第184話 友との別れ

 ラクリモサにまだいた頃。

 ラクリモサを拠点とし、リムス各地に支店を出す有名娼館フェミナンのオーナーアンから情報提供があった。

「アーダマスとカリュプスの仲が険悪になっている?」

 アンから聞いたことを要約するとそういう内容だった。彼女は運ばれたお茶を洗練された所作で飲みながら頷いた。

「衝突、まではまだまだだと思うけどね。ただ、ここ数年の間で仲がどんどん悪くなってきてるの」

 もともと、五大国は仲が良いわけではない。むしろ悪い。しかし戦争までいかないのは、互いに理性が残っているからだ。戦争に踏み切れば、どちらが勝っても負けても大ダメージを受けるだろうし、残った三国が弱った自分たちを放ってはおかない。そういう利と理のけん制が今のリムスの天秤を平衡に保っている。その天秤を崩しかねない理由とはなんだろうか。

「それはまた、どうして」

「くだらない意地と見栄のせいよ」

 アーダマスの展示販売会って知ってる? 彼女はそう切り出した。

「年に何回か開催される、大規模な市よ。一般市民向けには各国の珍しい品や珍品を販売する意味合いの方が強いけど、貴族にとっては自分たちの権力を誇示する場所になる。珍しい物を持っているという事は、つまりは自分たちがそれを手に入れるだけの財力と権力を持っている、という証明になる。見栄が服着てるような人間たちは、金に糸目をつけずに珍品を収集しているわけ」

「見栄を張るために風邪ひきそうな話ね」

「お金を使い込み過ぎて、財産全てを売ってしまって本当に破産した貴族もいるわよ。これまでペコペコしていた連中に掌返されて次の日には当主は素っ裸で荒野に死体を晒し、妻子は売り飛ばされて行方知れず」

「笑えない話だわ。珍品収集に、それだけの価値があるものかな?」

「日本でもあったでしょう? よくわからない物が流行るブームってやつ。今は名品、珍品がそれにあたる。暇を持て余した連中の考える事なんてどこでも一緒よ」

 話を戻すわ、とアンは居住まいを正した。

「この前私がさらわれた時、偽物の使者も言っていたのだけれど、実際アーダマスの様子がここ最近慌ただしい。同時に、カリュプス内部も怪しい動きが起きている。正確な情報じゃないけど、どうも内乱の火種がくすぶっているようなの」

 ピクリと体が反応してしまった。ゆっくりと息をして、動揺を抑えながら話を聞く。

「内乱?」

「確かじゃないわ。ただ、フェミナンを利用する不特定多数の上客の口から、似たような文言が聞けている。つなぎ合わせていくと、アーダマス王家とカリュプス王家の意地の張り合いが激化してきている。金に糸目をつけず物を集めている。そのことで増税が掛かり、民衆から不満が噴出している」

「そんな典型的なフランス革命方式が現実にあるのね」

 相も変わらず奴らは、ただ己の為だけに金を、力を振るって好き放題しているのか。組んだ両手に知らず力がこもっていた。フランス革命を引き合いに出したが、フランス王家は最近の研究ではそこまで悪かったわけではない、みたいな研究があるらしい。ルイ十六世はかなり優秀な人間だったとか、マリーアントワネットの放蕩さも後々の脚色だったとか、そこまでして悪役にしておかなければならなかったとか。

 だが、奴らは違う。現実に弱者を踏みにじっている。私たち自身が証人だ。

「現実は小説よりテンポよく物事が進む事があるわ。もちろん、まだ表立って国を批判する人間はいないけどね。満足はすぐに消えるけど、不満は残り徐々に積もる。誰かが故意に積もらせている、ということもあるかもだけど」

 はっと顔を上げた私とアンの視線が合う。

「もしかして、アンたちを誘拐した連中が?」

「可能性はゼロではないでしょう? あなたの話を聞く限り、そいつらは五大国の支配からの脱却を目論んでいる。もしかしたら展示即売会を見栄っ張りの集まりに作り替えたのも奴らかもしれないわよ? 最初は本当にただの市だったんだから」

「手広く商売してるわけだ」

 アンを誘拐した第三国の工作員、ソダールたちの顔が浮かぶ。様々なところで連中の影に出くわす。広く、深く、悟られず、奴らは根を張り、機を見ている。その奥にちらつくのは、あの義手の輝きだ。

「他には何か情報はある?」

「そうね。傭兵関連だと、展示販売会が終わった後も、アーダマスにトリブトムが留まり続けているのが気になるかな。十中八九、アーダマス関連の依頼を受けることになるでしょうね」

「彼らに依頼という事は、珍品収集」

「ええ。それも、カリュプスが持つ最高クラスの一品『インフェルナムの卵』を超える物でしょう」

 そんなもの、リムス広しと言えどそうはない。インフェルナムと同等のドラゴンを狙う事になる。

「アーダマス領内には、広大な砂漠がある。そこには古来より、大地の化身と称される龍がいるわ」

「最上位の一種『フムス』のことね」

 アンが頷く。どの最上位種にも言えることだが、目撃例が少なく、また目撃した人間がほとんど死ぬために生態がよくわかっていない。フムスについてわかっているのは、砂漠を横断中の大所帯のキャラバンが逃げる間もなく一瞬で飲み込まれた、砂丘だと思って登っていたらフムスの胴体だったなど、特に巨大さを強調する文献が多かった。

「おそらく、彼らはフムスの卵か、それに類するものを取ってくるように命じられるでしょうね」

「インフェルナムで痛い目を見ている彼らが、同じ手に引っかかるかな。同じく痛い目を見た私が言うのもなんだけど」

「そこまではわからないけど、市が終わってもトリブトムの半数以上がアーダマス領に留まっている理由はそれくらいしか思いつかないわ。それに同じ手であっても、彼らはそれを他人に押し付けることで災難を避けている」

「同じように誰かに押し付け、成果だけ得ようとする、か」

 はらわたが煮えくり返るような思いだが、情報は情報としてストックしておく。

「内乱に関しての情報は、何かある?」

「そうね。これも同じくアーダマスからの話になるけど、その首謀者と思しき人物がアーダマス、カリュプス、そしてアウ・ルム国境付近の小国に潜伏しているという噂がある。ユグム山を越えた先にある、コンヒュムという国よ」

「コンヒュム、この前の件でソダールたちが向かおうとした先だね。でもどうしてそこに潜伏しているんだろう?」

 噂であっても、カリュプスが無視するとは考えにくい。言いがかりをつけて攻め込んでもおかしくないのだが。コンヒュムとしてもそんな噂をさっさと払しょくしてしまいたいだろうに。

「それは、コンヒュムという国の特色が関係しているわ」

 アンの解説によれば、コンヒュムは一種の宗教国家として中立を保っている。カリュプスにも多数信者が存在してるため、余程の事がない限り介入できないし、同じくアーダマス、アウ・ルムにも信者がいるため、下手に突けば二国から袋叩きに遭う。

 また地理的にも攻め込みづらい立地をしている。アウ・ルムとの間には活火山であるユグム山が道を隔て、アーダマスとの間には件の砂漠が広がり、カリュプスとは間に大河が流れている。攻め込むにはかなりしっかりと軍を編成しなければならず、その動きを他の国が察知できないはずがない。

 そして何より、コンヒュムは宗教国家の役割で三国に貢献していた。これまで政治的軋轢が三国間でなかったわけではないが、間にコンヒュムが入ることで致命的なダメージを受けずに済んだことが複数ある。

 また、宗教が人に及ぼすメリットを上手く使っているという。軍事力が高い国にとっては、兵隊が重要な位置を占める。しかし、日々の戦いによるストレスは高い。そのストレスを軽減するのに宗教のメソッドが効果を発揮している。死に対する恐怖の軽減、仲間意識の強化、現状への不満や不足を、天から与えられた修業のチャンスだと切り替える思考の育成などだ。

 慈善活動として身寄りのない孤児を引き取り育てるために、教会と一緒に孤児院を建設しているのも、おそらくその一端を担っている。子どもの頃から教会の教えに染まる彼らの大多数が向かうのは軍隊だからだ。もちろん心から慈善活動を送っている聖人はいるだろうが、育った人間が国益にかなうよう育つので、周囲三国はコンヒュムに攻め込まず、協力国という位置づけでコンヒュムと接している。持ちつ持たれつの間柄、というわけだ。

「迂闊に攻め込めないのを良い事に、コンヒュムの裏では三国に不満を持つテロリスト、政治活動家が多く潜伏しているという構図になる訳よ。危険だけど、アカリの望む情報もあるかもね」

 カリュプスを亡ぼすための鍵。コンヒュムにはそれがあるかもしれない。

「情報提供、ありがとう。次の目的地が決まったよ」

「提供しておいてなんだけど、無理はしないでね。もう、友達を亡くすのは嫌なの」

「ええ、もちろん。絶対、また遊びに来るから」

 彼女と抱擁を交わす。少し胸が痛むのは、絶対など絶対ではないと理解しているからだろうか。

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