第186話 トリブトム幹部会議
コンヒュムからはるか北西、砂漠を越えた先にあるアーダマス領シムラクルムの街で、大傭兵団トリブトムの三人の幹部が、各地から寄せられる部下の報告を聞いていた。トリブトムを率いる大団長がアーダマス本国にいる今、各部隊の指揮は彼らが執り行っていた。
「報告は、以上になります」
最後に彼ら直属の部下、ノリから送られてきたアスカロン団長との会合の報告を部下から聞き終えた幹部たちは、思い思いの息を吐いた。それまでの報告に対しては素早く指示を出したのに、この報告にだけはすぐに結論を出せずにいる。そのことを奇妙に思いながらも、部下は三人の返答を黙って待つ。
「すまないが、少し外してもらえるか?」
しばらくの沈黙の後、部下に告げたのは、幹部の一人、ヒラマエだった。
「は。しかし、ノリ殿が担当する依頼は、今トリブトムが総力を挙げて挑むべき重要な物です。急ぎ次の指示を」
「そんなことはわかっている!」
ヒラマエの怒声に、部下は竦み、口を閉ざした。
「すまない。だからこそ慎重になりたいんだ。考える時間をくれ」
「い、いえ。こちらこそ失礼しました。では、用がありましたらお呼びください」
一礼して、部下が部屋を後にする。ドアが閉まり、三人だけになったところで、彼らだけの会議が始まった。
「どう思う?」
ヒラマエが、他二名の幹部に尋ねた。トリブトム入団当初からチームを組み、共に多くの戦いを駆け抜け成果を上げてきた、盟友と呼んで差し支えないマグルオとマディに。
トリブトム最大の危機を乗り越え『奇跡の部隊』とまで呼ばれた彼らは、それから七年後には新たな幹部として大傭兵団での地位を確立させていた。もちろん、彼らはその危機の真相を知っている。そこで出た犠牲、自分たちが出させた犠牲のことも。
「どう思う、ねえ。ヒラマエ、お前の方こそどう思うんだ」
マグルオがそっくりそのまま尋ね返した。
「同盟相手のアスカロンは、かつて俺たちが踏み台にした『亡霊どもの寄せ集め』だと思うか?」
「ノリの報告では、アカリと名乗る団長は確かに女だが、赤い髪に褐色の肌、傭兵団の団長とは思えない妖艶な肢体を持つそうだ。我々が会った彼女とは似ても似つかない容姿ではあるが」
マディがかつて会った命の恩人の顔を思い出す。依頼人をラテルまで運び終えた後、傭兵の仁義として助けられたことに対する感謝を伝え、数日後には傭兵としての仁義も倫理も道徳も踏みにじる行為をした相手の事を。まだ幼い彼女は、黒い髪の、細くなよなよとした白い肌だった。おどおどして自信なさげで、およそ傭兵には不似合いな少女だった。
「同行していた参謀、プラエも、小柄で大人しい性格の女性だという。私たちが知っている二人とはずいぶんと違うがな。だが、これはおそらく」
「ああ、影武者、代役だろうな」
マディの推測をヒラマエは継いで答える。
「ただでさえ珍しい女の傭兵、その名前がアカリだという。一人ならまだ偶然で片付けられるが、プラエという名前まで一緒なら偶然で片付けるのはすこし難しい。まず間違いなく、奴らだ」
死んだと思ってたんだがな、とマグルオが天を仰いだ。
「じゃあヒラマエ。お前は、奴らが亡霊だという前提で『どう思う』と俺たちに聞いたんだな?」
「そうだ。俺たちは、彼女たちにひどい仕打ちをした」
「おいおい、忘れるなよ。そのひどい仕打ちをしなければ、死んでいたのは俺たちの方だったんだぞ」
「わかっている。それでも俺は」
「ふん、甘いんだよお前は。だから、あんなものをあの若造にとられるんだ」
あの若造というのは、ノリの事だ。あんなものさえなければ、腕も経験もない奴を自分たち直属の部下に引き抜いたりするわけがない。
だが反対に、あの若造がいたからこそ、彼らは窮地を脱せたのも事実だった。傭兵の思考に雁字搦めになっていた自分たちに、新しい選択肢を与えたのがノリだ。
「過去の事も、ノリの事も、今は置いておこう。今は、そのアスカロンがどうして同盟を組んだのか、という事だ。本当に奴らなら、断ってもおかしくない」
マディが話を変え、進める。ヒラマエの後悔も、幾度となく聞いた。このまま続けばマグルオとヒラマエが喧嘩になる。本題にさっさと入るべきだ。
「そこは、コンヒュムにいた部隊の連中が、俺たちの判断も仰がずに独断専行しちゃったんだろう。まあ、仕方ないと言えば仕方ない。大団長から早急にと言われちゃ、急いで探さずにはいられないだろう。実力があり、かつ自分たちよりも小規模な傭兵団。小規模な傭兵団は多くあるが、実力が伴うのはかなり少ない。そこに現れたのが、最近何かと話題の傭兵団アスカロンだ。部下が喜び勇み足を踏むのを責められはしない」
「おそらくノリはトリブトムの名前を出して、断れないように持って行った。だから相手は断れなかった、ということかな」
マディが納得したように一人で頷いている。
「俺たちも、都合のいい相手が見つかったなと思っていたからな。ここで決めてしまいたい気持ちはわかる。依頼主と大団長の我慢も、そろそろ限界だった頃合いだ。さて、ここからが俺たちにとっての本題だ。奴らは、何が目的で同盟を受け入れたのだと思う? 過去の因縁を水に流して、ただの同盟者でいてくれるかな?」
マグルオの質問に、先にマディが答えた。
「合理的に考えるなら、ただの同盟でいるしかないだろうな。実力が違い過ぎる相手に挑むとは思えない。そもそも奴らと我々が出会うことはない。奴らは現地の砂漠で、我らはアーダマス。依頼品が手に入ったとしても、依頼者とトリブトムの護衛のみがここまで物を運ぶ手はずで、奴らが一緒に来ることはない。ついてくることが出来ても、アーダマスまでだ。その時は俺たちは依頼者と一緒に王家の晩さん会にでも出席しているさ」
「そうだな。俺も、マディと同意見だ。俺たちと奴らとでは、住む世界が違う。同じ空間にいることはない。ヒラマエ、お前の考えは?」
「俺は」
ヒラマエの脳裏に、あの時の光景が蘇る。赤く燃えるラテルと、憎しみに昏く燃える彼女たちの瞳。合理的に考えれば、いや、常識で考えれば復讐に駆られるとは思えない。けれど、あの瞳の炎は、けして消えることはないだろう。自分たちに復讐を終えるまでは。
「俺は、用心した方が良いと思う。小規模だが、実力は確かな団だ。ドラゴンの上位種を討つほどだからな。隙を見て寝首を掻くぐらいのことはしてのけるだろう」
「はっ、会えない相手の首を、どうやって搔き切るってんだ?」
「さあな。そこまではわからない。けれどあの時も、あの二人は俺たちを常識では考えられない方法で助けてくれたじゃないか」
「ふん、アカリが放った、長距離からの狙撃か。確かに、あれなら遠距離からでも俺たちを狙えるか」
マグルオが面白くなさそうに鼻を鳴らす。
「だが、それには依頼を成功させなければならない。そこにさえ注意を払えば、奴らは復讐のタイミングを逃し、ただただトリブトムの為に働くことになる。違うか?」
マディがとりなすように言った。二人も特に反論は無いようだった。
「決まりだな。部下たちに依頼を遂行するよう指示を出すぞ」
「待ってくれ」
部下を呼ぼうとしたマディを止め、ヒラマエが立ち上がる。
「俺が現地で指示を出す」
「おい、まさかお前」
「ああ。これからコンヒュムに向かう。直接アスカロンを見極める」
「何を考えているヒラマエ。わざわざ奴らの前に出る気か? 殺されるかもしれんのだぞ」
「合理的に考えれば、そうはならんさ。甘ちゃんでも一応、トリブトムの幹部だからな。俺に手を出せばどうなるかくらい、奴らも理解しているだろう。それに」
「それに?」
「いやなに、もし俺が殺されれば、その場でアスカロンはトリブトムの団員たちに滅ぼされる。そうなれば、確実にお前たち二人に危害は加えられない」
「馬鹿野郎。せっかくここまで成り上がったんだぞ。金も、権力も、そこらの貴族以上だ。これから一生遊んで暮らせるんだ。それを捨てて、死ぬってのか!」
マグルオの怒声を、涼しい顔で受け止めヒラマエは言った。
「傭兵としての俺は、もう死んだんだよ」
あのラテルで。命の恩人を己が助かりたいがために売った時に。まだ怒鳴っているマグルオの声を背中に受けながら、ヒラマエは部屋を出た。扉が閉じ、彼らと彼は分かたれた。
「けじめをつけに行くか」
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