた。笑っていやがる。笑みを模ったその口が、ゆっくりと動く。


 い け


 すっと視線を外し、ヒラマエは周りにいるリュンクス旅団、パンテーラに剣を向けて構えている。

「囮になるつもり?」

 両陣営を見れば、トリブトムの人間が消えている。罠にかかって死んだのでなければ、自ら混乱に乗じて消えたと考えられる。この場から逃げた私たちも彼らにとっては怪しいが、さらに怪しいのはこの依頼を持ってきたトリブトムという図式になってしまう。そんな中で一人ぽつんと残れば、この後どうなるかは明白だ。この混戦で生き残った方の傭兵団にすぐに殺されるか、捕らえられて拷問されたのちに殺されるかだ。

 奇しくもあの時と同じ、ラテル城壁での出来事と同じ構図になった。あの時はロストルムに追われていた。今回は二つの傭兵団の間で挟まれて動けなくなっている。

 見捨てる、という考えが頭をよぎった。その方が賢い。仇も取れるし、何より稼いだ時間で自分たちを守れる。感情も後押しして、その選択肢を取る、つもりだった。

「くそ・・・!」

 ポケットの中の閃光手榴弾を取り出す。

「ヒラマエぇ!」

 叫ぶ。全員の視線が私に向く。

「走れ!」

 逡巡は一瞬、ヒラマエがこちらに向かって走り出す。

「逃がすんじゃねえ! 追え! 捉えろ!」

 アスピスが指示を飛ばす。近くにいたリュンクス旅団の団員がヒラマエの進路上に立ち塞がる。

 その団員の太ももに、可能な限り細くしたウェントゥスを伸ばして突き刺す。致命傷にしないのは、こちらの意図に気づいてもらうためだ。頭に血が上っている今では無理だろうが、冷静になれたら、くさびになる、と信じるしかない。

 悲鳴を上げて団員が倒れ、それを飛び越えてヒラマエが走ってくる。距離を見て、彼と追手の間に閃光手榴弾を投擲。両傭兵団の眼をくらませる。その間に城壁際に辿り着いたヒラマエにアレーナを伸ばした。

「サポートするから上って!」

 ヒラマエがアレーナを掴み、ジャンプする。そのまま壁を一歩、二歩と走るように蹴る。私は蹴った推進力が上に向くようアレーナを縮めた。

「逃げんのか龍殺し! 逃げんな! 降りてこい! 降りて戦え!」

 視力が回復したアスピスが私に向かって怒鳴る。ヒラマエを先に逃がし、二つの団を見ながら答える。

「お断りよ。少し頭を冷やせ! 本当に私たちがあなた方の団を襲ったと思ってるの?」

「てめえじゃなきゃ誰だっつうんだよ!」

「それを探して! この依頼、裏があるわ! 頭が冷えたら会いましょう!」

 返事は聞かず、城壁の向こう側へと飛び降りる。

「くそ! 訳が分からねえ! 野郎ども、撤退だ! 仕切り直すぞ!」

「逃がすか!」

「邪魔すんな!」

 城壁の向こうから聞こえる彼らのやり取りを聞きながら、私たちはジュビア城から撤退、城下町の中へ逃げ込む。もうすぐ日が落ちる。それまでに全員と合流し、次の手を考えなくてはならない。予想はしていたことだが思わず愚痴る。

「やっぱり、面倒なことになったわね」

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