第190話 砂漠を越えるために
「さて、ご飯も終えたところで、作戦会議と行きましょう」
心と腹が満たされた私たちは、他の団員たちがいる大テントに移動した。大テントでもすでに食事は終わっており、人心地着いた団員たちが出迎えてくれた。
車座になって、中央にグリフからもらった地図を広げる。
「トリブトムの事はひとまず置いておいて、今はジュビアでの依頼内容について考えます。まず確認したいのは、今回の探索対象である『砂漠の蓮』について。ティゲルさん。何か聞き覚えはありますか」
この中で一番の知識量を誇る彼女に話を振った。しかし、彼女は首を横に振り「申し訳ありません」とすまなそうに言った。
「ずっと記憶を探っていたのですが、砂漠の蓮と呼ばれるものについての情報はありません。そもそも、ジュビアという古代の遺跡があったこと自体初耳でした。この百年、戦乱時代から五大国家成立までの支配地域分布図までなら把握できているのですが、そこに該当しないので、ジュビアはそれよりも遥か過去に存在した国という事になります。おそらくですが、ジュビアがあった地域、現アーダマス、もしくはコンヒュムの史書等にしか出てこないのではないかと考えられます」
「なるほど、ラーワーの図書館にも存在しない話なのですね」
「お役に立てず、申し訳ありません」
「あなたのせいじゃありません。ラーワー図書館の創設者であるスルクリーであっても、口伝や伝承の類すら余さず収集できたとは思えませんから」
これまでの情報から、スルクリーが現れたのはティゲルが言う戦乱時代。百年前だ。それ以前の情報を、戦乱中、しかも滅びた国の情報を集められなくてもおかしくはない。おかしくは、ないのだが。
スルクリーは元に戻る方法を探していた。その過程で私たちが持つオーパーツのような魔道具を手に入れたはずだ。彼もおそらく、古代文明の存在に気づいていた。それなのに、一晩で滅びた、などという明らかに古代文明の存在を示唆しているパワーワードを聞き逃したのだろうか。ジュビアを見つけられなかったのは何故か。
見つけられなかったのは、隠されていたからではないか。そういう疑惑が私の中で浮上した。疑惑は、新たな疑惑に結びつく。なぜ隠されていたか、理由はいくつか考えられる。
一つは、本当に忘れられていた、もしくは文献が最近、偶然見つかった場合。見つかったから探し始めた、というだけで、今回が初めての探索だから、ティゲルの検索にも引っかからなくて当然という理由だ。可能性としてはなくはない、けど。
二つ目は、故意に伏せられていた場合。何のために伏せられていたかが焦点になる。
わかりやすい理由は危険だから。フムスをはじめとする危険生物が跋扈するところに足を踏み入れないようにするためだ。私たちのように挑み、そして帰らぬ人となった者たちが大勢いたからジュビアの情報を隠していた。金目当ての冒険者たちを守るため。
そんなわけがない。自分の考えを即座に却下する。例外を除いて、世界はもっと欲深く利己的なもの。であるなら、故意に伏せていた理由は、他人に取られたくない物があるから、と考えるのが自然か。もしかしたら、ジュビアを滅ぼした何かと、砂漠の蓮とやらは繋がっているのかもしれない。
「では次に、ジュビアまでの道程について」
わからない物、情報のない物に対しての可能性を考えてもきりがない。新たな情報が得られるまでは保留し、次の議題に映る。
「一番気をつけたいのは、やはりフムスの存在か」
モンドが言う。
「できれば出会いたくないねえ」
テーバの発言に、団員たちは同意した。世間は私たちがドラゴンを恐れずに挑む蛮勇団と勘違いしているようだが、私たちほどドラゴンを恐れている団はいない。知れば知るほど、戦えば戦うほど、ドラゴンに対する恐れは増す。だから慎重になる。勝算を考え、退くときは迅速に退く。フムス級となればなおさらだ。例外はインフェルナムのみ。奴は絶対に倒す。だが、それまで誰一人犠牲者を出すつもりはない。
どうやってフムスを避けるか、遭遇した場合どう対処するかをある程度検討した後、ぽつりとモンドは疑問を口にした。
「奴らだってフムスの危険性を知っているはずだよな。なぜ今、砂漠に挑む?」
「それは、あれじゃねえのか。たしかアーダマスからトリブトムの奴らに依頼が入ったんだろ? 多分だけど」
テーバがそう言って私を見た。頷き、答える。
「ええ、その可能性が高いと思います。今回の展示即売会で、カリュプスに優位に立たれているアーダマスが、金に物を言わせて珍品依頼を出したのだと」
「だったら、何で『砂漠の蓮』とやらなんだ?」
モンドが指摘した。そう、そこなのだ、おかしいのは。
「カリュプスが持ってる一番の品は、クソ忌々しいインフェルナムの卵だろう。それに対抗するにはフムスの卵とか角とか牙とか、そういう物を依頼するはずじゃないのか? 同等以上の物を欲しがるもんだ。それだったら、砂漠に行けって話も分かるんだけどな。それかカリュプスと同じで、グリフとかいうあの男、砂漠の蓮とか言いながら別の物を探しているとかか?」
私もその可能性は考えた。だが、よくよく考えると、少し不自然な気もした。
「可能性はあります。そのために、私たちのような別の傭兵団と同盟を結び、そしていざという時の保険にするつもりでしょう。ですが、それならもっと、私たちも知っている別の何かで良いはずなんです」
「まあ、そうだな。俺たちの目が知っている何かに向けられ、意識が逸れている隙に、目的の物を手に入れればいいわけだからな」
「だから、砂漠の蓮は本当に探す物でもあると思います」
それが何かはわからないので、これ以上議論のしようもない。少し話が逸れたので、修正する。
「フムス以外に、砂漠に出現する生物の情報を。ティゲルさん」
「はい。有名なのは、巨大なサソリ『スコルピウス』です。体長は二メートルから三メートル。長く毒のある尾と巨大な鋏を持っています。ただ、スコルピウスは縄張りに近づきさえしなければ、ほとんど襲ってくることはありません。これは、他のほとんどの生物にも同じことが言えると思います」
「それはまた、どうして?」
「砂漠という過酷な環境が原因です。砂漠は彼らが餌とする生物が少ない。ゆえに、少しの食糧でも長期間生存することが可能です。活発に活動すれば、それだけエネルギーを消費しますから。餌を取るのも待ち伏せが多いので、潜んでいそうな日陰のある窪みなどを避ければいいかと思います」
「無駄な戦闘はお互い避けた方が良いってわけですね」
ティゲルが頷く。
「十センチほどの甲虫『スカラバエウス』も同じです。スカラバエウスは、普段は地中で潜み、餌である生物の死骸を嗅ぎつけて群がってきます。潜んでいる場所は砂の表面に無数の穴が開いていると思います。集団で生息しているので、呼吸のための穴を開けています。その穴さえ踏み抜かなければ害はないでしょう」
「踏み抜くと、どうなるんでしょうか?」
ゲオーロが恐る恐る尋ねた。
「敵と判断され、数百匹のスカラバエウスが襲ってきます。十センチ、数百発の銃弾が肉を食い千切っていく、というのが一番近い表現かと思います」
「絶対、地面の穴を見落とさないようにします」
ゲオーロの言葉に、全員が頷いた。
「フムス以外で、最も気をつけたいのが巨大蜘蛛『アラーネア』でしょうか。体長は五メートル、最大で十メートル以上のものが確認されています。長い脚で砂漠を飛び回り餌を探します。外骨格はかなり固く、通常の武具では弾かれるかもしれません。もし狙うとすれば、関節の隙間や頭部が有効かと。後は、動きを封じる魔道具、以前のラーミナ戦で使ったウィーテンが効果的ではないかと思います」
これぐらいでしょうか、とティゲルが言った。
「他は、人間に害を与える生物はいないと思います。が、資料に無い生物がいるかもしれません」
「これだけでも充分です。ありがとうございます」
申し訳なさそうなティゲルを労わる。事前に対策を練ることがどれだけ大事か。プラエに視線を向けた。彼女が頷く。
「早速、ウィーテンを追加で準備するわ。アラーネア対策以外でも、役に立ちそうだしね」
「お願いします」
近々の方針は固まった。すでに夜は更け、今日の疲れが体を侵食し始めている。
「そろそろ休みましょうか。明日も長距離移動が待っています。ジュビアについてのミーティングは、ジュビア到達直前、手前のオアシスで行います」
念のため最低限の見張りを立て、後退しながら夜を明かすことにする。順番を決め、私たちは大テントから出た。
「よお、良い夜だなぁ」
自分たちのテントが近づいたところで、声をかけられる。振り向くと、リュンクス団長、アスピスがこちらに向かって手を振っていた。
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