第193話 アブダクション
スコルピウスの襲撃を防いだ翌日、旅五日目。私たちは目的地のジュビア廃城まで残り二十キロの地点にいた。仮にジュビアが存続していれば領地内だ。
だが、誰もが自分の目を疑って、道を間違えたかと困惑していた。
ここは砂漠のど真ん中のはずだ。だが。
「何だよ、これは」
テーバが呻くのも無理はない。私たちの眼前に広がっているのは荒れ果てた乾いた大地でも、どこまでも広がる砂丘でもなく、鬱蒼としたジャングルだ。オアシス周囲にも植物は自生していたが、その比じゃない。
「砂漠のど真ん中、のはずなのに」
ムトが自分たちの進んできた道を振り返る。強風によって砂が舞い上がる、灼熱の大地が広がっていた。
「あまりの落差に風邪ひきそうね」
変装中のプラエが言う。
「ルイさん」
イーナが偽名で私を呼んだ。
「トリブトムより、各団長の招集がかかりました。おそらく、ここからの行動についての打ち合わせだと思われます」
「了解。通信は聞こえるようにスイッチを入れておいて。何かあったらフォローするわ」
「お願いします。では、行ってきます」
イーナが打ち合わせに行っている間に、現状を調べる必要がある。
「ティゲルさん、違った。プラエさん」
自分で始めたことだけどややこしいな。暑さでやられている彼女には申し訳ないが、彼女にしか頼めないことだ。植物の種類から何か情報が得られないかと思ったのだ。特に自分たちの位置がわかれば、地図のずれを修正できる。
「そこに自生している植物が何かわかりますか?」
「そう、ですね~。資料で見た記憶があるのですが・・・」
戸惑ったように、ティゲルは首を捻っている。
「ここにあるのは、熱帯と呼ばれる地域に多い植物です。ヤシ科の植物に着生植物のシダ科が特に多いですね、あの赤や黄色い実は、熱帯地域が群生地だったと記憶しています」
「熱帯、というと、暑いのは同じだけど」
「はい。降水量が高い地域です。湿度も高く、乾燥とは無縁の場所でしょう。なので、この矛盾にちょっと戸惑っています。降水量の少ないはずの砂漠に、どうしてこんな場所が」
「私たちが、違う場所に出たという可能性は? いつの間にか砂漠から出ていたとか」
「その可能性は低いと思います。毎晩星の配置から位置を計測していました。また、私たちだけならまだしも、他の傭兵団、特に様々な場所に飛び回るトリブトムが目的地を違うとは考えられません」
信じられないことだ。だが、信じられないことであっても今目の前にある事実を積み重ねて出てくる答えは一つ。
「砂漠の真ん中に、熱帯雨林が現れた、ってことね」
「全員が幻覚を見ているのでなければ、その通りです」
これ以上は考えても仕方のない事だろう。そんな時、通信機に反応があった。イーナからだ。打ち合わせが始まるらしい。全員が耳を澄ませ、イーナ達に集中する。
『おいおい、聞いてないぜ』
この声は、アスピスか。相変わらず依頼主に食って掛かっているようだ。
『俺たちは砂漠の廃城に向かってたはずだ。この地図間違ってんじゃねえのか?』
『いや、地図は合っている』
答えたのはヒラマエだ。
『だが現実的に、目の前に広がっているのは森だ。砂漠から出てしまったと思うのが普通だろう?』
口調は穏やかだがシーミアも戸惑いを隠せないようだ。同じようにヒラマエに詰め寄っている。
『皆さんが驚かれるのも無理はありません。ですが、間違いなくここは砂漠の真ん中、だった場所です』
『説明していただけるんでしょうな。グリフ殿』
『もちろんです』
落ち着いた様子で、グリフが説明を始めた。
『この現象が確認できたのは、今から一年前です。それまではこの地も他と同様砂漠が広がるばかりの茫漠たる土地でした。ですが一年前、たまたま砂漠を越えようとしていた商隊が、砂漠の中に広がる緑を発見したのです。当時は、まだここまで広範囲に緑が広がってはいなかったそうですが』
『待て待て。お前まさかこの砂漠で、森が広がっているとでもいうのかよ』
『いえ、まさにその通りです。この一年で森は急激に拡大したのです』
冗談だろ、と言ったアスピスの気持ちがよくわかる。雨が降らない地域で熱帯植物が育っているだけでもおかしいのに、その範囲が拡大しているなんて冗談にもほどがある。
「いや、まさか」
口を勝手について出たのは、自分の考えに対するセルフでの否定の言葉だ。脳裏に浮かんだのは、ある推測。そもそも、私たちはそれを探しに来たのではなかったか。
一度張り付いた考えを取り除くことは出来なかった。それが肯定でも否定でも、確認できるまでは。イーナに代わりに尋ねるよう伝える。
『もしかして、砂漠の蓮、というのは』
『ご推察の通りです。アカリ団長。この現象を起こしている物こそ、砂漠の蓮だと我々は睨んでいます』
『不毛の土地を緑豊かな土地に変える、そんな魔道具が存在するとおっしゃるの?』
イーナたちの話を耳に聞きながら、視線を本物のプラエに向けた。彼女はぶんぶんと首を横に振る。現行の技術では不可能らしい。本当にそうなら、完全なるオーパーツだ。
『ええ。最初にお伝えしたジュビアの話を覚えていらっしゃいますか?』
『確か、緑に包まれた、今よりも技術が発展していた国で、一晩で滅んだとか・・・』
『この目の前に広がる森のような土地が、本来のジュビアの姿というわけです』
『気に入らねえな』
アスピスが今度はグリフに詰め寄った。
『何でそのことを最初に言わなかった』
『実際にその目で見ていただくまで、言っても信じてもらえないと思ったからです。滅んだ国に行くだけでも眉唾物と思われているのに、今から探しに行くのは国を滅ぼした魔道具です、と正直に言っても信じられないでしょう?』
『本当か? その御大層な魔道具を手に入れた途端、俺たちに向けるつもりじゃねえだろうな?』
『まさか。そんなリスクは犯せません。国を滅ぼしうる魔道具など、おいそれと使うわけにはいきませんよ』
『では、そんな危険な魔道具を欲する意図は何だ』
今度はシーミアが尋ねた。
『国を滅ぼすかもしれない魔道具の用途など、国を滅ぼすこと以外あるまい。貴殿はどこの国を滅ぼすつもりか』
戦争になるなら、稼ぎ時だなぁ、とアスピスが軽口を叩いている。
『逆です。国を守るために、砂漠の蓮を見つける必要があるのです』
『守る?』
『はい。此度の件、砂漠の蓮が何らかの理由で暴走していると我々は見ています。先ほどもお伝えしたように、一年前までは何もなかったのですから。今は砂漠に緑が増えているだけで済んでいます。ですが、それがいつ止まり、また砂漠に戻るか見当もつきません。元に戻るだけならまだいい。今度はさらに砂漠化する範囲が拡大するかもしれない。それは、人の住めない土地がさらに広がるという事になります。そうなる前に、砂漠の蓮を止める必要があるのです』
『おうおう、ずいぶんとまあ人情味のある理由で。他人のために私財をなげうつ貴族様がいるとはねぇ』
『いえいえ、人道的理由なだけではありません。お伝えしたように、一晩で滅びたジュビアには、多くの財宝や私の主が欲する古代の珍品が眠っています。一部でも持ち帰れば、主も満足されるでしょう』
理由は以上です。そうグリフは締めくくった。
『ふん。まあいい。それで納得しておいてやるさ。金さえ貰えば仕事をするのが傭兵だからな』
『パンテーラも従おう。これ以上隠し事がない、という条件だがな。もし私たちを謀るなら、その限りではないぞ』
『もちろんです。皆さんを貶めるつもりは、一切ございません』
彼らの話を頭の中で反芻する。矛盾がないか、違和感はないか、微妙な言い回し一つも真偽を測る情報だ。表情を確認できないのがもどかしい。
『では、ここからが本題だ』
グリフの後を継ぐようにヒラマエが言った。
『ジュビア廃城まで残り二十キロ弱。地形も生態系も、何もかも変わってしまった砂漠の攻略に乗り出すぞ』
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