第188話 依頼内容の解禁

「この度は、我らトリブトムの要請に応じてもらい、感謝する」

 その声が耳に届くたびに、腹の底がぐつぐつと沸きたつような感覚に陥る。その声の周波数が、振動が、私たちの怒りにピンポイントで刺激を与えているのだ。そんな私たちのことなど知る由もないヒラマエは、平然とした顔で偉そうに話している。火に薪がくべられるがごとく、私たちの怒りがさらに燃え上がる。

「スヴァル紛争、ジャチュース開戦、ガルバ砦攻略戦、近年発生した大規模な戦争に参加し、それ以外でも大盗賊団の壊滅や反乱、暴動の鎮圧など、多大な功績を上げている常勝『リュンクス旅団』」

 私たちの前に陣取る、全員の鎧を赤で統一した団が、他の傭兵団を威圧するように雄叫びを上げた。

「依頼達成率、達成数ともに若手としてはトップクラス。入団希望する者が後を絶たない急成長の団『パンテーラ兵団』」

 今度は右側の団が一斉に気をつけ、から、警察官の敬礼のように右腕を曲げて頭に指先を向ける仕草をした。

「そして、禁忌であるドラゴン、異常成長したスライムなど、数々の怪物を屠ってきた実績を持つ、今や知らぬ者なき傭兵団『アスカロン』」

 周囲の視線が集まる。奇異、侮蔑、嘲笑、恐れ、嫉妬、様々な意味が含まれた視線が。対して、私たちからの反応はない。反応など出来るはずがない。今下手に動けば、色んな意味で取り返しがつかなくなる。それがわかっているから、私も、そして団員全員も無理やり体を押さえつけ、封じ込めている状況だ。それを、他の団の連中はこの程度で縮み上がるような腑抜け連中と見たらしく、すぐさま視線を外していった。ただ、先頭の方は、イーナに目を奪われたままなのが何人かいるようだが。

「諸君らのような実力者に協力してもらえたこと、この時点ですでに依頼は達成出来たも同然と言えるだろう」

「お世辞はいらない」

 リュンクス、と呼ばれた傭兵団の中の一人が言った。赤で目立つ連中の中でもひときわ目立つ男だった。おそらく彼が、傭兵団リュンクスの団長だろう。長く伸ばした自然な赤い髪を無造作に後ろでまとめ、ひょろりと長い手足はアシダカグモやタカアシガニのようだ。顔は面長で、ぎょろりとした目が異彩を放つ。蛇のようだ、と感じた。背中に十文字の剣を背負っているが、刃の部分だけで柄がない。何らかのギミックがあるのだろうか。

「俺たちは大手傭兵団のトリブトム様に頭撫でられるために集まったわけじゃない。トリブトム様でも手に余る依頼を受けて、達成するために集まったんだ。すぐ終わらせてやるからさっさと内容を言えよ。あんたらの使者は詳しい内容をはぐらかしやがったからな」

 挑発するような物言いに、トリブトムの連中が殺気立つ。それを、ヒラマエが手で制した。

「素晴らしい自信だ。リュンクスのアスピス団長。ぜひその調子で最後まで頼みたい」

「俺たちが、途中で逃げ出すとでも?」

「そんなことは言っていない。が、これまで良く吠える子犬が沢山消えていったのを見てきたものでね。だが、リュンクスは違う、というところを見せてもらえるんだろう?」

「言ってくれるじゃねえか。せこい依頼ばかりこなして生きながらえてきた臆病者どもがよ」

 ずいとアスピスがヒラマエに絡む。

「いい加減にしたらどうだ」

 一触即発の空気がぱんぱんに詰め込まれた風船に針のような言葉を投げつけたのは、パンテーラと呼ばれた傭兵団の中の一人。全身をフルメイルで覆った重戦士だ。武器は槍の柄を持つ長大な剣で、あれを振り回すのだからなかなかの膂力の持ち主なのだろう。落ち着いた声音から、中年辺りかと推測する。

「貴様のせいで、余計に話が進まないではないか。人の話も大人しく聞けないのか」

「何だとシーミア」

「誰彼構わず噛みつくその態度が子犬と評されたゆえんだと、なぜ気づかない。団長がそんなだから依頼主や案内所にリュンクスお断りなんて注意書きがされるんだ」

「は、この程度でビビるような依頼主の依頼なんぞ、どうせ大したことのないものばかりだ。お前らは、俺たちのおこぼれで依頼数を稼げているようなものだろう? もっと感謝したらどうだ?」

「躾のなってない子犬は、これだから困る。自分たちと相手の実力差も測れないのだからな」

「わかっているさ。お前らが、俺たちよりも下だってことくらいはな」

 両陣営がにらみ合う。このままひと悶着あって、どさくさに紛れてヒラマエが死んだりしないかな、と考えたりもしていたが、残念ながらそのヒラマエ自身によって話は軌道修正された。

「血気盛んで何より。それでこそ話を持ち掛けた甲斐があるというものだ。だが今ここで殺し合いをしてもらっては困る。依頼前に体力を使い切ってしまっては元も子もないだろう。依頼を終え、報奨を得てから存分に戦うと良い」

 アスピスが二人の顔を交互に見て、やがて鼻を鳴らして下がる。シーミアもアスピスが下がったのを見て姿勢を戻した。

「お望み通り、これより、今回の依頼内容を説明する」

 ヒラマエが隣にいる男に視線を向けた。四十から五十くらいの、この場には似つかわしくない紳士然とした男だ。来ている服の素材からも、かなりの地位にいる人間だという事がわかる。ヒラマエの視線を受けて、男が前に出た。

「グリフと申します。これまで、トリブトムの方が皆さんに依頼内容を話せなかったのは、私たちがお願いしていたからです。そのせいでご不便をおかけし、申し訳ありません。極秘裏の依頼だったので、ギリギリまで明かせなかったのです。今きちんと説明させていただきます。皆さんにお願いしたいのは私と共に『砂漠の蓮』と呼ばれる珍しい品物の回収に赴いていただきたいのです」

 てっきり、フムスの卵でも取ってこいと言われるのかと思った。もちろんまだ油断はできない。本当の狙いを伏せたままなんて、良くある話だ。

「砂漠の蓮? 何だそりゃ? 聞いたことがないぞ」

 アスピスが笑う。これだからお貴族様の気まぐれな依頼は、と言いたげだ。ご説明させていただきます、とグリフが慇懃にお辞儀した。

「皆さんははるか昔、砂漠にジュビアという国が存在したという事をご存じでしょうか? 今では考えられないほど文明が進んでおり、一帯を支配下に置いていたそうです。当時は砂漠ではなく、緑と水の豊かな大地だったとも言われております。しかし、ジュビアの栄華も長くは続かなかった。たった一夜にして、ジュビアは滅び、緑豊かだった大地が砂漠と化したのです」

「たった一晩で、国が滅びるなんて、一体何があったんだ?」

 今度はシーミアが尋ねた。

「どのような災厄が訪れたかは、文献にも載っていませんでした。ただ、ジュビアはその優れた力を誤った方向に用いて、自滅したと。おそらく強力な魔道具が誤作動を起こしたのではないかと思われます」

「それで、砂漠の蓮とは?」

「ジュビアは多くの宝を保有していました。その中でも最も価値のあるものが砂漠の蓮と呼ばれる物です」

「何だよ、ただのカビの生えた過去の遺物が目的かよ」

 つまらなそうにアスピスが言う。

「それなら、トリブトムだけでも対処できたんじゃねえのか? 俺たちは戦うのがメインだ。貴重品の運搬なんて面倒な事したことねえぞ」

「存じております。リュンクスと言えば勇猛で名を馳せる団。だからこそその力が必要なのです。ジュビアのあったその砂漠を、今は何が支配しているか、ご存じでしょう」

「なるほど、そうか。あれがいたな」

 合点がいったようにアスピスも、シーミアも頷いている。彼らの脳裏には、共通する生物が浮かんでいることだろう。

 砂漠の支配者『フムス』。インフェルナムと同等レベルのドラゴンだ。危険度は計り知れない。

「フムスだけではありません。砂漠には危険な怪物が数多く潜んでいる。それらを退けつつ宝を探すには、腕利きの傭兵団の力を借りるしかありません。どうか、依頼を受けてはもらえませんか」

 もらえませんか、と言いつつも、グリフは断れるとは思っていないような態度に見えた。だがそれに反するように、二つの団の反応はいまいち渋い。

「アスカロン、アカリ団長。あなたからは何か質問は?」

 ヒラマエがこちらに水を向けた。アスピス、シーミア、グリフ、そのほか多くの団員たちの視線がイーナに向いた。

「そうですねえ」

 視線をものともせず、微笑みながら人差し指を顎に当て、小首をかしげる困った仕草をする。

「依頼の達成条件を考え直してもらえないかしら? 例えば内容を、『砂漠の蓮の回収』から『グリフ殿の護衛』に」

 そう言ってグリフに視線を向ける。

「なぜです?」

「理由は二つ。まず、私たちには砂漠の蓮がどのような物かわからない。だから探すに探せない。素人目にみてすぐにわかる物なら別だけど。あと、そんな貴重品、壊しちゃいそうであまり触りたくないわ。もう一つ。フムスの存在。正直に言ってしまうと、ここにいる全員の力を合わせたとしても、フムスには勝てない」

 イーナの言葉に、リュンクスとパンテーラの傭兵たちが顔色を変えた。

「それは、あまりにも我らの実力を過小評価しすぎではないか?」

 シーミアが笑っているような声で反論する。もちろん笑っているように聞こえただけで、内心は侮られたことによる怒りが声音に出たのだろう。鎧の下に押し留められただけでも大したものだ。アスピスの方は隠す気もなく顔に出ている。

「たかがでかい蛇なのだろう。そこまで恐れる必要はない」

「そうかしら。そのでかい蛇の事を思い出しただけで、あなた方は二の足を踏んでいたように見えたものだから。勘違いだったらごめんなさいね」

 可愛くクスクスとイーナは笑った。

「でも、それは正しい感情だと思うわ。ドラゴンとなんて、可能であれば戦わない方が良い。私たちが言うのもなんだけどね」

「なんだ。ビビってんのはそっちじゃねえか」

 アスピスが嘲笑う。

「否定しないわ。これまで色んな化け物と戦ってきたからこそ、私はフムスを過小評価しない。だからこその提案。私たちはグリフ殿の運搬役、それ以上でもそれ以外でもない。戦闘は極力避けるし、フムスが出ればたとえ宝の前でも撤退する。グリフ殿が指示に従ってくれれば、逃げ切るまでの護衛はするけど、自分から残ろうとしたら見捨てる。我が身が可愛いからね。その内容でよければ受けますわ」

 イーナの視線を受け、グリフがわずかながら狼狽する。自分の命が危険だという事をきちんと認識したからだ。グリフは隣のヒラマエに視線を向けた。ヒラマエが頷き返すと、一呼吸おいてグリフが口を開く。

「わかりました。アスカロンの提案を受け入れます。私を護衛し、砂漠の蓮の元まで連れていってください」

「ちなみに、具体的な場所はどこなのでしょう? 見当はついているんですよね?」

「ええ。もちろん。場所は砂漠中央。失われた都市ジュビアの廃城、その最奥にある宝物庫です」

 グリフが私たちを見回した。そして、懐から三つの巻物を取り出す。

「納得いただけましたら、こちらをお受け取りください。私どもが文献から再現したジュビア内部の地図です」

 最初に動いたのはアスピスだった。ひったくるように巻物の一つを掴み取る。

「リュンクス旅団は依頼を受ける。ああ、もしフムスをぶっ殺したら、報酬を倍にしてくれ」

「検討しましょう。倍は確約できませんが、必ず増額いたします」

 アスピスの次にシーミアが前に進み出た。

「パンテーラ、依頼を受領する。見事御身を守り通して見せるとも」

 巻物を取っていく。残り一つがイーナの前に差し出される。それを見て、イーナはにっこりと受け取った。

「傭兵団アスカロン。依頼をお受けいたします」

 三つの団が受諾したのを確認したヒラマエが声を上げた。

「出発!」

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