第202話 奇妙な奇襲

 当初の予定通り、庭園を中継地点として、傭兵団ごとに四方向に分かれる。予定通りリュンクス旅団は右の塔、パンテーラは左の塔、トリブトムは中央の居館に向かった。私たちは再び地下へ向かう事になる。ただ、私たちが地下から出てきた通路は先ほどアラーネアによって潰れてしまった。

「別ルートは・・・ここですかね」

 イーナが地図を広げる。彼女が指さしたのは、中央にある居館だ。居館から地下に通じる階段があるようだった。トリブトムの後を追うようにして、私たちは居館に向かう。

 意外、というのもなんだが、居館は原型をしっかりと残したままだった。世界遺産でみたような古城に似て、レンガの積まれた外壁はしっかりと形を残している。ところどころ開いている隙間は、おそらく窓があった場所だろう。ガラスか、木か、どうしても風化してしまう箇所が年月の長さを想像させるが、それだけだ。少しリノベーションすれば、すぐに入居可能になりそうだった。入居希望者は、おそらくいないけど。

 門があったであろう入り口をくぐると、エントランスがあり、右側に物置や洗濯場などの作業場が、左側は門番が待機する部屋になっている。エントランスをまっすぐ進むと上に向かう階段がある。最上階は五階。二階から上が人の住む場所になっていて、使用人たちの住む部屋、近衛兵たちが常駐する部屋、客室、王族の暮らす部屋と階層ごとに分かれているようだ。

 地下に行くには、一度二階に上がり、そこから居館の壁を添うような形で作られた階段を下りる必要があった。おそらく、王族の避難用通路なのだろう。下った先は、先ほど私たちがいた場所『保存庫』に通じていた。扉を開けてみて気づいたが、扉は保存庫側からは壁と同じレンガ模様に偽装されていた。隠し通路というわけだ。

 保存庫のある階層は、庭園に上がった時に使った階段と、その下の牢屋へ続く下り階段、この二つを繋ぐ通路を中心にして、四方に部屋が広がっている。食料やら装備品やら、種類ごとに分けていたのかもしれない。その残骸と思しきものが、各部屋で発見された。が、肝心の砂漠の蓮は発見に至らなかった。

 次に行ったのは、隠し通路や隠し扉の調査だ。居館に通じる隠し通路があったのだから、他にも隠し通路、隠し扉がないか考えた。結論として、隠し通路はあった。ただ、それは外に通じる避難用の通路で、ジュビア城の北側に繋がっていた。私たちがジュビア城に向けて上った坂道の、丁度裏側に当たる。ただし、ここからは下って城下町に降りることは出来ても、上に上ることは出来なさそうだ。かなりの急斜面で、しかも途中は城の一部がネズミ返しのように反り返っている。アレーナを伸ばしても難しそうだ。

 空を見上げると、かなり陽が傾いている。予想以上に隠し扉の調査に時間を取られていたらしい。

「今日の調査は、これくらいにしてはいかがでしょうか?」

 イーナがヒラマエに提案する。

「そうだな。地下はこれ以上探すところはなさそうだし。一旦庭園に戻り、他の傭兵団と合流しよう」

 踵を返し、再び出口の居館に向かおうとしたところで、ヒラマエが足を止めた。妙に思うのも一瞬、全員の顔が険しくなった。張り詰めていく空気のなか、私もウェントゥスを手にする。

 こちらの松明の明かりを反射したか、チカッと廊下の奥で何かが光った。アレーナを盾にして前面に出す。

 何かが盾に衝突し、音を立てて落ちた。刃渡り二十センチほどの短刀だ。短刀からすぐに視線を上に向けた時、そいつらはすでにいた。

 影から這い出てきたのかと錯覚するほど、音もなく、ぬるりと人影が通路上に現れ、こちらに迫ってきた。黒い影の中、唯一光を放つのが刃の煌めきだけだ。

 たちまち、狭い通路で混戦となった。

「前衛、迎え撃つぞ!」

 モンドが盾を掲げ、前に出た。影の一人と衝突し、火花を散らす。盾を振り払い、相手の体勢を崩したところで、モンドはマグルーンを相手に向かって振り下ろした。頭をかち割るかに見えたその一撃は、まさかの空を切った。体勢を崩した相手は、そのままバク転しながら距離を取ったのだ。

「クソ、大道芸かよ!」

 舌打ちするモンドに、別の影が躍りかかる。その間に割って入ったのはムトだ。彼の小太刀が相手の剣とこすれ、ギリギリと嫌な音を立てる。だが、相手の方が力が強いのか、ムトが押し負けそうになっている。モンドも助けに行きたいが、別の影と切り結び、それどころではない。ムトがやられる、その前に敵が飛ぶようにして彼から離れた。

「大丈夫か?」

「は、はい。助かりました」

 助けたのは、まさかのヒラマエだ。彼が放った鋭い突きは、危険を察知し、逃げようとした相手の腕をかすめた。ひらひらと衣服の一部が落ちる。ヒラマエがそのまま敵を追撃し、ムトの体勢が整う時間を稼いでいる。

「シッ」

 影の一人が、私に向かって剣を振り下ろす。アレーナを斜めに構え、力を逸らすようにして受ける。相手が完全に振り下ろしたタイミングを狙ってカウンターを放つ、が、すでに相手はバックステップで距離を取っている。モンドじゃないが大道芸のように軽やかな、見事な身のこなしだ。手強い。だが、何だろうか、この違和感は。

 相手が距離を取ったタイミングで、再び視線を周囲に向ける。相変わらずの混戦状態だ。奇襲にも関わらず、こちらの被害は少ない。盾を上手く使い、敵を近づけないようにして何とか凌げている。反対に敵を仕留めたか、と言えば、そうでもない。こちらを翻弄するようにヒットアンドアウェイを繰り返している。こちらの隙を伺っているのだろうか。

 敵の数がそこまで多くないのも、こちらに被害が出ていない要因だ。今私たちが陣取っているのは階層の丁度中央あたり。上に向かう階段と下に向かう階段、他の保存庫に繋がる通路、それらが交差するハブに当たる場所だ。もっと敵の数が多く、別の通路からも敵が押し寄せて囲まれていたら危ないところだった。

「危ないところ?」

 自分で言っていておかしい事に気づく。危ないところってなんだ。敵を危うくさせるのが戦いのはずだ。さっき自分が受けた違和感の正体は、これか?

 全力で切りかかられたら、盾にしたアレーナに受ける衝撃はもっと重いはずだ。始めは相手の武器の種類のせいかとも思った。ここ最近、一撃一撃が重い相手と戦っていたせいもあり、感覚が少しおかしくなっていたのもある。

 だが、本気で殺すつもりなら、もっと速く鋭く、何より重いのではないか。であるなら、相手がすぐにバックステップで距離を取れたのも頷ける。すぐに逃げる体勢だったからだ。戦法を多く知っているわけではないが、剣で切りかかる以上、ほとんどの兵士はその一撃で勝敗を決めてしまいたいものではないのか。だって、防がれたら待っているのはカウンター、己の命を奪いにくる反撃だ。その最初の一撃を手加減して、逃げることを考えるなんてあり得るのか?

 それだけじゃない。戦い方にも違和感がある。いくら狭い通路での戦いとはいえ、人数が少なすぎる。数は力だ。相手より多ければ多いほど有利になる。

 百歩譲って、敵の数がわからなかったとしよう。攻めきれないとわかれば、普通は撤退する。消耗戦など傭兵にとっては愚の骨頂。勝算があれば攻め、なければ逃げる。『逃げる』は『負ける』と同義語ではない。逃げて相手を罠に誘い込み、有利にすることだって出来る。戦略的撤退として出直し、装備や人員を補充して再度挑むことだって出来る。

 結論として、こいつらは敵意、害意はあっても、殺意がないのだ。殺す気がないのにこちらを襲う、その理由は何だ? 消極的な攻めに何の意味がある? 意味のない戦いなど存在しない。であるなら、意味を探るのもまた戦いの一つだと私は思っている。

 消極的な戦い、殺意のない刃、中途半端な敵の数、それらが意味するところは。

 時間稼ぎ? だが、何故? 仮説が一つ浮かべば、疑問が一つ増える。

「嫌な、予感がするわね」

 ともかくも、時間稼ぎがあちらの目的なら、こちらはそれをさせなければ勝ちになる。

「強引に敵陣を破ります! 全員サングラスを用意!」

 閃光手榴弾を手に取り投擲。カラン、カランと音を立てて転がり、炸裂。光が狭い通路を飲み込む。暴力的な光が収まり、元の暗がりに戻った通路を見た時、少し驚いた。先ほどまで私たちの前にいた敵集団が、通路の端まで後退していたのだ。何名かは目をやられて頭を振ったり手で顔を押さえたりしているが、無事な者がサポートし、撤退していく。

 閃光手榴弾の事を知られていたのか、または、何かはわからないが危険な物を投げつけられたので勘で退いたか。したくはないが敵戦力の評価をさらに上げる必要がありそうだ。

「団、いえ、ルイさん」

 ムトが持っていた物を私に見せる。彼が持っていたのは、黒と赤い布の切れ端だ。先ほど、ヒラマエの突きが切り取った、敵の衣服の一部だろう。

「この赤い色の布、どこかで」

 モンドが覗き込み、言う。数秒もしないうちに、全員の脳裏に同じ答えが浮かび上がった。まさか、と口走る団員もいる。

「急ぎ、庭園に戻りましょう」

 嫌な予感は絶賛継続中だ。

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