第189話 墨俣テントでBBQ

 四つの傭兵団は、そのままコンヒュムを出発し、アーダマス領内に広がる砂漠地帯へと進んだ。他の団もそうだが、砂漠を徒歩で縦断するのはかなり困難だ。不可能ではないが、効率的ではない。したがって、どの団も馬やラクダ等を用いる。私たちの団も例外ではなく。コンヒュムでラクダを用立てた。車を再び作る、という案も、特に技術部の二名から強い要望があったが、スタックの恐れや砂漠の砂がエンジン故障の原因になるかもしれないので却下した。せめてキャタピラを開発するまでは砂漠や雪原で車の出番はないだろう。

 グリフからも貰った地図を広げる。巻物の中に、二種類の地図があった。一つは砂漠の地図。コンヒュムから目的地であるジュビアまでの経路。砂漠は東西に五十キロ、南北に五百キロに及ぶ縦長の砂漠だ。ジュビアはその砂漠の丁度真ん中あたりに位置する。ここからなら直線距離で百キロほどだろうか。ラクダに乗ってもかなりの距離だ。途中に点在するオアシスを経由しながら、一週間から十日の計画になる。もちろん、何事もなければ、という前提はあるが。

 一日目のオアシスに到着したのは、日が暮れてからだ。太陽が沈んだ瞬間から、灼熱の大地に凍えるような風が強く吹きすさぶ。全員で協力し、人数分のテントを設営する。

 まず、寝床となる地面に分厚い絨毯を敷く。その周囲を、あらかじめ組んでおいた骨組みで囲う。骨組みは、マジックハンドの伸びる部分のようにいくつもの棒をクロスさせて作っているので、伸ばしたり縮めたりすることが出来る。中心に同じ骨組みを用いた支柱を立て、汲みあがったら上から絨毯と同じ分厚い生地をかけ、飛ばされないよう固定して完成。大体一時間ほどで組みあがった。遊牧民のゲルも参考にした、アスカロンなりの墨俣城だ。

 完成したテントの一つに潜り込み、明かりを灯す。骨組みと湿気がないからか、そこまで不快ではない。また、風が入り込むことも地面から底冷えのする寒さも来ない。中々の快適さだ。もっと早く開発していても良かったかもしれない。

 私の後にプラエ、ティゲル、そしてイーナがテントに潜り込んできて、そのまま絨毯の上に倒れ伏した。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫に見える?」

 うつ伏せのままのプラエに声をかけたら、疑問に疑問で返されてしまった。旅慣れている彼女でも、砂漠の熱さにやられ、体力を根こそぎ奪われたようだ。

「お、お尻が、痛くて、動けません~」

 ティゲルはしゃくとり虫みたいな体勢で、突っ伏したままくぐもった悲鳴を漏らしている。長時間ラクダの背に揺られていた弊害だろう。クッションをかなり敷いたはずだが、それでもこすれ、打ち続けられたため、尻が腫れているに違いない。軟膏を用意しておこう。

「イーナさんは、大丈夫?」

「ちょっと、疲れました」

 体力ではなく、精神的に参ったようだ。長時間、私の身代わりをさせていたせいだろう。

「ゴメンね。私たちが前面に出られないから」

「いえ、役に立てて嬉しいです。むしろ、私の方で何か不手際がなかったか不安なのですが、大丈夫だったでしょうか?」

「全然大丈夫よ。本人よりも上手く渡り合ってたんじゃない?」

「何でそれを本人ではなくプラエさんが言うのかはともかく。事実よくやってくれています。本当にありがとう」

 そう声をかけると、イーナは「良かった」と安心したように笑った。

「じゃあ、そろそろご飯にしましょうか」

 持ち掛けると、三人は微妙な顔をした。

「いや、もうおなか一杯なんだけど」

「私も食欲が」

「すみません、私もあまり」

 疲れすぎて食欲がわかないらしい。

「極度の疲労から、食べる元気すらわかないのはわかりますが、何かお腹に入れておかないと体力が持ちませんよ」

「わかっちゃいるんだけどねぇ。この状態であの硬い保存食を食う気力は・・・あ、そうだ」

 プラエが這いずりながら、自分の袋を漁る。魔道具の袋は中の空間が物理法則を多少無視した作りになっていて、このテントよりも広い空間になっている。袋から突き出した彼女の足を見ながら、ふと思い出す。

 以前、プラエに質問したことがある。現行の技術で、この袋と同じものは製作可能か、と。答えは『自分の知識では不可』だった。この発言は、私を混乱させた。

 モヤシからもらったこの袋は、間違いなくリムスで作られたもののはずだ。そして、奴の発言『自分がいた時はもっと治安が悪かった』を正しいとするなら、私たちが今いる時間軸よりも過去にモヤシは送られたことになる。それは、アンが私たちよりも過去に飛ばされたことを考えてもおそらく間違いない。

 であるなら、技術は通常、過去よりも現代、現代よりも未来の方が優れているものだ。なのに、現行で作れない物が過去に存在するというのはおかしい。

 この状況に適する言葉を、一つ知っている。

 『Out of place artifact』

 オーパーツだ。その時代、その場にそぐわない場違いな加工品が、モヤシが持っていた道具に当てはまる。そしてこの場合考えられるパターンは二つ。

 一つはモヤシがいた時代が超古代文明、もしくは宇宙人のような高位存在と交流していた時代というパターン。

 もう一つがモヤシが過去に存在した超古代文明を発見しオーパーツを利用していたパターンだ。

 前者であるなら、おそらく治安が悪い、という言葉は使わなかっただろう。文明が高ければ、それなりの統治が成されていたと考えられる。もちろん例外はあるだろうが、高い文明が築かれるという事は、住む人間の心のゆとりや余裕もあると考えられる。余裕がある人間は心がすさむことなどあまりない気がするからだ。

 よって、奴もオーパーツを発見したという後者の考えが正しいと思われる。つまりだ。この世界にある古代の遺跡には、元の世界に戻るためのヒントが隠されている。今回の依頼は、過去に繁栄したとされる古代都市の探索でもある。因縁云々を除けば私にとってもメリットがある。もちろんうまく立ち回り、総取りを目指すつもりでもいるが。転んでもただで起きるつもりはない。

「あったあった」

 プラエの声で思考から戻ると、彼女がもぞもぞと、袋の中から器用にほふく状態で後退してくる所だった。

「これ、ちょっと試してみない?」

 彼女が取り出したのは封のされた小さな壺だ。

「あぁ、この匂い」

 しゃくとり虫状態だったティゲルが体をゆっくり起こした。私も気づいた。

「うちの味噌の匂いだ~」

 嬉しそうに目を細める。

「そう。出発前に、仕留めた小型ドラゴンの肉を漬けておいたの。どんな肉でも生だと保存出来て一日から二日。でも、味噌につけておくと一週間ほど保存が効くことがわかった。これなら、燻製にしてしまうと固くなってしまう、ドラゴフードのデメリットを打ち消すことが出来る。かつ、ドンバッハ産の味噌で漬ければ、肉特有の臭みを消せて一石二鳥。栄養抜群、そして美味しいと良いこと尽くめ」

 プラエが一緒に取り出したのはトングと鉄鍋と火の魔道具だ。実際に炎を起こすのではなく、それ自体が高温で発熱するカイロタイプで、風があっても消える事はないし、火花が飛ぶ心配がないから室内でも使える。

 プラエは手際よく道具をセットし、鉄鍋に油の塊を一欠片落とす。油が溶けたら鍋を傾けながら油を全面に伸ばし、肉を置いた。とたん、じゅう、という心地よい音が弾け、良い匂いがテント内に広がる。

「味噌で良い塩味がついてるから、シンプルに焼くだけで充分うまいはずよ」

「嬉しいです~。まさかこんな場所で、故郷の味をいただけるなんて~」

 プラエが舌で唇を濡らし、ティゲルは笑顔で焼け上がっていく肉を見つめている。イーナも体を起こして、鍋の方へと近づいていた。食欲がないと言っていた三人だが、実際に肉が焼ける音と匂いで、食欲が戻ってきたようだ。食事は口だけじゃないと言ったのは誰だったか。まさにその通りだ。目、鼻、耳、五感の全てで楽しむものなのだ。肉をトングでひっくり返すと、またじゅうという音がして、ティゲルの口から「わあ」と感嘆の声が漏れた。

 こんがりと焼けた肉をサイコロ程の大きさに切り分け、串に刺していく。

「ほい、出来上がり!」

 プラエが差し出した串を、私たちはそれぞれ受け取り、互いに顔を見合わせながら「いただきます」と一口。噛んだ瞬間、また顔を見合わせる。四人とも満面の笑みだ。串を持っていない、空いた方の手をぶんぶんと振ってしまう。

「「「「ん~っ!」」」」

 言葉にならない感動が生まれた。美味い。ドラゴンの肉はこれまで何度か食べてきたけど、今日のは格別に美味い。肉は弾力がありながらもぶつりとかみ切れて、噛めば噛むほど肉汁が溢れて口いっぱいに旨みが広がる。味噌の塩味も丁度いい。素材の味をさらに引き立ててくれるし、少し焦げた香りもまたたまらない。味もさることながら、BBQのような環境下が相乗効果を生み出している。

「え、何コレ、想定外、想像以上の美味さなんだけど!」

「懐かしさと、新しい美味しさ。二つの感動が私の中で溢れかえってます~!」

「美味しい。凄い。やだ、なんで涙が?」

 驚きと感動と衝撃を私たちにもたらしてくれた肉は、あっという間に私たちの胃袋に収まってしまった。食欲がない? どうやら聞き間違えだったようだ。

「「「「ごちそうさまでした」」」」

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