第185話 招待状
コンヒュム到達時から、視線を感じる。これは私だけではなく、他の団員、特にテーバやジュール、イーナが敏感に感じ取っていた。
「敵意は、感じないが」
道中、隣を歩くジュールがぼそりと、前を向いたまま言った。
「そう、ですね。あれは観察している、という感じでしょうか」
イーナが同意する。
「もちろん、アスカロンは他の傭兵団が注目してもおかしくない実力をもつ団です。同業者が視線を向けてもおかしくはないとは思いますが」
「値踏みされている、ってところか。だが、何のための値踏みだろうかね。依頼の取り合いになるかも、という警戒か、はたまた共同依頼の同盟相手にふさわしいか、というものか」
「何にせよ、良い気はしねえがな。獲物が巣まで戻るのを見届けるみたいだ。流石に街中で仕掛けてくることはないだろうが、警戒はしておいた方がよさそうだ」
テーバの言葉に、二人は頷いている。
「どうします? 念のため宿を変えるか、分けますか?」
三人に問いかける。三人は少し考えた後、視線を合わせた。
「いや、分けなくても良いと思う。どちらにしろ、集団で泊まれる宿というのは限られているだろうしな。そっちも警戒されて、各個撃破、なんてのはシャレにならん」
テーバが答えた。
「そうだな。あと、気づいていないフリの方が良いかもしれない。下手に警戒しすぎると、向こうが引いてしまって出方がわからなくなる。引くだけならいいが、そっちがその気なら、なんて武力行使されてもかなわない。交戦ではなく、いつでも逃げられる準備だけしておけばいいと思う」
テーバとジュールの言葉に従い、いつもと同じく、新規の街に来た時と同じ行動を取る。ムトとジュールを傭兵団への依頼が集まる案内所へ向かわせ、プラエ、ボブ、ゲオーロを市場に向かわせる。他は宿に向かい、荷物を置く。ムトたちが戻ってくるのを待って、食事兼今後の行動を相談する。
そこまではいつも通りだった。食事もそろそろ終わりを迎えようかという頃、酒を持ってきた給仕が、一緒に手紙も持ってきた。
「どちら様からでしょうか?」
代表して受け取った私は、給仕に尋ねる。
「誰かは名乗らなかったわ。ただこの手紙を、あなた達に渡せって言われただけで」
ありがとうと礼を言い、私たちの席に他の客を近づけないようにとチップを渡して頼む。笑顔で承ってくれた給仕を見送り、手紙を開く。内容を読み進めるうちに、顔が険しくなっていくのを止められない。
「どうしたんだ、団長?」
隣にいたモンドが私の手元を覗き込み、同じく険しい表情に変化していく。
「何だってんだよ。一体何が書かれてたんだ?」
ただならぬ雰囲気に、テーバは酔いが覚めたらしい。私が内容を告げれば、違う意味で顔を赤くするに違いない。
「『アスカロン団長殿。明日、コンヒュム三番街にある第三教会へ十八時に来られたし。高名なるアスカロンの腕を見込んで依頼したい旨在り。招待は団長と参謀、二名までとする』とのことです。差出人は、傭兵団トリブトム」
手紙を団員たちに向けて広げる。ピンと空気が張り詰め、彼らの表情が強張っていく。
「久しぶりに、笑える話じゃない」
笑顔でプラエが言った。全く笑っていないが。
「大傭兵団様らしい上から目線の手紙を頂戴したわけだけど、どういうつもりでこんな話をうちに持ち掛けてきたの?」
「依頼の話があるってことですが、さて。大傭兵団だけで片付けることができない依頼なんてそうあるものではないでしょうしね。間違いなく裏があるでしょう」
「私たちが、かつて自分たちが罠にはめたガリオン兵団の生き残りだってこと知ってるってこと? 自分たちの信用を失墜させかねない私たちを、まただまし討ちで全滅させようって魂胆かしら?」
「そこまではわかりません。ただ、私たちがいくら騒いだところで、トリブトムも周囲も取り合うことはないと思います。弱い犬が良く吠えている、というふうに意にも介さないでしょう」
「なら、私たちの正体も知らずに?」
「それも、どうでしょう。トリブトムがどこでもいいから適当に選ぶ、というのも考えにくい。そもそも、何も考えずに依頼を受けた結果がラテル事変ですからね」
「ちょっと待ってくれ。もしかして、コンヒュムに来てからの視線は、連中のものか?」
テーバが言った。
「その可能性は高いと思います。奴らが見込むほどの腕が、まずは最低条件なのでしょう。下調べは私たち以上にやるのではないでしょうか」
「ということは、つまりだ」
ジュールが情報を整理する。
「トリブトムは、何らかの、おそらく自分たちだけでは手に負えない、もしくは受けたくない依頼がある。それに協力させたいがために、他の傭兵団を見繕っている。コンヒュムに滞在する傭兵団を調査していて、俺たちに目をつけた」
「おそらく、そういう流れだと思います」
頷いて、ジュールの意見を肯定する。アンからの情報とも一致するし、ほぼ間違いないだろう。
「しかし、意に介さないとはいえ、ご本人たちにとっちゃ会いたくない相手なのは間違いないだろう? 不都合な人間相手に依頼なんかするかね?」
「そこなんですが、おそらく私たちと直接関係のある三人は、この事に無関係、もしくはまだ知らないのではないかと。トリブトムは大傭兵団ですが、その実、部隊をいくつも分けて各方面に派遣するタイプです。私たちの事を知らない別の部隊が接触してきたのではないかと思います」
「なるほど、事情を知らない若手が先走っちゃったか」
トリブトムが依頼をよこしてきた理由はわかった。では、こっちの出方をどうするかだ。
「そんなもん、断るに決まってるだろう」
テーバが大げさに手を振りながら一蹴する。
「何か企んでいる相手の依頼なんぞ受けられるもんか。よしんば達成できても、成果だけかっさらわれるのがオチだ」
「全くだ。それに、向こうに得になるようなことなんぞやりたくないね」
モンドもテーバに同意見だった。他の団員も、口々にトリブトムへの悪態をつきながら反対の意思を示している。私としては、半々の気持ちだ。銅貨一枚だって奴らに稼がせたくない。反対に、依頼を受けて向こうが接近してきたのを上手く逆手にとれないかとも考えてしまう。積極的に損をさせるように動けないかと思案したのも事実だ。だが、流石に危険の方が大きいか。団員たちのモチベーションもある。今回は断ろう。そう口を開こうとした矢先のことだ。
「あの、よろしい、ですか?」
ボブが恐る恐る、といった風に挙手していた。彼が依頼関連の話に関して意見を言うのは珍しい。
「どうしました、ボブさん」
「はい。依頼の難度や必要性に関して、私はド素人もいいとこです。ですので、皆さんが危険と判断しているこの件に関して口を挟むのは筋違いも甚だしいのですが」
「いや、そんなことはありません。気にせず意見を言ってください。意見がなければ、吟味すらできないのですから」
「じゃ、じゃあ、僭越ながら。トリブトムの依頼、私は受けた方が良いのではないか、と愚考します」
おいおい冗談だろ、という声が聞こえてきて、ボブは縮こまってしまった。
「待ってくださいよボブさん。ボブさんだって、団長たちとトリブトムとの因縁は聞いたじゃないですか」
ムトが非難するようにボブに詰め寄った。
「ええ、私も一緒に聞かせてもらいました。彼らのせいで、皆さんがひどい目に遭ったという事は承知しています」
「だったら」
「感情的には、私だって拒否一択です。関わり合いになりたくない。ですが、商人として、感情抜きで損得で考えた場合、そうとは限らないと考えました」
「教えてください」
まだボブに何か言おうとしたムトを手で制し、話を促す。
「まず、トリブトムというのはアスカロンよりも大きな傭兵団なんですよね?」
「ええ。残念ながら」
「私が店を出していた時の話になるのですが、ファリーナ商会に商品を卸す業者は多い。ですが、棚に並べられる商品は限られている。そんな時、大手の業者の商品が優先的に棚に並べられ、小さな業者は隅に追いやられるか、並べられもしません。なぜだと思いますか?」
「それは、大手の方が優れているからでは?」
「それもあります。ですが、売れなければ商品の良し悪しはわかりません。そこで、大手からは商品を売るようにと、いわゆる圧力がかかります。もし逆らった場合、人気の商品がファリーナには卸されず、他の商会で扱われることになります」
なるほど、彼の言いたいことが少しずつ分かってきた。
「つまりです。力の差が歴然としている相手からの要求を、我々が突っぱねた時のデメリットも考えた方が良いのではないか、という事です。素直に次の傭兵団を探してくれればそれで良いですが、メンツをつぶされたから報復、という手段を取らない保証はありませんよね。むしろ、他の傭兵団に対する見せしめとして潰されるかもしれない。そうなれば、因縁のある相手にとっても都合がいい。彼らの過去を知る人間が消えてくれるのですから」
ボブの話は確かに一理ある。団員たちも、表には反発の表情が残っているが、何も言わないところを見ると頭の中でボブの話を反芻しているのかもしれない。トリブトムの全面戦争になれば、絶対にこちらが負ける。であるなら、依頼を受けておいて相手の出方を見つつ離れる、という手の方が安全に思えてくる。
「もちろん、それは明日の会合で話を聞いてからになると思います。無理難題を突きつけられたら、流石に受けることなどできないでしょうし」
言い終えた彼は椅子に腰かけた。団員たちの視線が私に集中する。
「ボブさんの話も理解できます。確かに、弱者は下手に逆らえば潰されるのが世の常です。ですが、皆の気持ちもわかる。トリブトムは正直私も嫌いです」
潰したいくらいに。その本音は飲み込んだ。
「ですので、今日一日やってきたことを継続します。相手の出方を見て、危険と判断したら適当に理由をつけて正式に依頼破棄する。それなら、トリブトムのメンツも保てるでしょう」
まあそれなら、という空気がその場に流れた。
「念のため、会合は私ではなく、イーナさん、お願いできますか」
「影武者ですね」
「危険はないとは思いますが。万が一に備えて近くに待機しています。危ないと思ったら、これで合図をください」
彼女に小型化に成功して作り上げたイヤホン型の通信機を渡す。私にしかわからない話題でも、これで対応できる。
「ムト君、サポートとして彼女に付き添ってください。招待人数は団長と参謀、もう一名連れていけるので」
「了解しました」
「あ、待ってください。出来ればプラエさんかティゲルさんにお願いできませんか。女性だけの方が、相手も油断するのではないかと」
「それは、そうかもですが」
プラエは私以上に奴らに顔を知られている。出来ればギリギリまで隠しておきたい。
「では、ここは私が~」
いつも通りののんびりとした口調で、ティゲルが立ち上がった。彼女が頭脳明晰なのは誰もが知るところだ。だが、不安だ。
「・・・大丈夫、ですか」
「お任せあれ~」
団員全員が心配な視線で見守る中、どんと自分の胸を叩くティゲル。
「私とイーナさんで相手を油断させて、ボロボロ白状させちゃいますよぉ」
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