第198話 暗闇にバンジー

 悲鳴が反響する。全員が自由落下の恐怖を味わっている中、腹の底から沸き上がる恐怖を飲み込み叫んだ。

「斜め上に撃て!」

 全員がカテナを手に持っていると信じて指示を飛ばす。

 果たして、空気の抜けるような独特の発射音が連続で鳴る。私も言った通りにカテナを射出した。壁に突き刺さる感触が返ってくる。カテナの射出機からロープがどんどん出ていき、摩擦で落下速度も少し落ちる。ロープが無くなった瞬間、ガクンと肩が外れそうなほどの衝撃。カテナを持つ腕に、自分の全体重がかかったのだ。しかし、落下は止まった。プランプランと暗闇の中で宙づりになり、壁や隣にいる誰かとガツガツぶつかる。可愛くないアメリカンクラッカーだ。

「全員、無事?」

 呼吸を整え、暗闇に向かって声をかける。おう、とも、うん、ともつかない、うめき声みたいな返事がきた。片手でポケットを探り、松明用の布を何とか取り出す。もったいないが閃光手榴弾を火種代わりにする。布を巻き付け、周囲に向かってまた声をかけた。

「皆、今からちょっと眩しくなりますよ。目、注意してください」

 野太い返事を聴きながら、布を巻き付けた閃光手榴弾を落とす。落下していく音も大事だ。一、二、三

 派手な音と共に閃光が瞬く。暗闇の中だから余計に目がやられる。顔をしかめ、細めた目で真下を注視する。周囲を照らした強烈なライトは一瞬で消え、代わりに小さく燃える火の玉が足元にある。巻いていた布だ。爆発前に落下した音も響いた。揺れる炎のせいで遠近感が狂いそうだけど、閃光手榴弾はスイッチから爆発まで約三秒、その前に落ちたってことは二秒前後、空気の抵抗とかを無視して、重力に惹かれて落ちる距離は一秒間で約九メートル、以降は時間経過ごとに倍増していくから二秒後には二十メートル、三秒だと四十メートルを超えるが、流石にそこまでの距離はなさそうだ。

「今から最下層まで下りて安全を確認し、明かりをつけます。皆、もう少し待ってて」

 壁の出っ張りにアレーナをひっかける。カテナを壁から引き抜いて背負いしまってからゆっくりと伸ばして、最下層を目指す。届かなかったら今度はもう一度カテナを突き刺し、それを命綱代わりに伸ばすつもりだった、が、アレーナの最大伸度で地面に届いた。足先が地面についた時、思わずほうっと息をついた。なんという安心感と安定感。やはり人間は地上から離れられない生き物なのだ。踵で何度か床を蹴るが、沈みこんだり抜けたりはしない。変な音もしないから、下がさらに空洞という事もなさそうだ。ひとまず安全と判断していいだろう。

 あたりを見渡すと、丁度いい木の棒があった。やけどに気をつけながらまだ燃える布を棒に巻き付ける。他にも火が着きそうな廃材が転がっていたので、布を巻き付けて火をつけていく。その途中、黒い塊を見つけた。瞬間、背中にぞわりと悪寒が走った。まさか、誰か落ちたのか・・・?

 恐る恐る近づくと、それはボロボロの布を纏った人の骨だった。よく見ればあちこちに骨らしきものがある。私たちと同じようにジュビア城にきて、このトラップに引っかかった人間の末路だろうか。もう少しで私たちも同じ目に遭うところだった。団員の物でないことに胸をなでおろす。

 松明の明かりで照らされた地下は、上で潜った第二の門と同程度の広さで、長方形の空間だった。ぱっと見では出口があるのか、上る場所があるのかはわからない。最悪クライミングのまねごとをしなければならないな。脱出方法についてはひとまず置いておいて、先に他の皆を救出しなければならない。

 見上げると、十メートルくらいの高さにむくつけき男たちの足だけが照らされている。なかなかホラーでシュールな光景だ。

「ジャンプして下りてもらうのは、無理か」

 目測でビル三階分くらい、落ちれば命は助かるかもしれないが、足の骨は覚悟する高さ。しかも彼らはそれぞれ武器と鎧を装備しているし、落ちた時の衝撃は大きい。アレーナを伸ばし、真上の人間をつつく。

「うわっ、びっくりした!」

 その声は、ムトか。彼の顔あたりまでアレーナを伸ばす。当たりをつけて、壁にひっかける。

「ムト君、アレーナに掴まって、カテナを外せる?」

「わかりました。やってみます」

 カチャカチャと音がして、右腕に振動が伝わる。

「外せました」

「了解。そのまま、アレーナを伝って下りてこられる?」

「やってみます」

 ず、ず、ずずず、とムトの体に光が当たる面積が増えていく。高さが三メートルになったところで、ムトがアレーナから飛び降りた。

「じゃあムト君、今私がアレーナでやったように、向こうの壁にカテナを打ち込んで」

「ロープを伝って下りてこられるようにするんですね。わかりました」

 すぐさま彼はダッシュで反対側の壁に向かった。

「壁にカテナ撃ちますんで、気を付けてくださいね」

「当てんなよ、絶対当てんなよ!」

 あの声は、ムトが話しかけているのはテーバか。何か、あの調子だと当てそうだな、と思って見ていると。

「撃ちまーす」

 ぱしゅん

「ばっか野郎てめえムト! かすった! 今かすったぞ!」

「す、すみません」

 お約束を繰り広げていた。

「そろそろ、きつい、助けてくれないか?」

 上からモンドのつらそうな声が届く。慌てて私もカテナを撃ち込み、アレーナを伸ばした。他の団員たちにもムトと同じようにして下りてきてもらい、無事下りた団員はまだ上にいる団員をカテナで救出して回った。下にいる団員が増えてくれば、救出速度は加速していく。数分でほとんどの人間を救出することが出来た。そして、最後の一人、いや、二人を無事助け終えた。

「いや、助かった。ありがとう」

 最後に助けたのはジュール、そして、彼が抱えていたヒラマエだった。

「すまないな。足手まといにはならないと言いながら、早速助けられた」

「いえ」

 全員の視線が、ヒラマエとジュールに注がれている。私たちの視線を受けたジュールの顔が語っている。

『言いたいことはわかるけど仕方ないじゃないか。こいつは一応依頼人側の者でまだ何か腹に抱えてるんだろ? ここで死なせるのは早計過ぎじゃないか?』

 その通りだ。彼が正しい。だから、私たちは今がチャンスではないか、という気持ちを押し殺さなければならない。そして、率先してそれをするのが私の役目だ。

「あの状況下で、流石ジュールさんです。ヒラマエ殿を救出するなんて」

「ああ、本当に助かったよ。ジュール殿。ありがとう」

 私の賛辞に、ヒラマエが乗っかった。モンドやテーバの視線が私に向いた。ヒラマエの意識がジュールに向いている間に、小さく頷き返す。それで、彼らも何とか納得してくれたようだ。

「全員無事だったことだし、今度はどう脱出するか考えようや」

 どこか投げやりにテーバが言った。

「ああ、そうだな。上でノリたちが動いてくれているだろうが、こちらも移動しよう。助けられるのをずっと待っているというのも芸がない」

 言われるまでもない。団員たちが近くにある松明を手に取り、周囲を照らしながら脱出の道を探す。ここが落とし穴であるなら、上に上がる経路があってもおかしくない。でなければ、落ちた敵兵から所持品を剥ぎ取れないじゃないか。

 それに、気になるのは。

 上を見上げる。暗闇が広がるばかりの天井だ。何故暗闇かと言われれば、おそらくだが、再び天井が塞がったからだ。開いたままなら、微かでも光が差し込むだろう。そして塞がったという事は、まあ、私たちが落とし穴に落ちた時点で確定なのだが、防衛機構が生きている。何百年前に滅んだ国の、城の防衛機構が生きているってのは、どういうことだ?

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