第197話 ジュビア廃城

 翌朝。私たちの前にヒラマエが現れた。

「準備は、良いようだな。では、早速出発しよう」

 私たちの心情など知る由もないであろう奴は、そう言って先頭を歩き始めた。

「それで、ヒラマエ殿。我々はどのあたりが探索範囲になるのですか?」

 地図を手に、イーナがヒラマエに尋ねた。彼の対応はイーナに一任する。昨夜取り決めた対応事項の一つだ。

 昨夜中にミーティングで決めたのは主に三つ。

 一つ。同行するヒラマエの対応をどうするか。これはイーナが対応するという事ですぐに決まった。他の人間だといつ感情が爆発するかもわからず、言葉よりも先に剣が出るかもしれないと、ボロを出す可能性が大だった。それに、イーナはスパイとしても活躍していたからか、相手、特に男性から情報を聞き出すのが上手い。消去法からではなく、適任の人事だった。

 二つ。プラエたち非戦闘員について。彼女たちは城下町跡にベースキャンプを張って待機することになった。廃城までの距離は一~二キロ。城下町はその城を中心にしてコンパスで円を描いたように広がっている。ベースキャンプを設営した場所から城を挟んで反対側にまで移動しなければ通信機の受信距離だ。安全地帯にいてもらった方がリスク軽減になるし、他の傭兵団の動きを監視して何かあればすぐに連絡ができる。待機するのはプラエたち非戦闘員の他、団員の四分の一を彼らの護衛兼待機メンバーとした。長時間の探索は戦いとはまた違う労力を使う。ジャングルや遺跡のおかげで日陰はあろうとも、暑さは相変わらずで容赦なく体力を奪う。適宜休憩、交代しながらの方が安全かつ結果的に効率的に作業が行えると判断した。いざという時の物資の追加も彼らに運搬させることもできる。それに地図で見た限り、場内は狭く入り組んでいるため、余程広範囲で人を割いて索敵しない限りは、人員は少なめの方が小回りが利くので良さそうだというのもある。

 私たちだけではなく他の団も食料などの物資を、最低限の団員を待機させてここに置いておくようだ。

 そして三つ。いつヒラマエを討つか。これについては二つの意見が出た。他のトリブトムの連中の目が届かなくなった時点で消すか、もしくは依頼達成までは我慢するか、だ。だがこれも、感情を排してリスクや報酬の事を考えれば依頼達成まで我慢する方針で決まった。私はすでに正体がばれているという前提でヒラマエを対処しようと考えている。ヒラマエの考えが見えない時点で奴を消すのはリスクが高い。怒りに燃える団員たち、とくにプラエやテーバを説得するのに難儀したが、最終的に渋々納得してもらった。

「アスカロンに担当してもらいたいのは城の地下に当たる部分だ」

 イーナが広げた地図を指さしながらヒラマエが説明する。

「ジュビア廃城は二つの塔からなる当時のジュビア王の居城だ。城の中央部分に当たる謁見の間を中心として、リュンクス旅団は右の塔を、パンテーラは左の塔を、我がトリブトムは中央の居館を担当する」

「砂漠の蓮があるのは、居館奥の宝物庫ではないのですか?」

 イーナが地図の真ん中あたりを指さす。

「通常の宝であれば宝物庫の可能性が高いだろう。しかし、グリフ殿も言っていたが砂漠の蓮はある種の魔道具だ。魔道具は使ってこそ真価を発揮する。また、容易に敵に奪われても困るもの。で、あるなら、城の奥まった場所、かつ防衛のために人が常駐する場所にあるのではないかと考えられた。左右の塔は物見として機能していたため、敵の接近に応じて砂漠の蓮を稼働させていたかもしれない。王族等にしか使えないというような制限があるなら、王族の近く、例えば王族が住んでいた部屋に保管されていたかもしれない」

「では、我々が捜索する地下は?」

「土地に直接作用する魔道具だ。地下に砂漠の蓮を効率よく稼働させる仕掛けがある可能性があった。また、当然のことながら王族が脱出するための隠し通路も地下にある。隠された宝物庫のようなものがあるかもしれないから、捜索場所としては外せない場所の一つだ」

 話しながら進んでいると、他の団の姿も見え始めた。当たり前と言えば当たり前だ。同じ城の中を捜索するのだから、城までの同じ大通りを通ることになる。

「やあ、おはよう」

 並行していたパンテーラ団長シーミアがイーナに声をかけてきた。相変わらずの全甲冑だ。

「昨日は世話になったな。君たちのおかげで森を抜けることが出来た。礼を言う」

「いえ、お気になさらず。それに、私たちは先に道を進んだだけ。その後も猛獣たちの襲撃はあったはず。切り抜けられたのは、ひとえにパンテーラの実力でしょう」

「はは、嬉しい事を言ってくれるね。実力がありながら慎みも持つとは。依頼と金で敵味方が簡単に変わるとはいえ、出来れば君たちとは敵対したくないものだ」

「でしたら、敵対する前にお声がけくださいね」

「冗談を言える余裕もあるとは。ますます油断できない相手だ」

 気分良さそうにシーミアは笑った。

「おっと、見えてきたようだな」

 シーミアが前を見上げる。倣って私たちも前を向いた。

 長年砂漠の暴風にさらされていたにもかかわらず、高い城壁は想像以上にしっかりと残っていた。エジプトのピラミッドも何千年経った今でも形を残しているのだから、同条件のジュビア城も形が残っていても不思議ではないのだけど、何だろうか。妙な感覚を覚える。それが何かと問われると、答えに窮するのだが。

 城門をくぐりながら、ヒラマエが解説を始めた。

「ここは第一正門に当たる場所だ。ジュビア城は丘の上に建てられており、そこに至るまでに三つの門がある。まずは城内まで進もう」

 異論があるわけではないのだが、どうしても奴の声に苛立ちを覚えてしまう。視線を巡らせると、他の団員たちも同じのようだ。普段であればこういった移動中、次の休みの予定を話したり、冗談や軽口を叩いたりするものだ。気分転換ではないが、話などで適度に息を抜かないと体力が持たない。なのに今は全員無言を貫いている。しがらみがないはずのムトやジュールさえも、私たちがピリピリしているからか言葉は少なく、仕事に関する報告のみの必要最小限に抑えている。その点は申し訳なく思う。今日だけ。この依頼の間だけと我慢してもらうしかない。

 第一正門をくぐってから、丘に沿った坂道を上っていく。一定区間ごとに太い柱が経っている。どれも途中で折れてしまい、元の姿はわからないが、見張りのための櫓でもあったのだろうか。

 周囲を見渡していると、視界の端で何かが動いた。慌ててそちらに首を向ける。

「どうした?」

 モンドの問いかけに「いえ」と自信なく答える。その方向には何もなかった。気のせいか。

 坂道の終わりと、第二の門が見えてきた。その奥真っすぐに第三の門、そして城内が視界に入っている。先行して進んでいたリュンクス旅団が最初に第二の門を潜った。続いて、私たちが門を潜る。第二の門は、第一の門と比べて高さはないが、幅が広い。三十メートルはある。昔社会科見学で行った、巨大なつり橋の内部のようだ。左右を見ると、人が通る通路らしきものが壁に開けられている。門の働きの他、もしかしたらここに敵軍を閉じ込めて、例えば周囲から矢を放つ、とか。

 ガタガタと嫌な音がしたのは、そんな昔の城の防衛方法を考えていた時だ。全員が足を止め警戒し、周りを見渡す。その間も音は響き、音量を増していき、ガタン、とひと際大きな音を立てた。

「門が!」

 最初に気づいたのはヒラマエだった。彼の指さす方向を見ると、第二の門の出口に巨大な鉄格子、落とし格子の門が閉じ、私たちとリュンクス旅団を隔てた。駆け寄り門を力任せに持ち上げようとするが、人間の力ではどうにもならない重さでびくともしない。向こうのリュンクス旅団も驚いて引き返し、内と外で力を合わせるも動く気配がない。

「何で急に門が閉じやがった?!」

 アスピスが口から唾を飛ばしながら怒鳴った。こっちが聞きたい。そんなことを言っていると、再び同じような音が響いた。振り返ると、私たちが入ってきた入り口の方の門が震えている。

「まさか」

 顔が青ざめた。

「引き返して!」

 叫ぶ。団員たちが入り口に向かって走る。私たちの後に続いていたパンテーラは、私たちが大慌てで走ってくるのを見て引き返し、門から出た。

 ガタン、と嫌な音が響き、私たちの目の前で落とし格子が閉じられた。

「くそ、閉じ込められたのか!」

 ヒラマエが目の前で閉じた門を叩く。

「ヒラマエ様、大丈夫ですか!」

 ノリの声だ。パンテーラと行動を共にしていたのか。

「ノリ、すまないがこちらは閉じ込められたようだ。どこかにこいつを巻き上げる装置があるはず。別ルートから城に入り、それを動かしてくれ」

「わかりました。しばしお待ちください」


 ガコン


「今度は何だ!」

 苛立たし気にモンドが怒鳴り、音のした方を振り向く。そして、全員が絶句した。

 道の真ん中あたりが、黒くなっていた。色が塗られているわけじゃない。その部分が無くなっているのだ。黒い部分は中央から、徐々に広がっている。合わせて、私たちも勝手に動いている。地面が動いているのだ。このままいけば、落ちる。どこまでかはわからないが、最悪私たちが昇ってきた丘の高さ分は落ちることになる。どう見ても十、二十メートルは軽く超えているので、落ちれば即死する。

「ノリ、すまないがしばしも待てない!」

「急ぎます!」

 慌てふためいてノリとパンテーラは行動を再開する。だが、この調子じゃ期待は出来なさそうだ。私たちは広がる穴から少しでも遠ざかろうと壁際へ体を寄せるが、穴はどんどん広がって、足元間近まで来ている。

「ちょ、どうすんだよコレ!」

 テーバがつま先立ちになりながら叫んだ。

 床はもう、足の幅もない。

「カテナを装備して!」

 指示が通ったかどうか。通ってくれたことを祈るしかない。

 そしてついに、足場は消えた。悲鳴を上げながら、私たちは真っ暗闇の中へと落ちていく。

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