第195話 長居は無用、短くたってお断り

「戦況を確認しろ!」

 遠くでパンテーラ団長シーミアの怒声が遠くで聞こえた。彼らの位置は私たちよりも後方のはずだ。そして、甲高い聞きなれた音と気合の入った怒声が前方、リュンクス旅団の方から聞こえる。

 囲まれている?

 敵対者、この場合は危険生物を含めた何かと偶然遭遇、そして戦闘に発展したのであれば、四つの部隊のどこかだけの戦闘になったと考えられる。

 仮にジャングルに侵入した時点から狙われていたとして、ただの生物であれば気づかれないように襲うから、やはり一部が襲われるだけだ。

 囲むというのは、ある程度知恵がなければできない戦略だ。相手を自分たちに有利な地理まで深くまで誘い込み、同時に襲う。それとも、タイミングの問題か? 多くの生物は夜行性が多いのは、夜の闇に乗じて獲物を狩るからだ。私たちがこの位置に侵入したタイミングが、彼らの活動開始時間と重なったのか?

 そもそもの正体がわからなければ、推測すら成り立たないか。

 考えても仕方のない思考を潔く斬り捨て、迎撃体勢を取る。

「状況の報告を!」

 通信機に向かって叫ぶ。すぐさま反応があった。

『こちらジュール! 一緒にいたゲオーロ達と、デカい蛇とか気味の悪い植物に襲われた! 切り抜けたが、周囲にそういうのがうようよいる!』

 蛇と、植物? どういうことだ? 蛇はともかく植物が襲い掛かるなんて。

『テーバだ! ばかみてえなデカさの蝙蝠と猿みてえなすばしっこい奴が俺たちの周囲を飛び回って、うおっ! 嘘だろ吹き矢だと! とにかくそういうのが襲ってきやがる! 数は・・・わからん! 暗いのもあるが、多すぎて把握できない!』

 蝙蝠に武器を使う猿、まさか原人みたいな生物がいるのか? 他の団員からも敵襲の報告が入っている。

「団長、どうする!」

 すでに斧マグルーンを構えたモンドが言った。必死で頭を回して、最短で最適解を選び取るしかない。

 今私たちは団の真ん中あたりに位置している。先頭がテーバ、しんがりがジュールだ。団を大まかに四分割して、非戦闘員を囲みながら移動していた。通信機を手に取る。

「全員、防衛主体で迎撃。深追いは不要です。自分の安全と、非戦闘員の命を優先でお願いします。テーバさんたちはその場で留まっていてください。そこを集合場所とします。後方に位置する団員は安全を確保しながら前進、テーバさんたちと合流します。もし押し込まれそうならすぐに連絡ください。援護に向かいます」

 団員たちに連絡し、モンドの方を向く。

「相手の数がわからない以上留まるのは危険です。モンドさんは先頭のテーバさんの元へ向かいながら、他団員の援護と合流地点の確保を。私は後方のジュールさんの援護に行きます。隊列を押し上げていきますので、合流後一塊になって森を駆け抜けます」

「了解だ」

 ジュールたちのいる方へと駆ける。

「前に急いで!」

 団員たちを誘導しながら、自分は逆方向へと進む。戸惑ってはいるが、今のところケガをしたものはいなさそうだ。

 左から枝葉がこすれる音が聞こえた。顔を向ける前に盾形にしたアレーナをその方向へ向かってかざす。ガン、と右腕に衝撃が走った。何かが飛んできて、アレーナにぶつかって足元に落ちたようだ。目を凝らすと、暗闇の中、濃淡が変わる場所がある。その濃い影の部分が、こちらに向かって急接近してきた。再びアレーナを前に突き出すと、衝撃と重さが乗った。ぐいとアレーナが下に引っ張られる。思わず腕を下げた私と、影の目が合った。

 頭は赤ん坊くらいの、掌で掴めるくらいの大きさ。毛むくじゃら、ではなく、逆につるんとして、無機物のようにすら見える。どこかで見たことがあるような気がすると思ったら、土偶だ。顔の大きさに不釣り合いな、横線のように顔幅いっぱいに広がるデカい目も土偶に似ている。全長は大体五十センチ前後。重さも十キロあるかないかだ。土偶のお面をかぶった謎の猿っぽい生物が、腕に持っていた小さな筒の先をこちらに向けて、反対側を咥えた。

 思い切り首を逸らす。フッ、という音共に何かが顔の傍を通過していった。

 さっきテーバが言っていた吹き矢か! 事前の情報がなければやられていたかもしれない。

「くのぉっ!」

 舐めた真似をしてくれる。右腕にしがみついていた土偶猿を力任せに振り払う。ギャギャッと叫びながら茂みの方へと飛んでいく。油断はできない。前後左右に加えて上の枝葉が揺れて音を立てている。そのどれもが気配を持つ影だ。急ぎジュールたちの所まで行かなければ。

 来た道を急ぐ。最後尾の彼らはすぐに見つかった。ゲオーロを庇うようにジュールたちが中腰で駆けてくる。その後ろを先ほどの土偶猿がジグザグに飛び跳ねながら追っていた。一匹がジュールに向けて吹き矢を構えた。

「ジュールさん!」

「団長!?」

「伏せて!」

 彼は驚いた顔のまま、私の指示に素直に従った。ラグビーのトライのようにその場に倒れ込む。彼の居た場所に向けてアレーナを突き伸ばす。ジュールの真後ろにいた土偶猿、そいつが咥えた筒をピンポイントで叩き、押し込む。グェ、とくぐもった鳴き声を上げて土偶猿は仰向けに倒れた。喉から筒が突き出ている。

「大丈夫ですか!」

「すまん、助かった!」

 ゲオーロに助け起こされながらジュールが言った。彼らを背に庇いながら警戒する。仲間を討たれたことで、猿たちも警戒したのか周囲を飛び回って様子を見ている。

「皆と合流します! ここから一気に抜け出しますよ! さあ、走って!」

「くそ! またかよ! 森では走らないといけない呪いでもかかってんのかよ!」

「死にたくなければ、走れ!」

 愚痴るジュールのケツを叩きながら後退する。再び土偶猿の不気味な鳴き声が響き、上から吹き矢が放たれる。アレーナで防ぎながら、先頭を目指す。

 放たれる吹き矢の数が最初の頃より倍増していた。土偶猿の気配が増えている。アレーナだけでは防ぎきれなくなってきていた。このままでは身動きが取れなくなってしまう。もう少しだってのに!

 銃声が轟き、土偶猿が枝葉を折りながら落ちてきた。

「無事か! 団長!」

 振り返れば、白煙を上げる銃を掲げるテーバたちがいた。

「ありがとうございます!」

「礼は後だ! あんたで最後!」

「了解です! ここからジュビア廃城の位置を割り出して・・・」

「そっちはもう大丈夫!」

 プラエが叫んだ。団員に囲まれていてなお存在感を放つアフロそのままに。

「ここから北北東に直進。距離は約五キロ弱。目印も見えたわ!」

 彼女が指さす方向、木々の隙間に微かに、建造物らしき影が遠くに見える。

「よし」

 大きく息を吸い、頭の中で文面を考え、吐く。

「他傭兵団に告ぐ! これから森を抜けるまでの最短の道をアスカロンが開く! 聞こえてたらついてきて!」

 聞こえたかどうかはわからない。聞こえていると信じよう。くたばっていたら、その時はその時だ。我が身が一番大事だ。

「全員、閃光手榴弾用意!」

 団員たちが手に閃光手榴弾を持つ。

「目印に、これを追って来い!」

 叫び、私が一つ目の目印、閃光手榴弾を投げた。中空で弾け、閃光が森の闇を貫く。ギャアギャアと夜目の利く生物たちが悲鳴を上げて、時折上から落ちてくる。

「轍作りながら走る!」

 先頭まで駆け上がる。目の前にあるギザギザの巨大な葉を刈り取ろうと、ウェントゥスを突き入れる。

「団長、それはやばい!」

 襟首を掴まれ、後ろに引っ張られる。同時、目の前で葉っぱが勢いよく閉じた。葉っぱが巻き起こした風が顔を撫でる。

「それ、さっき俺たちも襲われた、植物です」

 肩で息をしながらゲオーロが言った。

「せめて燃やすか、ウェントゥスは伸ばしながら切り開いた方が、良いと思う」

 そう言ったのはジュール。二人が私を引き戻してくれたようだ。

「そ、そうします。ありがとうございます」

 気を取り直して、ウェントゥスを掲げる。私の身長よりも長めにセットした。地雷撤去のマインローラーみたいにして進む。

「行くぞ!」

 二発目の閃光手榴弾を、今度は前方に投げた。弾ける閃光の中を、私たちは突っ走る。

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