過去の因果は、今に応報す
第183話 戦いは戦いの前から始まっている
「同盟、ですか?」
突然の申し出に、アスカロン傭兵団の団長アカリは困惑する。
「ええ、悪い話ではない、と思いますが」
少し軽薄そうな雰囲気を持つその男は、断られることなど微塵にも思っていなかった。何故なら、自分はリムスに数多ある傭兵団の中でも、知名度なら一、二を争う大傭兵団『トリブトム』の人間だからだ。ぽっと出の弱小傭兵団とは格が違う。トリブトムの使者は自分一人に対し、向こうは団長とその参謀が並んでいるのが良い証拠だ。同格であれば同じ階級の人間同士で話し合うのが筋というもの、団長であれば団長が対応する。しかし、格が違えば、下っ端の使者でも団長が対応することになる。使者とはその傭兵団の名代、雑に扱う事はすなわち、その傭兵団に対する侮辱ととられることになる。まあ、自分は幹部直属の特殊団員で、他の傭兵団なら団長クラス、下っ端ではないのだがと心の中でひそかに自慢する。
ちょっと有名になっただけのアスカロンも、流石にトリブトムからの使者に対しては団長自らお出ましになった、という訳だ。敵対しないよう緊張しているのが口調からもわかる。
しっかし、良い女だな。
使者はこっそりと世にも珍しい女団長を上から下まで眺めた。つやつやのチョコレート色の肌に赤くなびく髪。すらりと長い手足に服の上からでもわかる、出るとこ出て引っ込むとこ引っ込んだ、モデルや女優が裸足で逃げ出す黄金比ボディ。その上に乗っかる顔は、これまた、男を惑わせる色気が具現化したような顔だ。傭兵団なんて厳つい職業より、もっと艶やかな職、それこそ娼婦と言われた方がしっくりくる。
そして、隣に立つ参謀プラエも、系統は違うがなかなかの美人だ。ちょっと地味で田舎者っぽいが、おそらく化粧一つ、髪型一つ変えるだけで化ける逸材とみた。団長と話すときの少し間延びした話し方も自分にはグッとくる。例えるなら、愛人にしたいのは団長、嫁にしたいのは参謀、といったところだろうか。この二人に会えただけでも、使者としてきた甲斐があった。
「トリブトムの使者、ええと、ノリトモ、とおっしゃいましたか」
美女の口から自分の名前が出て、思わずテンションが上がってしまった。胸に手を当てて、前のめりになる。
「はい。良ければノリ、と及びください」
「ではノリ。確認したいことがいくつかありますが、よろしいですか?」
「何なりと。俺、あ、いや。私にわかる事であれば」
「ではまずは、今回の依頼の件から。詳しい依頼内容と、依頼主の正体は?」
「申し訳ございません。それは私たちにも明かされていません。ただ、さる高貴な方の使いを連れて、ある場所へ向かえと」
これは半分本当、半分嘘だ。使者は今言ったように名乗らなかったが、トリブトムの幹部はその正体を推測していて、おそらく当たっていると睨んでいる。
おそらく、依頼主はアーダマス王家からのものだ。毎年アーダマスで行われる展示販売会は、王侯貴族たちが自分たちの持つ珍しい物を見せつけ、自分の権力を誇示する場でもある。この数年はカリュプス王家が持つ『インフェルナムの卵』が常に話題を席巻し続けており、卵よりも優れたものは出ていない。
自国で開催されているのに、他国が一番の栄誉を勝ち取っている事に腹を立てたアーダマス王は、有り余る金をばら撒いてインフェルナムの卵を上回るものを集めている。インフェルナムの卵を上回るものがあるとすれば、同じドラゴンの、それも最上位のドラゴンの卵だけだろう。依頼内容は、その卵を部下に取ってこさせろということだ。どんな傭兵団でも、ドラゴンの卵を取ってこいだなんて依頼を受けるはずがない。だから部下を同行させて秘密裏に回収させるつもりなのだ。
「依頼主も、依頼内容もわからないのでは、対策のしようもありません。その依頼、本当に大丈夫ですか?」
アカリの発言にぎくりとさせられる。切れ者、という噂は本当だった。たとえ莫大な報酬をちらつかせても、生きて帰れなければ意味がない。
だがこちらには切り札がある。
「もちろん。それともトリブトムの事前調査を信じられませんか?」
ノリにそう言われて、アカリの顔が陰る。ここで信じられないと突っぱねられるほどの実力がアスカロンに無いのを見越しての、ある種の脅しだった。
ノリが入団した頃に、トリブトム内で大きな失敗があった。その経験を活かし、依頼受諾前に入念な調査をすることが義務付けられた。そのマニュアルを作ったのが、失敗を経験した当人たちであり、今ではトリブトムの幹部になっている三人だった。
そのマニュアルに沿って行った事前調査の結果は『受けるべきではないが、受けざるを得ない』だ。当然だ、ドラゴンの巣に行くのが確定している依頼なのに、王族からの依頼の為断ることが出来ない。アーダマスの使者は最初こそ名乗らなかったが、裏に王族がいることをほのめかして脅しつけている。
この相反する内容を解決するためにトリブトムが取る方法は、身代わりの生贄を用意することだった。ドラゴンに対する物理的な壁であり、失敗した時に全てを押し付けられる責任逃れのための壁を。
その条件に、アスカロンは見事に当てはまった。すでに何度もドラゴンとの交戦経験があるので実力は申し分なく、しかし世間的に見ればまだまだ弱小と呼べるレベルの傭兵団。形だけの同盟を組み、成功すれば手柄は全てトリブトムが、失敗すれば責任は全てアスカロンが背負うことにする。
ひどい話だが、こんな話はどこの世界にも存在する。自分たちが生き残るためだ。悪く思わないで欲しいとノリは困り顔のアカリを見つめる。もし責任を追及されて団が滅んだら、せめてもの責任として彼女の世話は自分がしよう、と心に誓った。
「わかりました。トリブトムの調査を信じましょう」
結果的に、アカリはこちらとの同盟を結び、共同で依頼を受ける選択をした。それ以外に選択肢はなかった。
「ありがとうございます。では、本隊に戻ってアカリ団長殿のお返事を幹部に伝えます」
「あ、その前にもう一つ」
踵を返しかけたノリを、アカリが呼び止める。
「もしや、ノリ。あなたはルシャではありませんか?」
驚いて目を見開く。
「どうして、それを」
「以前、私の団にもルシャの人間がいました。その者に雰囲気がよく似ていたもので。フルネームはなんと?」
「赤坂啓友と言います。何か、不思議な感覚だ。久しぶりにその名前を名乗りましたよ」
「ルシャは何も持たずこの地に飛ばされると聞いたことがあります。大傭兵団トリブトムの傭兵になるまで、さぞご苦労を重ねたことでしょう」
「いえ、そんな。運が良かったんだと思います。前は別の傭兵団にいたんですが、今のトリブトムの幹部とその時面識があって。その縁で引き抜いてもらえたんです」
「縁、ですか?」
「ええ、ちょっとした縁です」
「どんな縁なのでしょう。気になるわ」
突然妖艶な微笑みを向けられ、脳がとろけそうになる。無機質だった彼女の表情が花開き、そのギャップに思わず骨抜きにされた。彼女がゆっくりとこちらに近づいてくる。歩くたびに胸が揺れ、その上下運動に眼球が素直に追従してしまう。
「ねえ、そのご縁、私にも教えてくださらない?」
「あ、あの、その」
ふうわりと彼女の手がノリの頬を撫でる。
「今の幹部の方と、私もお会いしたいですわ。何というお名前でしょうか?」
「今の幹部は、三名、マグルオ、マディ、そしてヒラマエです」
「そのお三方とお会いして、ぜひ作戦会議を開きたいのですが、よろしいですか? アーダマスにいらっしゃるんですよね?」
「は、はい。もちろん、必ずお伝えしますから」
このままだとダメになる。いや、ダメになっても良いんじゃないか。二つの思考が暴れ、ぶつかり合い、僅差でトリブトムの傭兵としての自分が勝った。目の前の女性は魅力的だ。だが、自分がこれまで命がけで築いてきた地位も大事だ。地位がなければ女を抱くどころか生きてすらいけないのだから。
「か、会議の日程は後日お知らせに参りますので。これにて失礼」
逃げるようにノリは立ち去っていく。その背を見ながら、アカリは耳に手を当てる。そこには、小さな通信機が填められていた。彼女はそこから指示を受け、使者と対峙していたのだ。
「こんな感じで良かったですか? 『団長』」
そう言うと、彼女の後ろからぞろぞろと影が現れた。中心にいる小さな影が応える。
「ええ。お見事でした。完全に彼を骨抜きにしましたね。流石です」
「ありがとうございます。でも、どうして替え玉を?」
「これは勘なんですが、どうも今回は騙し合いになりそうな予感がしまして」
ジャブを打っておきました。そう言って影、本物のアカリは鋭い眼差しを、トリブトムの使者が出ていったドアに向けていた。
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