第199話 壁画解読

 横道が見つかったのは、私たちが底について探索を開始してすぐだった。全員が、その横道前に集まる。横道は一人分の幅しかない細い通路だった。

「ジュビア城がある方向ですね」

 地図と照らし合わせながら、イーナが言った。

「上に上る手段がない以上、進むしかなさそうだな」

 ヒラマエに同意するのは癪だが、確かにそれしかない。

「では『団長』、私が先頭で先に進みます」

 イーナに進言し、松明を持つ。最初に決めた通り、彼女にヒラマエの相手を任せる。相手から話を引き出すためにも、私たちの精神衛生上にもそれが最善だ。

 数メートルしか利かない視界の中、慎重に歩を進める。理由はわからないが城の防衛機能が生きているのであれば、他にも仕掛けがあるかもしれない。しばらく進んだ後、上に向かう階段を発見した。らせん状の階段だが、そこまで高くはなさそうだ。上を見上げると、微かに光が漏れている。地上かと思ったが、私たちが落ちた距離と一致しない。別の理由で光っていると思われる。階段を上がったそこは、少し広まった空間だった。うすぼんやりと光っているのは、天井に生えたコケだろうか。何とか全員が同じ空間に入ることは出来たが、下の落とし穴の底とは違い、かなり手狭になった。

「分かれ道か」

 ヒラマエが呟いた。私たちが昇ってきた階段を除いて、左右に道が続いている。

「これ、もしかして」

 イーナの声に振り返る。わらわらと全員で彼女を囲む。

「見てください。城の地図を。私たちが担当する地下の最下層に当たる場所に、似た形の区域があります」

 彼女の手元を松明で照らし、全員が頭をぶつけあうように近づけて地図を見る。

「ふむ、ここは下層の、牢屋があった場所付近か」

 モンドが呟く。私たちがいるのが地図上と同じであれば、この左右に伸びる通路は円を描くように通っている。円の四分の一ごとに階段があり、右に行けば下りの階段、そしていまモンドが言った牢屋に繋がっている。左に行けば上の階層に上がることが出来る。もう四分の一、今いる場所の丁度反対側は階段ではなく、この円の中心部に向かって伸びているようだ。

「では、まずはこの階層から調べていきましょう。ヒラマエ殿もそれでよろしいですね?」

 イーナが伺う。

「ああ。異論はない。一つずつ潰していこう」

 私たちはまず団を二手に分けた。砂漠の蓮を知っているのはヒラマエだけだが、その前に道中罠がないか、敵が潜んでいないかを確認するためだ。右手側をモンド達に任せ、私とテーバは左側に向かう。地図通り、上に続く階段があった。そこで、団をさらに二つに分ける。テーバに上に行ってもらい、私はこのまま直進し、階層を調べていく。

『牢屋に当たる場所を調べた。敵も罠も、とくには見当たらない』

 最初にモンドからの通信が入った。

『了解しました。戻って合流をお願いします』

 イーナが返答する。

『上の階までのルートを確保。こちらも敵、罠はなかった』

『了解しました。しばしお待ちください』

『わかった。ルートを確保しつつ、合流を待つ』

 テーバの返答に、イーナが同じように答えている。

 彼らの通信を聞きながら、私はこの階層の最奥へと向かう。円状の通路を曲がると、直線があり、左右に二つずつ小部屋があった。部屋の壁には絵が描かれている。罠は特にはなさそうだ。警戒を少し緩め、壁画を見やる。私が見ているのは、入ってすぐ左手の部屋だ。繁栄する街並みが描かれている。これは当時のジュビアだろうか。

『ルイさん。そちらはいかがですか』

 イーナからの呼び出しに、通信機を手にする。

「こちらルイ。地図にある、この階層の奥にある部屋まで到達。罠や敵は見受けられない。ただ、一緒に見てもらいたいものがある」

『了解しました。皆と合流し、そちらに向かいます』

 通信が切れてしばらく待つと、足音が聞こえてきた。

「お待たせしました。ルイさん、見てもらいたいものって?」

 先頭でやってきたイーナに「あれを」と壁画に向かって指さす。

「残りの三つの部屋でも壁画が見つかりました。・・・トリブトムの、ヒラマエ殿。何かわかりますか?」

 声が震えないように気を付けて呼びかける。

「そうだな・・・」

 手を顎に当てながら、ヒラマエが壁画を見上げる。

「グリフ殿に見せられた古文書、そこに描かれていた絵に似ているな。見てくれ。絵の下に古代の文字も刻まれている。これも載っていた」

 絵の下を照らすと、記号のような、環境文字のような模様が描かれている。

「ヒラマエ殿、読めますか?」

 イーナが後ろから尋ねた。

「完全な解読は、グリフ殿でなければ不可能だ。だが、教わった単語がいくつかあるな。ジュビア、繁栄・・・」

 ヒラマエがいくつかの単語の意味を呟く。

「すまないが、時間を貰えるか。他の部屋の絵や文字も見ておきたい。何か探索のヒントになるようなものがあるかもしれん。それまで待機してもらえるかな」

「わかりました」

「それと、そちらの」

 ヒラマエが私を指さした。

「ルイ殿、と言ったか。一緒に来てもらえないか?」

「私が、でありまするか?」

 動揺で言葉遣いが変になった。

「そうだ。君だ」

「私がいては、ヒラマエ殿の調査の邪魔になるのでは?」

「調査というほど、偉そうなことが出来る人間じゃないさ。それに、君はこの絵が重要だと思ったから皆を呼んだんだろう? 調査という言葉を使ったのもそうだ。普通、たかが絵に何か重要な物があるとは考えない。そこを立ち止まった君は、こういう古代の遺跡に関しての知識、最低でも興味がある。そんな鋭い目を持つ君に協力を求めるのは、至極当然だろう?」

 さ、行こう。そう言ってさっさとヒラマエは隣の部屋に行ってしまった。心配そうに見守る団員たちに視線で大丈夫と伝え、私は彼の後を追った。


「こちらの部屋の絵は、ジュビアの魔道具開発に関する内容だな。見てくれ」

 ヒラマエが指さすところを松明で照らす。今は個人の感情を遠くに投げ捨て、依頼を達成するためだけに意識を向ける。

「書かれている文字の意味は『月日』『場所』『黄金』『結果』などだ。おそらく、開発にかかった時間や資金、労力について記録を残したんだろう。そして最後のこの文字。『蓮』という意味だ」

 少し興奮したようにヒラマエがまくしたてる。

「砂漠の蓮がどういう効果を発揮するかが記録されているのだろう。完全な翻訳はグリフ殿に任せるしかないか。ノリのシャシンがあれば良かったのだが」

「シャシン?」

 聞き馴染みのあるワードに、思わず問い返す。

「ああ。奴が持つ魔道具だ。奴がもともとルシャというのは知っているか?」

「ええ、団長から聞きました」

「奴の住む世界には、この空間を切り取ったかのような、精巧な絵を写し取る魔道具がある。そうやって写し取られたものをシャシンというのだ」

 そのまま写真の意味で良いのか。では彼は、スマートフォンかデジカメを所持していることになる。充電も、電気を生み出す魔道具は存在する。電圧とか電流を調整したという事か。五年以上も良く壊れずに保てたものだ。滅価償却費なら逆に貰えるレベルじゃないか?

 そんなことを考えていてふと見ると、ヒラマエの顔が少し曇っていることに気づく。

「どうされた?」

 今なら他にもいろいろ喋るのではと期待して声をかける。

「いや、何でもない。こちらの問題だ」

 苦笑し、ヒラマエは話を切り替えた。

「それよりもだ。こっちの部屋にある絵を見てくれ」

 次の部屋にある壁画を見上げる。先に見た二枚の壁画とは違い、どうも暗い印象を受ける。

「最初に見た絵で繁栄していた街が失われている。おそらく、一夜にして滅んだ場面を描いたものだろう。文字も、それに倣って『崩壊』『消滅』『後悔』『砂』『地下』といった単語が並んでいる。そして」

 最後の部屋に向かう。

「ここの絵はジュビアではなく、警告といった意味のものだ。掌をこちらに向けた絵は、それ以上進むな、という意味がある。その下に描かれている文字も、再び『蓮』という文字に加え『選択』『起きる』『逆』『再び』という単語が並ぶ。ふうむ、素直に受け取れば、二度と蓮を起こすな、という意味になるが・・・。ただ、文字の並びによって、意味が変わるのはよくある話だ。他の部屋の単語も、並ぶと別の意味になるかもしれん。断定はできないか」

「ずいぶんと、楽しそうですな」

 ふむふむと思考を巡らすヒラマエに、多少の嫌味を込めてそう言うと「これが、もともとの私の本業なのだ」と彼は答えた。

「今は幹部だ何だと言われて身動きがとりづらくなってしまったが、もともと私も現地に向かう傭兵の一人。仲間と共に各地を巡っていた。希少な品は、時に現地の古文書や口伝の中にヒントがある。それを解明するのが私の役割だ」

「だから今回の依頼、解読が得意なヒラマエ殿が直接指揮を取ることに?」

「それもある」

「他にも理由が?」

「ああ」

「聞いてもよろしいか?」

 そう尋ねるとヒラマエは居住まいを正してこちらをじっと見た。

「答えても良いのか?」

 視線が交錯する。左手はウェントゥスに伸びている。鯉口を、音を鳴らさず切る。

 頭の中では様々な考えが浮かぶ。既に正体がばれているのは確定だ。ここで戦ってもいいのか、生かしておいた方が良いのか、ヒラマエの目的は何か、この後のトリブトム対応をどうするか等など。それらは、おそらく火ぶたが落ちた瞬間に消えるだろう。ヒラマエも、腰の剣の柄に手を添わせている。

 ドン、と頭上から圧し潰すかのような音が響いたのは、そんな時だ。

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