第187話 Rock You

 トリブトムからの連絡が来たのは、会合から一週間経過した頃だった。私たちが宿泊している宿に手紙が届き、再び集まるよう指示があった。今度は団全員で集まれ、とのことだ。指定された場所はコンヒュムの西門側。全員が集まった後簡単なブリーフィングを開き、すぐに現地に出発するとのこと。

 西門には、私たち以外の傭兵団が複数存在した。トリブトム、ではない。私たち以外にもこえをかけていたようだ。皆目をギラギラさせて、すでに興奮状態にある。あのトリブトムから認められた、とでも思っているのだろうか。おめでたい連中だ。自分たちが生贄にされるかもしれないのに。

 そんな彼らに、トリブトムの真相を教えてやりたい衝動に駆られるが、踏みとどまる。言っても信じてもらえるかどうかわからないし、これからの仕事のモチベーションを下げられても困る。私たちが無事帰ってこられる確率を高めるためにも、彼らには頑張ってもらわねばならないのだ。

「しかし一週間とはね」

 集合場所で独りごちる。ずいぶんと待たされたものだ。だがそのおかげで、偽装の準備を整えることが出来た。とはいっても、大したことじゃない。ウィッグや付け髭などのちょっとした変装グッズを作っただけだ。

 そもそも、幹部が直接現場に出てくることなどそうはないのだ。特にトリブトムのようないくつもの専門部隊を小分けにしている傭兵団は。彼らの主な業務形態は、普通の傭兵団のそれとは少し違う。私たちのような普通の傭兵団は一つの団で一つの依頼を受注し仕事を行う。対してトリブトムは分割した部隊をリムス各地に送ることで、同時に複数の依頼を受注することが出来る。派遣会社の業務形態に近いだろうか。必要な人材を必要な場所に送る、というような。

 トリブトムの中枢である幹部は、実働部隊を編成し、指揮する立場にある。よって、実働部隊に配属されることはそうはないだろう。それこそ、全部隊を投入するような、一大決戦くらいではないだろうか。

 今回の任務も、実働部隊のみで編成される。その実働部隊に私たちの顔を知る者がいなければ、彼らは見たものをそのまま報告するだろう。それならば、簡単な変装、わざとらしい特徴をつけて他をぼやかせるようなもので充分だと判断した。

「とはいえ、団長。そいつは、逆に目につかないか?」

 私の隣で、モンドが呆れたように言った。今の彼は四角い兜をかぶっている。戦闘中に顔を保護するためのバイザーを、今は帽子のつばのように上げて、周囲をきょろきょろと見渡していた。ちょっと恥ずかしそうだ。

「変装ったって、俺みたいに顔を隠す兜とかあるだろうが。なんで顔面に包帯を巻く必要があるんだ」

 彼の指摘通り、今の私は顔や体を包帯でぐるぐる巻きにして、その上から軽鎧を着こんでいた。

「おっと、モンドさん。いけませんね。私は団長ではありませんよ。団長は先頭を行く彼女なのですから。今の私の名はルイ。ルイ・ラインバックです」

「偽名までこだわるなよ。ややこしいな。別にいいじゃねえか今ぐらいは」

「ちょっとしたことで秘密というのはばれるものですから。そう言わず、付き合ってくださいよ。それに、何も酔狂で巻いているわけじゃありません。包帯を巻くことで女っぽい体つきを誤魔化せますし、これから向かう砂漠の熱い日差しを避ける効果もあるのですから」

「はあ。じゃあ、ルイさんよ。あんたはまあ良しとしよう。納得の理由もあるし。だが、後ろのあいつは、どういう理由であんなことに?」

 くいっとモンドが親指を向けた先。

 ソウルフル。

 その人物を一言で表すならば、それ以外の言葉は見当たらない。いや、それ以外の言葉はいらない。

 燃え盛る太陽を表しているのかと問いただしたくなるような球を模ったチリチリアフロ。ホームベース型のがっしりした顔には綺麗に揃えられた髭とサングラス、大胆に前を開いた真っ白なシャツから覗くのは厚い胸板、袖口には鯉のぼりの吹き流しみたいな長いフリンジ、末広がりでおめでたい裾口の広がった白いパンツ。

「ヘイ! どうしたんだい? 俺の事が気になるのかい?」

 私たちの視線に気づいたソウルフルが、良く通るハスキーボイスでテンション高めに近づいてきた。

「どうしたもこうしたも、お前、正気か?」

 うんざりしたようにモンドは言った。

「正気? おいおい、俺が正気じゃなかったことなんて、一度もないだろうが」

「団、いや、ルイ。説明してくれ。話が通じない」

「諦めてください」

 包帯の下で私は乾いた笑い声をあげた。

「試してみたい道具をこの機会に試せるとあって、嬉しくて仕方ないんです」

「ああ、じゃあ正気じゃねえか。聞くまでもなかったな」

「ちょっと、人をキチガイみたいに言わないでくれる?」

 いつもとは違う声でいつもの調子で喋るから調子が狂いそうになる。

「ちょっとしたことで秘密は暴かれるものよ。だから徹底した。それだけの事じゃない」

 ソウルフル・プラエは憤慨したように腕を組んだ。


 話は、変装道具を作り始めた頃に遡る。

「結局のところ、私たちがばれないようにするには、性別を変えるのが一番よね」

 いつものように私たちは道具作成について部屋で話し合っていた。議題は、実際にトリブトムと合同作業をする際、私たちの正体をどう隠すか、だった。他の団員は、ちょっとした変装か、もしくはフルフェイスの兜をかぶることで問題ない。問題はやはり私たち二人だった。まず女という点で珍しがられる。その報告が奴らに行くのは好ましくない。

「もしかしたら、私たちの関与はすでにばれているかもしれないんですけどね」

 情報を取り扱う連中が、すでに判明している私たちの名前から、私たちの存在を結びつけること位簡単だろう。

「そうだったとしても、よ。奴らが出てこないのであれば、奴らの目となる部下どもに私たちの存在を隠すのは効果的じゃない?」

「確かに、その通りです。彼らが言う私たちの特徴に該当する者がいなければ、害することは出来ないでしょうから」

「でしょ? なので変装は効果的だと思うの。そしてさっきも言った通り、女じゃなければ、疑われることすらないわけよ」

「理屈はわかりましたが、具体的な案はありますか?」

 と尋ねるものの、おそらくプランの一つや二つは持っているだろう。彼女が話を振る時は、既に企画やアイディアがある時だ。

「以前、あなたが元居た世界の事を話してくれた『こすぷれ』という文化についてなんだけど」

「ああ、そんな話も、しましたっけ」

 彼女の恐ろしいところは、私ですら記憶がおぼろげになるような、おそらくその時はただの雑談程度でさらっと流した話すら、いつか魔道具に応用できるのではないかとキーワードだけでも覚えているところだ。必要な時に、活用できる知識を用いる事、知らなくても、知っている人や物を頼る事。プラエといいティゲルといい、これが本当の賢さかと学ばされる。

「こすぷれでは、女が男の恰好をしたりして、その人物に成り代わるそうじゃない」

「成り代わる、というか成り切るなんですが、まあいいでしょう」

「そして、この前のラクリモサ。そこでフェミナンオーナーからも、同様の話を聞けたわ」

「アンと? いつの間にそんな話してたの?」

「私たちが開発している履き心地の良い女性用下着の上客になりそうだったから、話を持ち掛けたでしょ。その時に。やっぱり、ルシャの話って貴重なのよ。そこでいくつかのアイディアを貰ったわけ」

 アイディアはすでに形になっていて、後は少し詰めるまでになっていた。


 そうして彼女が作ったのは、胸を押さえるために使う、いわゆるBホルダーもどき。コスプレイヤーはシルエットを美しく見せるために胸をかなりきつく押さえつけて潰すそうだが、彼女はスタイルが良いため、長時間押さえつけるのは苦しくなりすぎて現実的ではない。そこで逆に胸板を厚くする方向に転換した。胸板が厚いのに首や腕が細いのはまずいので、パーティグッズにある筋肉の着ぐるみのようになっている。防刃繊維や耐火素材が中に組まれているため、下手な革鎧よりも強いし、オプションとして中に風を起こす魔道具を組み込んでおり、蒸れる心配もない。

 アフロのかつらは、あんな見た目だが日傘の役割を果たし、かつ最も重要な、顔から視線を逸らすのに一役買っている。顔に張り付けたつけ顎は、彼女の声を変化させるボイスチェンジャーの役割を担っている。サングラスと髭は好みだそうだ。

 同じ格好を進められたが、私は笑顔で遠慮し、包帯に落ち着いた。これもちょっと中学生の時に発症しかけた病が再発しそうなので、あまり長時間は出来ない、というかしたくないが、背に腹は代えられない。今のところ、右腕も左腕も鎮まってはいる。

「一応、理に適ってはいるんです」

「そうか。うん、そう、だよな。そう願う」

 私とモンドは色々と諦めた。

「あなた達ね。これ、言っとくけど物凄い英雄の似姿なのよ? はるか昔、この世界に音楽を伝えたと言われる伝説のルシャが纏っていた、聖なる衣をモチーフにしているんだから。そのルシャの歌声は人々の魂を震わせ、ドラゴンすら鎮めたとティゲルが読んだ文献に」

「話は、また後にしましょう」

 ソウルフルの解説を遮る。私たちの前に、トリブトムと思われる一団が姿を現した。その集団の最後に現れた男に、視線が吸い込まれる。野郎、とモンドが呻いた。他の団員からも抑えきれないほどの殺意と怒気が膨れ上がるのがわかる。

「徹底しておいて、良かったじゃない」

 プラエが楽し気に、憎しみを込めて笑う。

 私たちの目の前に、奴が、ヒラマエが現れたのだ。

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